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やさぐれ王子と無表情な婚約者  作者: 千山芽佳
第二章

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一人に慣れている


 王太子アズベルトはこの時を待っていた。

 玉座をこの手に収める瞬間をーー。


 ローデンから伝えられた計画通り、婚約の義の最中に司教に扮した組織の男が聖堂内の視線を一つ所に集めてくれた。

 王太子アズベルトによる王位簒奪の狼煙が上がった瞬間だ。

 アズベルトは帯刀していた剣を音も無く引き抜いた。

 厳重な警備で護衛騎士と王族のみが帯刀を許された中での奇襲だ。

 まさか国王の隣に座す王太子が剣を抜くなど誰も予想していなかっただろう。

 この距離では王直属の近衛騎士であっても手も足も出まい。案の定、アズベルトは難なく隣に座っていた国王を背後から一突きにすることができた。

 父王をこの手にかけた瞬間、アズベルトは安堵していた。

 非情になりきれず躊躇してしまわないか、心のどこかで危惧していたのかもしれない。

 結果は迷いなく真っ直ぐと心臓へ向けて剣を突き刺すことが出来た。

 いや、外したか?

 アズベルトの剣先が光に反射し、唯一後方にいた宰相レスターが異変に即座に気付いた。

 レスターは咄嗟に国王の袖を引っ張った。急所は外したが、剣は背中から胸を貫通している。引き抜くと血飛沫が上がった。この出血量ではどの道無事では済むまい。

 母の悲鳴を背に受け、その身を血に染めながら、迷うことなくウィルロアへと体を翻す。

 何が起きたのかまだ判別出来ていない弟は、相変わらず間抜けな顔をしていた。

 澄んだ空色の瞳を見た瞬間、先程まで怖いほど冷静だったアズベルトの全身に激情が走った。

 お前を殺す! 私に残された唯一のものを手に入れる! 私こそがこの国の唯一の王だ!

 流れるような剣捌きでウィルロアへ振りかぶる。

 ようやく、長い呪縛から解き放たれる時が来た。それはアズベルトがずっと、ずっと待ち望んだ瞬間だった。


「――っ!」


 それなのに、頭上高く振り上げた剣を下ろすことができない。

 闘技場で、木刀に血が――。

 走馬灯のように駆け抜けた記憶は、曖昧なのに体は昨日のことのように覚えていて、見えない何かに押さえつけられているような、振り下ろそうとする力と止める力とがぶつかり合い、天へ向けた剣がぶるぶると震えだした。

 この期に及んで何が私の邪魔をする。一体何が、私を躊躇させているのか。

 ああ頭が割れるように痛い! お前が憎い! 楽になりたい早く私を解放してくれ!

 思うように動かぬ自らの腕に腹立たしさを覚え、焦りと苛立ちで目は大きく見開き血走っていた。

 ウィルロアを睨みつけると、空色の瞳に何かが映し出されていた。

 これは、誰だ? この化物は一体……?

 答えはウィルロアの顔に書かれていた。自分を見る、憐れみと怒りの表情。

 この化物が己の姿だと知りアズベルトは愕然とした。

 ウィルロアの瞳には、自分を慕い追いかけていた頃の、あのガラスで跳ね返った光のような輝きはすっかり失われていた。

 代わって向けられた侮蔑の目。

 やめろ……、そんな目でーー


「私を見るなああああ!」


 アズベルトはきつく目を閉じた。

 精一杯の力を込めて、思い切り腕を振り下ろす。

 その先に、肉を切る鈍い感覚は、なかった。

 時間にすれば一瞬の躊躇いだったが、護衛が反応するには十分な時間を与えすぎた。

 金属がぶつかり合う甲高い音が聖堂内に響き渡る。


「殿下逃げて!」


 アズベルトの剣はウィルロア付きの護衛の手によって阻まれ、勢いで吹き飛ばされてしまう。

 武器を失ったアズベルトは剣を喉元に突きつけられ、抵抗することなくその場に立ち尽くした。

 ……終わった。

 もう、何もかも――。

 堂内では反対組織の援軍と近衛騎士による斬擊音、逃げ惑う参列者達の悲鳴に騒然としていた。

 しかしアズベルトの周りは不思議なほど静かだった。

 その場だけ切り取られたかのように、ウィルロアの声だけがアズベルトの耳によく響いた。


「殺すな、頼むから、殺さないでくれ――」


「は、はは……」


 渇いた笑いに何故か涙が出そうになる。

 なんと愚かな……。自分を殺そうとした相手を、この期に及んでまだ庇うというのか。

 父と弟を手にかけた先に待っているのが修羅の道だとしても、カトリが一生心を開かないと知っていても、この手に掴めるなら構わなかった。

 私は一人に慣れている。


『殿下はお気づきなのではないですか? あなた自身を見てくれる方を。最も信頼を寄せ、支えようとする味方が、誰であるかを』


「……」


 あれは、守り役だった男が最後に言った言葉だったか。こんな時に思い出すとは……。

 アズベルトの脳裏に過去の記憶が怒涛のように流れ込んできた。

 浮かんでは消える、幼き日のウィルロアの笑顔と「兄上」と呼ぶ声。

 その姿は今も昔も変わらない、自分を慕う弟の姿がそこにあった。


「愚かな……」


 誰が、自分が。何が、全てが。

 アズベルトはウィルロアを殺せなかった。その時点でもう、認めてしまわなければならなかった。

 その場に頭を抱えて崩れ落ちる。

 わかっていた! わかっていたのに、ずっと気付かぬ振りをした!

 いつだってお前は私を信じ、助けてくれたというのに。お前の才能と眩しさに嫉妬し、愚かにも自分と比べ劣等感に苛まれてお前の全てを憎んだ。

 あいつが奪ったわけではないのに。ただ自分が弱かっただけなのに……。


「逆賊アズベルトを投獄せよ!」


 気付いても既に遅かった。

 アズベルトは、全てを失ったのだからーー。


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