暗躍
「こちらにおいででしたか」
軍の副指令官である将軍ローデンは、探していた人物に声をかけた。
「おや? あれは――」
農園で仲睦まじく寄り添う恋人同士は、ウィルロア王子とカトリ王女ではないか。
ここは陰になっていて二人からは死角だが、ローデンは周囲を警戒した。
アズベルトの表情は硬く、きつく握られた拳は肉に食い込んでいた。
弟の婚約者に横恋慕しているという噂は本当らしい。呆れ半分、もう半分はそのおかげでこちら側へ引き込むことができたと愚かな恋心に感謝した。
「不要な接触は避けるべきと言ったのはお前だろう」
不機嫌なまま視線を外し、二人は静かに場所を移した。
「それは謹慎中の話です。我々が繋がっているのが知られれば事をうまく運べないと思ったからです。計画通りに進んでいるではありませんか」
「ファーブルまで動かす必要があったか? 後々厄介な事になっては困るぞ」
アズベルトの声には棘があった。ローデンの働きかけのおかげで謹慎が解けたというのに、労いの一つもない。
「かつての英傑も今では鳴りを潜め、ここ数年は隠居生活で全て私に任せきりです。ファーブル様ならうまく動いて下さると思い利用したまで。手綱はきちんと私が握っておりますのでご心配なく」
国の英傑を騙して掌で転がした快感はいつまでも記憶に残るだろう。己の手腕に酔いながら、未来の軍師も夢ではないと密かにほくそ笑んだ。
「懲りない第二王子が近衛騎士を使って軍内部を嗅ぎまわっていたのも、これで大人しくなるでしょう」
予算会議ではしてやられたが、これで第二王子の印象は悪くなった。言い様だ。
ここまでは順調に計画が進んでいる。
「あとは殿下の決心が揺らがぬことを願うばかりです」
「この私を疑うのか?」
「我々の命がかかっております故、過分に慎重になるのは大目に見てください」
「ふん。お前が今尚この国で要職に付いている時点で答えは出ているだろう」
そうだ。復権したアズベルトが間諜のローデンを突き出さない時点で引き込みは成功していた。
しかし和睦阻止はアズベルトの裏切りに懸かっている。彼の覚悟を再確認するのは仕方なかった。
「ご家族を裏切って王になるのですから」
和睦阻止と同時に行われるのは、『王位簒奪』。
それは国王と第二王子の死を意味した。
「ふっ、可愛いことを」
ローデンはむっと口を引き結ぶ。
「王家に家族などという甘い定義は存在しない」
ローデンは黙って頷いた。アズベルトから迷いは感じられなかった。
「それから、今後も私を利用しようと思っているならやめておけ」
アズベルトは足を止めるとローデンをすごんで睨みつけた。その迫力に将軍であるローデンですら後退りしそうになる。
「和睦を結ぼうが結ぶまいがどうでもいい。私はこの国とカトリを手に入れる。お前達との協力関係はこの一度きりだ。二度とこの私に舐めた態度を取るなよ」
「……しかと、心得ました」
ローデンは最上位の敬礼をしてアズベルトを見送った。
次期軍師への道は簡単ではなさそうだが、和睦の阻止は確実だろうと己の役割に及第点を付ける。
ローデンの雇人、つまりは和睦反対組織の黒幕は、単純な式典の中断だけでなく、この先永遠に結ばれることのない亀裂を、二国間に与えることを望んでいた。
だからアズベルトにはデルタの王族が参列している場で派手にクーデターを起こしてもらうのだ。
「式典を血の海にする」
ローデンもまた物騒な覚悟を決めて歩き出した。




