クーデター
別荘からほぼ一睡もできずにとんぼ返りとなったウィルロアだったが、予定よりも早く城に戻れたことで念願の農園に来ることができた。
土の状態を見ながら一つ一つ野菜の発育を確認していく。
少し離れた場所では、マイルズと護衛のロイが待機していた。
「マイルズ!」
息を切らしながら駆け付けたのは、一足先に執務室に戻ったサックスだった。
サックスは数名の近衛騎士を連れていて、マイルズに何か伝えると騎士だけを残して元来た道を走り去って行った。
何かあったな。
ウィルロアの直感は当たった。マイルズは顔を曇らせ、ウィルロアを大声で呼んだ。
「殿下! 至急お戻りください!」
いつもとは違い前後を近衛騎士に守り囲まれる形という物々しい様子。マイルズが移動しながら口早に報告する。
「軍で動きがあったそうです。近衛の報告ではクーデターの可能性もあると」
クーデターだと!?
「今サックスが確認に動いております。私も詳細を探って参りますので、安全が確保されるまではどうか部屋から一歩も出ないようお願いいたします」
「わかった」
「もしかしたら俺達の動きが軍に悟られ――」
他の騎士に聞かれないよう耳元でロイが心配そうに告げる。
ウィルロアは表向きではレスターに任せていたが、裏では和睦反対派が放った間諜を探すため、秘密裏に二人にも探らせていた。
先日、ロイとサックスから軍に不可解な動きがあると報告を受けたばかりだった。
「その可能性もゼロではないが……。軍が動く要因は他にもある。それよりもロイ、カトリに早馬を出してくれ。落ち着くまで外出は控え暫くエーデラルで待機するよう伝えてくれ」
「はっ」
アズベルト……。
クーデターと聞き、真っ先に思い浮かんだ人物。嫌な想像を頭から打ち消し、急いで避難場所へと向かった。
「国軍が反旗を翻すとはどういうことだ」
「和睦を控えた大事な時期になぜ」
「ウィルロア殿下が軍の改革を行ったからではないのか」
「己の技量も量れず勝手をなさるからだ」
混乱に乗じて身勝手な言葉がウィルロアの耳にまで入ってくる。騒動は瞬く間に王城内を駆け巡った。
近衛騎士団長サイラスは、城を閉鎖して王族を安全な場所へ移動させると、城内に残った軍の関係者を一時的に拘束し、襲撃に備えて守りを固めた。
宰相レスターは、シュレーゼン公爵と共に周辺の貴族達を束ね、私兵を王都へ集めている。
ウィルロアは厳重な警備の中、私室で様子を見守ることとなった。
両陛下と別々になったのは、一つ所に集まる事の無いよう、国王がウィルロアに命じたからだ。
互いに何かあった時、どちらかだけでも生き残れるよう采配したのだろう。
物々しい空気で王城内は緊張に包まれ、ウィルロアからもいつもの笑顔は消えていた。
マイルズからの報告は、その日の陽が落ちかけた頃にあった。
今日の正午。軍は一部の国境警備を撤退させた。突然の出来事に現場は大混乱だったという。
王の意に反した国の安全を脅かす行為に、軍がクーデターを起こしたのではと、王都では王立近衛騎士団を中心に警備体制が敷かれ、侵攻に備えた。
しかし、軍は国境警備を一部後退させただけで、王都へ進軍することは無かった。
同時に国王へ嘆願書が送られてくる。それは国内の安定を図るためにも、『アズベルト王太子の謹慎解除』を願うものだった。
今までは盤石だったアズベルトの地盤も、国王の怒りを買い揺らいだ。謹慎中の王太子に代わり政務を一手に担った第二王子は、兄の居ぬ間に息のかかった軍の改革を進め、自身を売り込みその存在感を強めた。二人の王子による権力争いが顕著になり、混乱は日に日に増している。それなのに国王は、この騒動を静観し、一向にアズベルトの謹慎を解く気配はない。
軍はどの機関よりも早く、混迷に一石を投じ、国内を安定していただくよう嘆願を出した。
「――と、表向きでは国を想う臣下の進言とされておりますが、明らかに保身と腹いせです。予算削減を機に弱体化を怖れた軍が、己の権力を誇示するために強行策に打って出た形でしょう。第一王子と軍の深い繋がりは誰もが知るところですから。これに賛同した数名の貴族と議員も声をあげました」
「……」
兄の居ぬ間に弟が自身を売り込んだ、か。
物は言いようだな。軍が長年甘い汁を吸ってきた事実は捻じ曲げて、さもウィルロアが王位欲しさに軍を改革したと印象付けられてしまった。
「今回の件に兄上は何ら関わりないのだな?」
「今のところは。アズベルト殿下はアーバン領で静養しており、軍との接触は無かったと思われます」
軍のクーデターと聞き、真っ先に思い浮かんだのはアズベルトの謀反だった。
現国王を廃し、自ら王位を簒奪する愚行を、今のアズベルトの状況で全くないとは言い切れなかった。
先ずはよかったと思おう。
ウィルロアはソファに腰かけ、軍単独による行動にほっと胸を撫で下ろした。
王に危害を加えるわけではなく、国内の安定という大義名分を掲げたのは、軍師ファーブルの策だろう。脳筋ローデンにはまず無理な芸当だ。
ウィルロアは軍のトップである軍師ファーブルを思い浮かべた。
狸顔の小柄な男は、今でこそ隠居の老人そのものだが、昔はその体格にそぐわず剣技の優れた将軍上がりの男であった。
ファーブルはめっぽう戦好きで、体力的な限界から現役を引退した後も、爵位があったので軍師という要職に就くことができた。生涯を戦場で生きると宣言しているほどの戦好きだ。
あいつは、子供の頃から体格に恵まれ剣技の才があるアズベルトに目をかけてきたからな。俺なんて軟弱過ぎて相手にされなかったし。
ファーブルは軍を動かすという行動一つで、国内の安定だけではない、年々平和で薄れた危機感と軍事力の誇示、後ろ盾であるアズベルトの復権、そしてウィルロアへの牽制を同時に得た。
誰が見ても分かる、軍が動いたきっかけはウィルロアにあった。
俺の統治では軍の手綱は引けないと、国内に俺の危うさと無能さを顕著に示したんだろう。
反乱を起こすタイミングも規模も、軍が処分をかわす絶妙でギリギリのところだ。
「流石だな。実に軍師らしいやり方だ」
こんな風に悪意を持って攻撃を受けたのは久しぶりで、緊張感からどっと疲れが押し寄せた。
マイルズ達がいるのも構わずソファの背もたれに頭を預ける。
「褒めている場合ではございません」
珍しくウィルロアの呟きをマイルズが咎めた。
「ファーブル様のやり方は陛下や殿下に対し礼に欠ける野蛮な行為です」
王族に忠誠を誓う、実にカンタール家らしい言葉だと思った。
「そうだな……。だが私に王の器がないのはいずれ露見しただろう。それに、これ以上の不毛な争いが激化して和睦締結に影響を及ぼすよりはいい。騒動が収束して兄上が王太子として名実ともに認められたなら、ファーブルの強行も一概には責められないな」
きっと陛下も同じことを思っただろう。
「俺は嫌です」
護衛のサックスが声をあげたので驚き体を起こす。いつもは口を挟まない男が珍しいと観察していると、ロイまで声を荒げた。
「殿下を見下して……許せませんよ!」
「器は殿下の方がどでかいですから」
「我々は殿下にお仕え出来てきょ、し、至極恐悦です」
恐悦至極な。惜しい!
反応に困るウィルロア。それを後方でマイルズがくすりと笑っていた。
「ええと……あり、がとう」
彼らなりの不器用な励ましに、完璧王子ならもっと言葉を並べてお礼を言えたはずが、素の方が勝って照れ隠しでぶっきらぼうになってしまった。




