目利きの良さ
「おお殿下! ようやく会えましたな!」
謁見の帰り道、人が行き交う大回廊でウィルロアは声をかけられた。
一国の王子に気軽に声をかける人間は限られている。
薄くなったオレンジの髪を後ろに撫でつけ、丸眼鏡を押し上げる飄々とした老人が近寄ってきた。
「シュレーゼン卿!?」
驚きの声が出たのは、先日面会の件を遠回しに断っていたアイメン=シュレーゼンが目の前に現れたからだ。
「ど、どうされたのですか?」
アイメンは王弟として現役だった頃は、主に外交に携わり、今は息子に後を託し一線を退いている。
王都から近い場所ではあったが、公領で静かに暮らしている卿が、わざわざ王城を訪ねる理由はないはずだ。
「殿下のお顔を拝見しに参りました」
筆頭公爵家の人間が、まさか約束も取り付けずウィルロアに会いに来るとは思ってもいなかった。
「手紙を出しても忙しい忙しいとつれないお返事ばかり。暇な私が老体に鞭打って馳せ参じた次第です」
茶目っ気たっぷりに答えてもただの図々しいじじいなだけで全然可愛くないし。
「舞踏会以来ですかな? お元気そうで何よりです」
「シュレーゼン卿も、体調が優れないと聞いておりましたが全くお元気そうで何よりです」
珍しく棘のある返事に背後に立つマイルズの僅かな動揺がこちらにも伝わってくる。
「今部屋を用意させます」
「いえ。急な訪問ですからどうぞお構いなく」
「だそうだ」
それなら立ち話でもいいだろうと、請け負ったウィルロアに今度ははっきりと背後のマイルズが焦っていた。
シュレーゼン卿は今でこそ王籍は外れているが、彼は先代王の弟で、ウィルロアの大叔父にあたる。
王族出の筆頭公爵家ともなれば、こんな立ち話で済ませていい相手ではないのは百も承知だ。
いいんだよ。どうせこの人に着飾ったところで何の意味もない。
ウィルロアは敢えて微笑んでみせた。
対峙するアイメンも眉尻を下げて微笑み返す。
だがこの二人、笑っているのに目が笑っていない。
同族嫌悪という言葉があるなら、この人にぴったりと当てはまるだろう。ウィルロアと同じ、裏表の激しい性格なのは幼い頃に垣間見て知っている。
アイメンは十年ぶり祖国に戻ったウィルロアの歓迎舞踏会で顔を合わせるや、「ハァ?」と鼻で笑ったのだ。満面の笑みと鉄壁の気遣いで完璧王子を演じていたウィルロアに対し、だ。
見透かすような冷めた目に過去の虐げられた記憶が戻って来て、この人には演技も気遣いも通じないと幼いながらに悟ったのを思い出す。
「それで、私に会いたかったとはどういった理由で?」
とっとと用事済ませて退散しろや。築き上げてきた完璧王子が台無しになり兼ねん!
先制攻撃のウィルロアに、アイメンはもったいぶったように間を空けて切り出した。
「アズベルトが見放されたって?」
「!」
緩急をつけて敢えて口調を変え、こちらをゆすぶってくる当たりが長く政治に関わってきたやり手だと分かる。
ウィルロアは内心で舌打ちを打った。
い・い・か・たー!
王城で、人の往来が多いこの場所で、誰に聞かれるともわからぬ状況下で、王太子であるアズベルトに対しこの失礼な物言い。
位は我々が上でも、大叔父という立場と名実ともに貴族を束ねる絶大な権力があるからこそ許されるのだ。
くそっ。こんな話なら応接間に引き込むべきだった。
「物騒なことを仰らないでください。いくら大叔父様でも、聞き捨てなりませんよ?」
「聞き捨てなりませんよ」の所は低く早口で。
「ん? こちらの言い方がまずかったかのう。アズベルトはーーいつ王太子位を剥奪されるのだ?」
おいいいいい!
今度ははっきりと周囲のざわめきが耳に入った。
こんのくそジジイが! 更に問題発言しやがって! しかも後半俺の真似して低く早口で言うなや!
笑顔の中でウィルロアの眉間がぴくぴくと引きつる。
「誤解があるようです。確かに兄は行き過ぎた行動を咎められ、陛下から謹慎を言い渡されました。しかしそれには理由があって、全ては強い次期国王としての自覚が招いたものだったのです」
「ふーん?」
「陛下も期待が大きいからこそ敢えて厳しい処罰を与え、より成長されて戻ってきて欲しいと強く望まれております。今後、シュレーゼン卿が心配されるようなことは、一 切 あ り え ま せんのでご安心を」
周りにも聞かせるよう、若干声を大にして言い切った。
アズベルトの王太子位剥奪なんて俺が全身全霊で阻止してやるわ!
「そうかーつまらんのー」
「……」
つまるつまらんじゃねーんだよこのくそジジイ!
威嚇してとっとと城から追い出そうとするウィルロアに、アイメンは飄々と受け流していた。
「そうカリカリするな。私はただ城の様子を確認しに来ただけじゃ。お前達のおかげで私の所にまで王子達の状況を聞きに貴族達が訪ねて来るのじゃ」
「!」
やはりアズベルトの処分に社交界も敏感になっている。つまりアイメンはウィルロアに、無駄な夢を見るなと釘を刺しに来たのだろう。はい。存じております!
「では気になることも確認したし私は帰るぞ」
「え?」
あれだけ追い出そうとしていたウィルロアだったが、相手が食い下がると不安になる。
ただでさえ不安定な情勢に、影響力のあるアイメンに下手なことを吹聴されては困ると念を押すことにした。
「兄上は王となるお方です。兄上こそ王になるに相応しい――」
「わぁかっとるわい! 私が確認に来たのはアズベルトのことではない!」
シュレーゼンは真っすぐウィルロアに対峙すると、仰け反って宣言した。
「お前に王の器はない!」
「存じております」
「かーっ! つまらんのー!」
「!?」
話はそこで終わりとばかりに、踵を返し出口に向かっていくアイメン。
なんか分らんが、相変わらず掴みどころのない腹立つじじいだわ!
「殿下!」
一騒動あった大回廊には、一足遅れて孫のアダムス=シュレーゼンが駆け付けていた。
彼はウィルロアの元へ迷わず駆け寄って腰を折った。
「祖父が失礼をしたそうで……」
そして出口の方を向いて、入れ違いになったのを悔やんでいた。
「いや。シュレーゼン卿は幼き頃から私を可愛がってくれていた。この騒動を心配して会いに来てくださったのだろう」
柔和な笑顔で返すと、アダムスは苦笑いを浮かべ首を横に振った。
「気を遣っていただかなくても結構です。祖父の性格は十分理解しておりますから」
あ、そう?
あの台風のように目が回る老人に振りまわされてきたのは自分だけではないようだ。
同じように幼少期を過ごしたであろうアダムスに、勝手に親近感を抱いた。
「アダムス。時間があるなら少し話をしないか?」
「いえ。仕事以外で殿下と一緒にいては勘繰る輩も多いでしょう。遠慮しておきます」
はっきりとした拒絶に、素の方のウィルロアが「ふっ」と出て笑ってしまう。それは決して悪い意味ではなかった。
王籍は外れても彼は王族の血筋を持っていて、筆頭公爵家の跡取りである。
そんな彼とこの微妙な時期に二人きりになるのはまずいと、ウィルロアも理解していた。
それでも一度この男とじっくり話してみたかった。
しかしいざ誘ってみれば、逆にアダムスが距離を取るという結果だ。
つまりアダムスはこの王位争いに関わるつもりはなく、ウィルロアが玉座に興味が無いのも理解して配慮してくれたということになる。
「それでは。私はこれで失礼します」
アダムスは深く礼をして去って行った。
「殿下はアダムス殿を随分気にかけておいでですね」
執務室へ戻りながら後ろに控えるマイルズがそう声をかけた。
「うん。君達と同じで初めて会った時から気に入っている」
マイルズの言葉を肯定し、ウィルロアは己の人を見る目の良さを自画自賛した。もちろん心の中で。
マイルズは兄上の侍従で距離を置くべきレスターの息子だった。
護衛のロイとサックスは、実力はあったが近衛騎士団の中では問題児で、少し間抜けな所がありその能力を持て余していた。
皆今ではよき理解者として仕えてくれている。
現時点でこの選択は間違いではなかったと言えよう。さすが俺。
「あ殿下、こちらにいらしたんですね。戻りが遅いから――って、お前らどうした?」
「ん?」
ロイがやって来て、後方のマイルズとサックスを気にかけた。
ウィルロアも振り返ると、二人は俯いて鼻をすすっていた。




