影武者説
翌日、国王は王太子の謹慎を解き、王城にアズベルトを呼び戻すことを決定した。
同時に軍も国境警備を元通りにし、騒動は一段落した。
国王が軍の要望を呑んだ形ではあったが、元々アズベルトの謹慎を解くつもりがあったのと、和睦式典前に国賓が訪問するのもあって、騒動を迅速に解決したかった。
残る問題は、軍を扇動した軍師ファーブルの処分だった。
騒動から二日後、ウィルロアは謁見の間で国王、宰相らと共にアズベルトの到着を待っていた。
扉が開かれると、アズベルトは堂々とした足取りで国王の元へと歩いてきた。
その隣には従者ではない身なりの良い老齢者がいた。
軍師ファーブルは、騒動の際には雲隠れして国王の再三の呼び出しに応じなかった。それがアズベルトの一声であっさり登城し、隣で恭しくしている。
嫌味な奴だわ。
アズベルトとファーブルは国王の前に進むと、膝を折って最上級の礼をとった。
アズベルト、少し痩せたかな。
相変わらずウィルロアとは正反対の体の作りで、筋肉質で体格の良さはそのままだが、頬はこけ、目の下には隈が出来ていた。
プライドの塊のような男が王城を追い出され、謹慎させられたとなれば精神的に苦痛だっただろう。アズベルト付きの従者達に同情する。
久しぶりの兄の姿に複雑な思いを抱くと同時に、この日をようやく迎えたことに安堵した。重圧から肩の荷が下りる想いだった。
もしあのまま、万が一にも自分に太子の座が舞い下りてきたらと思うと、想像しただけでぞっとする。
よくもまぁ、あんな媚び売る連中相手に耐えて来たよ。
ウィルロアが十年デルタで苦労していた時に、アズベルトもまた人知れぬ苦労をしていたのだと知った。
いい経験させてもらったわ。なんかエーデラルの件ですごい腹立ってたけど、文句の一つも言ってやろうかと思ってたけど、ちょっと許そうかなって気持ちになってるもん俺。
心の中で軽く『ばーか。ばーか』と悪態をついて、エーデラルの件は寛大な心で許してやることにした。
アズベルトは終始前を見据えて陛下のお言葉に耳を傾けていた。
そして宰相レスターから軍の処分が読み上げられる。
するとアズベルトが前に出て、レスターの言葉を遮った。
「処分を下す前に、どうしてもお話いたしたきことがございます」
「……何だ」
ぎくりと嫌な予感を抱いたのはウィルロアだけではない、陛下も僅かに返事に躊躇していた。
おいおいおいおい! また余計なこと言って謹慎に逆戻りとか勘弁してくれよ!? お前は頭悪いんだから口閉じて黙っとけ! 人徳あるウィルロア様でも今度こそ庇いきれねーぞ!?
「両陛下にはご心配とご迷惑をおかけしましたこと、改めてお詫び申し上げます。己の浅慮な行動に国民を不安にさせ、王太子として不甲斐なかったと深く反省いたしました。そしてウィルロアには、酷い仕打ちをしたと心から謝りたいです」
謁見の間にいた全員の口がかっぽりと開いた。
そしてアズベルトは深々と一礼すると、今回の責はファーブルでも軍でもなく、自分がすべて請け負うべきだと主張した。
ハァ?
「軍は王城内で巻き起こる王位争いに終止符を打つため、今回の騒動を起こしました。全ては王太子である私の不徳の致すところ。責任は私にあります」
ウィルロアは一度目をぎゅっと瞑ってからガッと開いてみたが、目の前にいるのはやはりアズベルトだった。
え誰? 誰って見ればアズベルトなんだけど……え誰?
「軍は処罰も覚悟で国のために行動を起こしたのです。それは逆賊ではなく、忠臣と呼べるに相応しい。どうか、これ以上の混乱を招かないためにも、軍には寛大な処分をお願い申し上げます」
頭を下げる王太子アズベルトの姿に、正気を取り戻した者達からは次々と称賛と感嘆の声が漏れた。
や、やりやがった……!
ウィルロアだけは全く別の考えに至った。
こいつ……、ついに影武者用意しやがったな!?
ウィルロアは最後までアズベルトの偽者説を疑い続けた。




