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やさぐれ王子と無表情な婚約者  作者: 千山芽佳
第二章

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国難に立ち向かう

 

 ウィルロアの読み通り、デルタの一行は数刻の内にラステマを出国した。

 アズベルトの謀反と国王の負傷、二国間の不調和は瞬く間に大陸中に広まることとなる。


 国王不在の中、第二王子ウィルロアを筆頭に、国を挙げてこの国難に立ち向かうことになった。

 本来、国王が国政に携われなくなった時は王代理を立てるのが通例なのだが、ウィルロアは敢えてしなかった。

 国王の容態を明かせない状況下で自分が王代理に就けば、更に国民に不安が広がるだろう。王は必ず元気に戻られるというウィルロアの配慮と願いが込められた判断だった。


 王妃と前王弟シュレーゼン卿には、貴族と国内の対応に当たってもらい、ウィルロアは宰相を含む関係各所の要人達と、襲撃の真相解明と後始末、デルタや国外への対応をすることとなった。


 対策の拠点となる会議の間には、騒動を聞きつけた大臣や議員が既に集まっていて、それぞれに対応を話し合っていた。

 ウィルロアが入室すると、皆が手を止めて礼をとろうとする。


「皆そのままで。ラステマ建国以来の危機が迫っている。我々は――」


 ウィルロアの言葉が途切れた。視線の先にある人物に皆の注目が集まった。

 大臣や議員達に混ざって軍師ファーブルがこの場にいることに驚きを隠せない。この男にこの場にいる資格があるのか甚だ疑問だ。

 ファーブルは神妙な面持ちで立ち上がり、曲がった腰を更に折り曲げて深々と頭を下げた。

 隣に座る宰相レスターが戸惑うウィルロアに耳打ちした。


「ファーブル軍師は軍を動かして城外に潜んでいた逆賊を捕らえておりました。城に増援が辿り着かなかったことも、早期制圧に成功した要素の一つと考えます」

「……そうか」


 レスターが庇うならファーブルは白なのか?

 それでもウィルロアは疑いを拭い去れず警戒を緩めなかった。


「殿下が私を疑いたくなるのもごもっともです」


 ウィルロアの胸の内を分かっているかのように、ファーブルが頭を垂れながら粛々と口を開いた。


「ローデンとアズベルト殿が襲撃の主犯である以上、懇意にしていた軍が疑われても仕方ありません。しかし、主導したのはローデンと一部の兵士のみ。私や大半の兵士は襲撃に一切関わっておりません。決して軍の総意ではないと誓っていえます」

「……」

「その証拠に、我々は直前でローデンの企てに気付き、逆賊を討伐いたしました」

「それでも身内からこのような不始末を出した責任はお前にあるだろう?」


 ウィルロアの冷え切った態度に全員が狐につままれたような顔をした。

 会議の間にいる者達は、以前とは様変わりした第二王子の態度に顔を見合わせてどういうことかと驚いていた。

 ウィルロアは以前の様に温和な王子を取り繕うことなく、敢えて感情を表に出して不快感を出した。

 ……気に食わないな。

 ファーブルからは殊勝な態度の中に傲慢さが見え隠れし、この場を去る気がないのが窺えた。

 緊張に包まれる中、何故か騎士団長サイラスが立ち上がった。


「? サイラス、どうした」


 サイラスは唐突にウィルロアへ頭を下げた。


「近衛騎士団も、襲撃を許し陛下をお守りできませんでした! 申し訳ございません!」

 びりびりと鼓膜に響く大声で謝罪をし出す。


「責任は私にあります!」


 神妙な面持ちのサイラス。ウィルロアが先程ファーブルに放った責任の所在について、自分も無関係ではないと思ったらしい。

 いやいや、サイラスとファーブルじゃ雲泥の差だろう。 


「私も宰相として事態を防げず申し訳ございませんでした」


 レスターまで立ち上がって謝罪する。

 おいおいおい。

 サイラスの謝罪を皮切りに、他の役人達も慌てて立ち上がった。全員が頭を下げる図を前にして、ウィルロアは呆れた。

 これでは全員が責任をとらなければならなくなる。

 ウィルロアは溜め息を溢した。

 事の大小に関わらず、皆には一度謝罪と反省の場を設けた方が良さそうだと思った。

 責任の処遇をはっきりさせるべきだが、宰相に軍師に近衛騎士団長、どいつもこいつも責任を取らせるには重役を担っていて、失うには痛手だ。

 まぁ、俺だって同じだ。

 王太子が謀反を起こし国王を手にかけた。キリクから有力な情報を得ていたのに、アダムスから忠告を受けたのに、俺は馬鹿みたいにアズベルトを信じて国の危機を防げなかった。

 あの時こうしていればと過去を悔やみたくなるが、今は嘆きと懺悔に浸っている暇はない。

 俺が偉そうなこと言える立場じゃねーって、ファーブルあたり思ってそうだな。

 少なくとも、ここにいる者達は逆臣ではない。レスターが事前にウィルロアに伝えていた。なにより後任を選んでいる時間がないと全員が分かっていた。


「そうだな。襲撃を受けて国王は大怪我を負い、王太子は逆賊で捕えられ、和睦締結は不透明なまま現在我が国は混乱の最中にある」


 ウィルロアの言葉に全員が神妙な面持ちで耳を傾けた。


「宰相含め国の危機的状況下で攻守の要である軍と近衛騎士団の指揮官である君達を失うわけにはいかない。責任を感じているのなら、職務を全うし挽回せよ」

「「はっ!」」

「君達にはニ日猶予を与える。早急に内部を精査し、特に軍、近衛両団の正常化を図ってくれ」

「「御意」」


 全員が席についたのを見計らって、先ずはサイラスから襲撃の経緯が説明された。

 事前に話していた通り、襲撃犯の目的は和睦を阻止することにあり、アズベルトは和睦反対組織に唆されたと結論付けた。


「皆は国内外に和睦反対組織の暗躍と黒幕の存在を仄めかし、少しでも我が国の印象を和らげるようにしてほしい」

「証拠はあるのですか?」


 ファーブルの目が光る。それにサイラスが答える。


「アズベルト殿の口から黒幕の存在を引き出しました。しかし司法取引をしたいのか、具体的な名前は頑なに口を割りません。引き続き聴取を続けています」


 これは皆を納得させ動かすために必要な嘘だった。

 サイラスと目を合わせ、二人は意味深に頷く。

 続けてウィルロアがアズベルトの処遇について話した。


「国王に剣を向けた者は誰であろうと斬首刑に処すのがこの国の法である。しかしアズベルトの背後には我が国を陥れようとした黒幕がおり、事件の全容が解明されるまでは地下牢で幽閉することとした。これより太子位を廃し、逆賊アズベルトとして扱うこととする。異論はあるか?」

「……」


 つい数刻前まで次期王として期待されていた王太子の末路に、義場にいる全員が複雑な思いでいた。

 それでも彼が犯した罪は許されるものではなく、近い未来で命をもって償うことになるだろう。

 アズベルトの斬首刑。その時断頭台に上げるのは自分かもしれない。

 そんな覚悟を持った毅然とした態度のウィルロアに、この場にいる全員が異論なく頷いた。

 そして温和な第二王子は変わられたのだと、全員が次期国王として彼を肯定的に受け入れたのだった。


 ウィルロアは現状を把握するため、各機関から順に報告を受けた。

 内容は先程見聞きしたもの以外に真新しいものは無かったが、反対組織の暗躍が原因ならば、和睦締結にも望みがあるのではないかという意見に紛糾した。


「我々もある意味被害者ではないか。デルタに説明すれば再び和睦を結ぶのも可能ではないのか」

「和睦を結びなおせるなど安易に言うな。『一世一代』の縛りを忘れたか」

「ではもう二度と和睦は結べないのか」

「教皇庁の印を貰わずとも二国間で声明を出す事は出来る」

「それではいつでも反故に出来るだろうな」


 歴史的二大大国の和睦には、教皇庁を仲介に進められた。

 その制約にある『一世一代』が足枷になっていた。

 簡単に反故にしたり、破棄したり出来ないよう、王が自分の代に一度だけ、神の名の元に制約を結べる。その効力は絶大で、今回の様に未来永劫繋げていきたい和睦には打ってつけだった。

 しかしこうなってからでは頭が痛くなる課題となってしまった。

 教皇庁へは『一世一代』の履行継続と和睦式典の延期を願い出てはいるが……。

 神聖な儀式を血で汚してしまったのだから、あまり期待は出来ないだろう。


 その後の会議ではそれぞれの分野で話が進み、軍師と騎士団長は早々に現場へ戻り、王の容態と国内外の情勢を安定させることと、デルタと教皇庁へ今回の経緯と謝罪に使者を送ることが決まった。

 話し合いはそこから入り乱れて、使者の人選が難航し、その文言も一言一句精査された。

 今後のデルタの出方とラステマの方針、時間が経つごとに席を立つ者も増え、出入りが激しくなる議場となった。


「殿下。私は一先ず王城を出ます」


 会議に参加していたアダムスが夕刻になり声をかけて来た。


「財務大臣としてはあまりお力になれないでしょうから、祖父の手伝いに動きます」


 アダムスは長引く会議を途中で退席し、入れ替わるようにファーブルが戻って来た。


「殿下。代理王の許可を取らなかったのですか?」


 ファーブルが訊ねた。

 代理王とはその名の通り、王が権力を振るえなくなった緊急時に王と同等の権限を与えられる者を指す。

 今回も該当することから、レスターから王代理となるよう進言があった。

 しかしウィルロアは国民の不安を減らすためにこれを断った。国王が存命で快方に向かっているのも大きな要因だった。


「王と同等の権限はなくとも王族として皆を束ねることはできる」

「ふむふむ。そうですか」


 ウィルロアはファーブルを相手にしている暇もなく忙しなく動いていた。

 だからファーブルが目を輝かせ、ブツブツ呟きながら不気味に去って行ったのを、知る由もなかった。



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