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デルタの意思


 俺の婚約者、感情表現が皆無という事実。


 謁見の間から移動する道すがら、後ろに付いて歩く護衛のロイとサックスにカトリの事を聞いてみた。

 何しろこちらは十年他国で暮らしていたのだ。対してカトリはラステマに十年滞在していた。何かしらの情報はこいつらだって持っているだろう。


「ラステマに来た当初は愛想のない王女だ、我々とは口も聞きたくないようだと、評判も悪く陰口も叩かれていました」

「……」


 自分も似たような経験をしてきたので、周囲の反応が容易に想像でき、腹が立つと同時に胸が痛くなった。


「そんな国民の心証が劇的に変わったのは五年前の山火事の時からです」


 五年前、ラステマで大規模な山火事が発生した。

 雨が降らない落雷が発生し、乾燥した土地のラステマでは一気に被害が拡大していった。


「たしかソルディの街と周辺の村が甚大な被害を受けたと聞いた」


 祖国ラステマを襲った災害はデルタで暮らすウィルロアの耳にも入り、遠い土地で祈るしかできない己の立場を歯痒く感じたのを覚えている。


「ただでさえ物資の乏しい中での被災とあって、直ぐに周辺諸国に支援を申し入れました。しかし発生した場所が悪く、諸国とのパイプラインである道が山火事で塞がれ、諸国に頼ることも出来ず八方塞がりの状況でした。その時、真っ先に動かれたのがカトリ王女様でした」


 デルタへ続く道は無事であったことから、カトリは直ぐに祖国デルタに救援物資を運ぶよう命じた。

しかし国交断絶していた手前、何の名目で届けるのか。関税は? 和睦を結ぶ前に救援を出していいものか。反対派の反発は免れない。いや人命がかかっているのに税も法もないだろう。しかし例外を認めてしまえば――。新たな特例法を――。

 机上の討論で一向に動こうとしないデルタ。

 その時、あの無口で無表情なカトリが立ち上がった。


『ならば私の我が儘だと通しなさい! 食料も衣類も水も! 全て私が欲しがっているから送れと言えばいいのです!』


 あまりの剣幕にその場に居た全ての者が呆気にとられたという。

 カトリ王女の『我儘』はデルタに届き、デルタは王女の願いならばと物資を無償で送り届けた。

 それが建前で、デルタも人道支援にかける費用を請求するつもりは初めから無かった。ただ理由が欲しかったのだ。


「物資が届くと王女は、自らの足で被災地を訪問し、傷ついた民に一人一人お言葉をかけて歩かれたそうです」


そして不思議な事に、その日ソルディ周辺にだけ大雨が降り、被害はこれ以上拡大することなく治まった。

そこから国民のカトリに対する評価は変わっていった。

表情の乏しい方だが慈悲深く、ラステマ国民に寄り添う素晴らしいお方だと言われるようになった。


「余談ですが、騎士の中ではカトリ王女の僅かな表情の変化でお気持ちを当てるクイズも流行ってました」


 その情報は別にいらん。

 しかしこれで分かった。何故皆がカトリを温かく出迎えたのか。

 そこには彼女の足りない部分を補って余るほどの魅力があったのだ。


「王女は容姿だけでなく心まで美しいお方だったのだな。聞かせてくれてありがとう」


 ちょうどウィルロアの部屋に着き、護衛二人に礼を言って扉を開けると、一人中に入ってしっかり後ろ手で鍵をかけた。

 ここからはウィルロアの私的空間のやさぐれタイムである。


「無表情の下でも考えは巡らせているのだな」


 己のプライドを捨ててでもやるべきこと、大切なことを見誤らない強い意志を持っており、弱者を労わる優しい心も併せ持っている。


「なんで無表情なんだろう」


 せっかく可愛らしい容姿なのに勿体ない。しかしそれはそれで、あれでにこりと笑われた日には自我を保てないほど萌えそうではあるが。


「無表情で無口だとコミュニケーションとるのむっずいな。でもまあ、うん。いい子そうでよかった」


 ほっと胸を撫で下ろした所でノックの音がし、独り言は中断された。

 ウィルロアの私室は防音も鍵も完備されていて、だからこそ部屋では好き勝手言いたい放題だった。


「殿下。キリク王子がお越しになられました」


 外で待機する護衛の知らせでウィルロアはソファから立ち上がると、自分で扉の鍵を開けてキリクを迎え入れた。


「相変わらず、鍵をかける癖が残っているのだな」


 そんな軽い会話から始まったキリクに、ウィルロアも肩を竦めて軽く返す。

 メイドがティーセットを運び終えると、私室にはキリクとウィルロアの二人きりになった。


「まさか一人で来たわけじゃないよね」


 周囲を見回してキリクも単身入出したことに思わず声をかけた。

 ウィルロアにはまだ侍従が付いていなかったが、キリクにはリジンや護衛がいる。

 危険とまでは言わないが、一国の王子が他国の王城内を一人出歩くことに少なからず心配した。

 特にデルタは警戒心が薄く、自由な国民性なのでキリクの身を案じた。


「心配するな。外に待機させている」


 それならキリクが人払いを望んだことになるので、それはそれで何事かと緊張する。


「そんなに警戒するな」


 ウィルロアの様子にキリクは笑って言うが、改まってする話とはなんだろうと考えを巡らせた。

 セレモニー前に起こった襲撃の件だろうか。それとも王太子アズベルトが和睦にいい顔をしていないのがバレたとか? 

 後者ならば国際問題になり兼ねないので情報漏洩させた無能な奴らを思い切り罵ってやろう。


「実はアズベルト殿の事なのだが……」


 後者か! 無能め!


「君は知っていたのか?」

 

 あーはいはい和睦に反対している困ったうちの王太子様の件ね。

キリクが先を続けたら自分はこう言ってフォローしてやろう。『それは貴国の誤解である。アズベルトは勿論和睦に前向きさ!』とね。あとはモノクル眼鏡と行政官が筋肉馬鹿太子の考えを改めさせればいい。

 ウィルロアはキリクの言葉を待ったが、告げられた言葉に対する返しは用意した物とは全く違っていた。


「アズベルト殿がカトリにケソウしているというのは真か」

「化粧?」

「いや……」

「……?」


 け、……懸想か!

 横恋慕ってことね? 難しい言葉使うなよ紛らわしい……。


「懸想!?」


 アズベルトが!? カトリに!?

 一拍置いてウィルロアにじわじわと怒りが込み上げてきた。

 は、はあああああああああ!!??


「ふ、君でも怒ることがあるのだな」

「!」


 思わず顔に手を添える。確かに笑顔は消えていたが、怒っている表情はしていなかったと、思う。しかしこの場合は結果オーライだろう。


「君が妹を誠実に想ってくれているのは知っている。だが君は優しい男だから、まさか兄に遠慮して身を引くなんて事があるのではと心配していたのだ」

「それは絶対にない!」


 確かに表向きのウィルロア王子ならありえなくもないけど? 裏の俺がそんなの許すわけないね! 

一体何のために十年も人質に取られていたと思っている。長兄だからと何の苦労も対価も払わず良いとこ取りの横から掻っ攫とは、いくら表向きのイメージが大事でも到底看過出来るわけがない。

 あ、でも――。


「カトリ王女は……」


 キリクが知っているということは、カトリからこの件を聞いたに違いなく、カトリが知っているということは、アズベルトが何らかの好意ある行動を起こしたからだろう。

 そう考えると急に恐ろしくなってきた。

 もしかしたらカトリもアズベルトを――。

浮かんだ恐ろしい考えを慌てて打ち消すも、先程のカトリの態度も相まって不安な気持ちは完全に消すことが出来ない。

 もしもカトリが、そうなら、横から掻っ攫う悪者は俺、ということになる。


「安心しろ。カトリはアズベルト殿の申し出を断った。君へ嫁ぐのだと、はっきり告げたそうだ」

「! そ、そうか」


 ぃよかったあ――――――!

 心の中で飛び跳ねて拳を握る。

 そりゃ当たり前だよな。うん。あんな仏頂面の筋肉馬鹿より? 俺の方が(性格は悪いけど)顔も頭もスタイルもいいし。うん。カトリだって俺とアズベルトのどっちがいい男か、両国のためになるか、きちんと考えているよな。ああよかった!


「ただ、アズベルト殿はどうも諦めていないようなのだ」

「え!?」

「我々がラステマに到着する前に、カトリが私にだけ相談に来た。何度も断っているというのに、デルタに戻る日、アズベルトはカトリに求婚したそうだ。それもラステマ王に別れの挨拶をしていた時に」


 は、はあああ!?


「その場は何とか収め、カトリも君と入れ違いでデルタに戻ったのだが、事が事だけに自分一人の胸の内で収めるべきことではないと判断し、私に打ち明けた」


 国王の前で求婚したなんて……、思った以上に深刻だと言葉を失った。


「頼むぞウィル。お前だから大事な妹を任せるのだ。これは私だけでなく、デルタの意思と受け止めてくれても構わない」

「……わかった」


 キリクが部屋を去ると、ウィルロアは再び私室に鍵をかけて腹の底から罵りまくった。


「あいつー!」


 だから十年ぶりに会うなり俺を嫌ってたんだな。俺が不在なのをいいことに人の婚約者に横恋慕しやがってふざけんなよ! 相手はただの婚約者じゃねぇんだぞ。お前は国の事をもう少し考えろ! 考えれば駄目だって分かるだろ馬鹿! あと陛下も知ってたら俺に言ってくれよ。何も知らずへらへらして阿呆みたいじゃないか――。


「あ?」


 一つの可能性が浮かび、顎に手を添え毒吐きは暫し休止し考える。

 陛下と王太子は度々和睦の件で言い争いがあったとレスターは言っていた。

 それって、本当はカトリに求婚したアズベルトを陛下が咎め、それに反発していたんじゃないのか?

 王城内で王太子が、弟の婚約者に懸想しているなんて醜聞を晒すわけにはいかない。敢えて和睦に慎重派な王太子と推進派の陛下の衝突と見せかけた……?


「あの狸がっ!」


 レスターは初めからアズベルトの気持ちを知っていた。この件を陛下の側近であるレスター宰相が知らないわけがない。

もしかしたらアズベルトの突然の求婚時、その場に居合わせていた可能性もある。

 知っていて俺に嘘をついたならそんなの優しさでも配慮でもなんでもないんだよ! 当事者の俺が蚊帳の外なんて情けないだろうが、くそっ!

 ウィルロアの憤りは頂点へと達し、そのままソファではなくベッドへと倒れ込んだ。


「……」


 今回ばかりは悪態をついてもちっとも心が晴れなかった。むしろ酷く疲れて礼服に皺が付くのも構わずベッドに身を預けた。


「『デルタの意思』か……」


 冷静になると今度は先程のキリクの言葉が重くウィルロアに圧し掛かる。

 ああ嫌だな……。俺はそういう面倒臭いのは大嫌いなんだよ。

 キリクは和睦が正しい条件の元で成立されるのが望ましいと牽制をかけた。

 カトリの相手がラステマ王家の血を分けた兄アズベルトではなく、十年人質としてデルタが育てた弟ウィルロアでなければ許さないと暗に言っているのだ。

 寝返りをうって仰向けになり、天蓋を見ながらあのセレモニーで見た無表情のカトリを思い浮かべる。

 デルタで姿絵を見て顔は知っていても、実物の、成長した彼女を見た時、今まで感じたことのない心が振れるような、お腹の下あたりがむず痒いような、なんというか物凄く楽しみにしていて本当に緊張していたのだと自覚した。


「だってさ、十年待ってやっと自分の婚約者に会えたんだぞ? 俺だって少しくらい心が躍るさ」


 俺はカトリと結婚する。

 ずっと、それが俺の運命だと思って過ごしてきた。

 だから彼女がどんな姿でも我が儘でも無表情でも、生涯愛する妻に変わりはない。

 横向きになり目を閉じるとぐっと奥歯を食いしばる。まさかここにきて出鼻を挫かれるとは思ってもみなかった。


「ああーアズベルトはカトリが好きなのかぁ……」


 布団の上でゴロゴロしながら、考えたくなくてもきっかけが与えられれば本人の意思等関係なく勝手に思考は働いてしまう。

 アズベルトに求婚された時、実際カトリはどう思ったのだろう。

 十年。俺の知らないところであの二人はこの城で過ごしてきた。

 情はあるだろう。それが愛情か同情か友情かは分からないが、少なくとも会ったこともない自分と比べればアズベルトの方が気心も知れて親しい間柄に決まっている。

 和睦の為に無理やり決められた相手と結婚しなければならないカトリ。王族に生を受けたならその瞬間、国と結婚したようなものだ。相手なんて自分が決めるものではない。

 わかっていても、それでも、カトリが自分の気持ちを殺してウィルロアと結婚することが義務だと思っているのなら、少なからず傷つく。


「はぁ……」


 その日は珍しく弱気な自分が心の内を占めたのだった。

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