王位簒奪
和睦式典の婚約式まで三日と迫り、ラステマには続々と貴賓が到着していた。
十年前に結ばれた婚約は書簡で済ませただけで、神前での聖約ではなかった。そのせいでアズベルトにも付け入る隙があったわけだ。
伝統的なしきたりに則り、世紀の結婚式を円滑に執り行う上で必要な儀式であった。
ウィルロアとカトリは式典の準備で息つく暇もなかった。
教皇庁から大司教が到着し、デルタからは国王陛下とキリク王太子、ユーゴ第二王子が参列した。デルタ王妃はオリガ王太子妃が懐妊とあって残ることになった。
城内は厳重な警備態勢が敷かれ、婚約の義の前にはデルタの王族を歓迎した大舞踏会が開かれた。
ウィルロアはデルタの国王と歓談し、カトリとダンスを踊り、キリクやオルタナ公爵と昔話に花を咲かせた。
心配していたアズベルトは以前の傲慢な態度は鳴りを潜め、王太子らしく振舞っていた。
軍師ファーブルも大人しく、城内に目立った不穏な動きは感じられない。
それでも近衛騎士団長サイラスはじめ、騎士団は常に緊張状態で警護に当たっていた。
ウィルロアの護衛二人も例外ではなかった。
舞踏会の後、私室に戻る途中でサックスが深刻な顔で声をかけた。
「どうした?」
「嫌な予感がします」
「どういうことだ」
窮屈な舞踏服を緩めながら耳を傾ける。
「分かりませんが、ロイも血に飢えた獣の匂いがすると言っていました」
「それは……こわいな」
「明日の婚約の義に我々も参列させていただけませんか?」
「陛下直属の騎士だけでは足りないと?」
「はい。きちんと正装しますから、お願いします」
「分かった。手配しよう」
ウィルロアは執務机に向かってサイラスに手紙を書いた。
明日の儀式を皮切りに、和睦締結と結婚式の式典が順次進む。ついでに警備も増員させようと筆を進めた。
婚約の義はラステマ城に併設された大聖堂で執り行われる。重厚な両開きの扉を開けて一際目を奪うのは、女神の銅像と壁一面のステンドグラスだ。
目が眩むほどの光が差し込み、天井はアーチ状で絵画や彫刻が施され、中央回廊には大理石の支柱が連なる。産業の国ラステマの大国たる贅を尽くした荘厳な造りとなっていた。
大司教が祭壇に立ち、聖堂内は左右に分かれて右側の参列席にデルタの王族が、左側にラステマの王族が座し、後方に国賓や貴族が順に座った。
初めにウィルロアが入場し、神に供物を捧げて大司教から祝福を賜った。
この後にカトリが入場して同様に神へ供物を捧げた後、二人で誓約書にサインをする手順になっていた。
ウィルロアは自分の役割を終えて、最前列の端で正装を纏い、緊張した面持ちでカトリを待った。
その隣には国王陛下、王太子、王妃の順に並び、後方には宰相やシュレーゼン公爵が座していた。
護衛は少し離れた場所で壁に沿って並び、そこにロイとサックスの姿もあった。
カトリの入場を待っていると、聖堂の外がわずかに騒がしくなった。
扉の向こうからざわめきを感じたのはウィルロアだけではなかった。参列者たちは顔を見合わせて何かあったのかと様子を窺っていた。
「何かあったのか?」
「わかりません」
父と小声で話した直後、扉が勢いよく開けられ司教が厳かな場に似つかわしくない叫び声をあげた。
「た、大変です! カトリ王女が!」
司教の慌ただしい声に一同の視線が後方の扉へと集まる。
姿の見えない王女にトラブルでも起こったのか、何事かと皆が不安に司教の次の言葉を待った。
それなのに、彼は黙ってその場に佇むだけだった。
よく見ると慌ただしく入ってきたわりには息も切れていない。
ウィルロアは違和感を覚えて眉をひそめた。
司教の格好をした男は、何故か不敵に……笑った。
「きゃああああああああ!!」
耳を劈く悲鳴に振り返る。
次の瞬間、剣で胸を貫かれた国王陛下の憐れな姿が目に飛び込んだ。
「父上!」
父を貫いた男は、全ての感情が抜け落ちたような顔でこちらに振り返った。
国王を手にかけた逆賊、アズベルトの手には、血に塗られた剣が握られていた。
その剣がゆっくりと、ウィルロアへと振り下ろされた。




