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やさぐれ王子と無表情な婚約者  作者: 千山芽佳
第二章

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思ってたのと違う

 

  この大陸には十の小国と、その小国が集まっても到底叶わない二つの大国が存在していた。

  この二国『産業の国ラステマ』と『豊穣の国デルタ』は、犬猿の仲で周辺諸国も呆れるほど長くいがみ合いが続いていた。

 いがみ合いが百年も続くと、何がきっかけで仲が悪くなったのかそれすら覚えていない状態だった。

  国交断絶に不便を感じる国民も多く、互いに毛嫌いしながらも現状に辟易していた。

 そこへ時を同じくし、両国には温和な王が誕生した。

 意気投合した王達は、一気に和睦を結ぶ運びとなった。

 そして周辺諸国の忠告を受けて、ラステマとデルタは自国の王子、王女を友好の証として互いの国に預けると約束を交わした。

 時間をかけて信頼を深め、子供達の成人後に縁戚を結び、和睦を締結することで未来永劫続く友好国となるようにした。

 そして、兄王子の妨害など困難に見舞われながら、ラステマ国の第二王子ウィルロアと、デルタ国のカトリ王女の婚姻と和睦の締結が三か月後に迫っていた。




 ラステマ国の第二王子で、和睦の象徴としてデルタで育てられたウィルロアは、大きな問題を抱えていた。

 始まりは弟の婚約者であるカトリに懸想した兄アズベルトが、己の王位を脅かす存在のウィルロアに、デルタという大国の後ろ盾が付くのを怖れたことにある。

 ありもしない間諜の疑いをかけられたが、国王や臣下の助けと、デルタの王子でウィルロアとも親交深いキリクや、婚約者カトリの援護で名誉は守られ、事なきを得た。

 しかしアズベルトが臣下の前で弟王子を嵌めようとしたのが露見し、和睦前にデルタ側を巻き込んだ騒動の責任を取らされることとなった。

 国王ははじめ、アズベルトに対し最も重い王太子位剥奪という処罰を下そうとした。

 それをすんでの所で止めたのが、他でもない被害者であるウィルロア本人だった。

 第一王子アズベルトの失墜は即ち、第二王子ウィルロアの王位継承へと直結してしまう。

 実はアズベルトが脅威を感じるウィルロアは、王位継承権第二位の地位にありながら、権力に全く興味の無い、野心など持ち合わせていない、むしろ玉座なんて座り心地悪そうでこっちから願い下げだわ、と考えるほど、王位に興味のない無害な男であった。

 人質同然に敵国で暮らし、幼少期をさんざん政治利用されてきた彼は、せめて婚姻後は政治とは無縁の静かな田舎で細々と農業をしながら暮らしたいと、まるで完全燃焼して現役引退する年寄りのような考えを持っていた。

 国王は、そんなやる気のない姿のウィルロアを前にして、一時は重い処罰も与える覚悟だったが、思い止まり厳重注意と謹慎処分を言い渡した。

 こうして、アズベルトの王太子剥奪も回避し、カトリとの婚姻も両国の同意を得ることが出来たウィルロア。

 不安だった政略結婚も、カトリが自分に好意を寄せていると分かり安堵した。

 これで心置きなく結婚し、結婚後は王籍を外れ、エーデラルの公領で二人、何のしがらみもない悠々自適な暮らしをする。

 全てはウィルロアの望み通りに進んでいた……はずだった。


「殿下。祭事用の衣装が到着いたしましたので試着をお願いします」

「殿下。来賓の方々の名簿が出来上がりましたので確認をお願いします」

「殿下。財務から今期の予算案の修正箇所に目を通し、本日中に返答をいただきたいとの事です。お願いします」

「殿下。シュレーゼン公爵から面会の申し出がございました。本日は議会員の方々から順次お誘いがあり予定が詰まっております。明日はローレンツ派の会食、明後日はハウバーク派の会食がございます。シュレーゼン様は筆頭公爵家のお方ですし、先延ばしにするのもどうかと思うのですが、いかがいたしましょう」


「…………うん」


 ウィルロアを囲むのは、新たに補佐官として就任した政務官二人と侍従のマイルズ、メイド長と大勢でやって来るものだから執務室はぎゅうぎゅう詰めになっていた。

 国王との謁見を済ませて執務室に戻ったらこれである。待ち構えていた臣下達が矢継ぎ早に報告するものだから、そんな一度に言われてもと、間抜けな返事になってしまった。 

 順番も関係なしに我先にと返事をもらいたいのは、ウィルロアが多忙で出入りが激しく、中々捕まらないからだろう。

 それほどに目が回る忙しい日々を送っていた。


「殿下。レスター宰相の侍従がお越しですが……、うわあーどうします?」


 臣下に詰め寄られる主を見て、外で待機していた護衛までが「うわぁ」と思わず声が出るほど同情する始末。

 思ってたのと違う! 全然望み通りじゃない!

 連日深夜まで書類に目を通し、今日は朝から謁見、面会、会議と動き回り、ようやく部屋に戻れたかと思えば息をつく間もなく待ち構えていた侍従や政務官、机の上の明らかに増えた書類が出迎え……と、理想とは全くかけ離れた現状に心の中で憤慨した。

 もちろん表の顔はそんな悪態を微塵も感じさせない清々しい表情である。

 アズベルトが謹慎してから、ウィルロアの周囲は急に慌ただしくなった。

 アズベルトは次期王として政務の半分以上を任されていた。

 そのアズベルトが謹慎処分となったので、その穴を埋めるため国王はウィルロアに代役を任せた。

 ウィルロアも第二王子として責務を全うするため、快く(内々嫌々)引き受けた。

 今まで以上に忙しくなるだろうと覚悟はしていた。それでも一時のことだろうと鷹を括っていた。アズベルトが戻るまでの、一時的な忙しさと、せいぜい三日か一週間か――。

 だがアズベルトが謹慎処分を受けてひと月になるというのに、一向に明ける気配がしない。

 しかも彼は今、王城にすら住んでいない。

 ここまで徹底した重い処分だとは思っていなかった。

 国王は謹慎に期限を設けず、更にはアズベルトを王城から追い出したのだ。

 徹底した処分と国王の強硬な態度、未だあける気配のない王太子の謹慎。

 代わって弟王子に振り分けられた政務となれば、周囲は勘繰り騒がしくもなる。


『もしや陛下は王太子を見捨てたのではないか』

『もしや陛下はウィルロア王子に王位を継がせたいのではないか』


 今、王城内は大いに揺れ、二人の王子による跡目争いが本人達の意思関係なく勝手に激化されていた。

 そうなると保身的な連中は第二王子であるウィルロアへ群がってくる。

 長年異国で育ったこともあり、繋がりの薄い連中はウィルロアとの関係を今更だが焦って築こうとしていた。

 お世辞を使って媚びを売り、最近はそんな輩が下心見え見えで群がるのにうんざりしていた。

 ここ最近忙しいのは、増えた政務ばかりではなくやたら会食や面会に時間を削られているからだった。

 和睦を控えているのに跡目争いなんてしている場合かこの無能共め! 俺の機嫌を取る暇があるなら仕事しろ! それができないなら俺の邪魔すんな!

 得意の心の中だけの悪態も、私室でゆっくり時間を作れないほど忙殺されていた。

 通常の政務に加え迫る予算会議、式典、婚姻の準備、加えて面会や会食と、ウィルロアは睡眠もろくに取れない程目が回る忙しさだった。

 それでも執務室で己を包囲する臣下達を前に、苛立ちを微塵も感じさせない余裕の表情のまま、ウィルロアは一つ深呼吸をすると輝く笑顔で一気に回答した。


「財務の予算書は昨夜のうちに目を通し、まとめたものを用意してあるからこれをアダムスに渡してくれ。悪いが時間が取れないので今日の議員たちとの面会は一同に介したものに調整しなおしてほしい。二大派閥との会食を最優先で頼む。彼らを無下には出来ないからね。シュレーゼン公爵は私の大叔父にあたる方だから、筆頭公爵家でも多少の融通は利く。後で一筆書いておくからそれを渡してくれ。それから祭事用の衣装は全体を通して見たいから全ての衣装と装飾品が揃ってからにしてほしい。選別は任せるよ。何点か予備も用意させ関係者全員同席させてくれ。あとは――」


 ウィルロアは一気に答えると、最後はとびきりの笑顔でマイルズに言伝を頼んだ。


「外で待つ宰相の侍従には、『まだまだ若輩者で役不足ですので外交は宰相と兄上にお任せします』と、伝えておくれ」


 一気に言い終えると、陽光できらきらと輝く金の髪に負けない笑顔で、全員を室内から追い出してやった。




 心優しく見目麗しい穏やかな性格の完璧王子と評される(過大な自己評価含む)ウィルロアだが、その中身は全くの真逆で、口汚いやさぐれた性格の男であった。

 和睦の象徴として人質同然に他国に送られ、長年苦労したことで裏表の激しい性格になってしまった。可哀そうな俺。

 そんなウィルロアの正体を、十年誰にも悟られることなく隠してきた。

 それが先日、ひょんなことから婚約者であるカトリに知られてしまった。

 それでも懲りずに防音設備の整った私的空間で悪態をつくという習慣は残っていた。


「俺の計画がぁぁ悠々自適な生活がぁぁ!」


 ようやく私室に戻れたのは、もう日が変わった深夜だった。

 そこから持ち帰った書類に目を通し、ベッドへ倒れ込んだ時にはもう空が明るくなっていた。

 鍵のついた私的空間で「こんなはずじゃなかった……!」と枕を濡らし、さめざめと文句を垂れる。過酷な現状を嘆いた。

 ウィルロアはアズベルトを許し、王太子位を守ってやった。しかしそれで解決元通り、とはならなかった。

 王太子位は剥奪されなくても、国王が処罰を下したという事実と、未だあけない謹慎が、臣下の心をアズベルトから離れさせてしまっている。

 そしてウィルロアがアズベルトの空けた穴を埋める様に政務をこなしているので、余計にも勘繰る輩が増えていた。

 それは第二王子として避けられない責務であり順当なものだと考えるが、このままではまずいと思うのも事実で、有力貴族にはウィルロアが王位に興味が無いと会食を通して地道に伝えていた。

 それでも一向に収まらない王位争いの噂。


「俺は王になんてなりたくない!」


 今回の一件で再認識した。

 どんなに興味がないと公言しても、周囲がそれを許さないだけの地位と逃れられない道がウィルロアにもあるのだということ。

 特に今日の議会の連中との会合程酷いものはなかった。

 国の中枢を担う議会は、ほとんどが有力貴族から構成されている。

 己の保身だけで顔色を窺ってくる連中。

 兄の腰巾着だった者達まで、手の平を返して媚びを売る姿に呆れを通り越して怒りさえ覚えた。


「ほんと、吐き気がするわ」


 ここにアズベルトがいないのが幸いだった。

 兄は王城を離れ、アーバン領にある別荘で謹慎していた。

 この状況をあんなプライドの塊みたいな奴が見たらたまったもんじゃなかっただろう。死人が出る。


「あーもう! あいつが馬鹿なことしでかすからー面倒臭いことになったんだぞ? 自分でなんとかしてくれよなぁ」


 アズベルトは幼い頃から王になると自負し、そのための努力も怠らなかった。

 生まれた時から王になる覚悟と準備をしてきたアズベルトと、何の責任も持たず放棄してきたウィルロア。

 どちらが王として相応しいかなんて、その差は歴然で考えなくても分かるというのに。

 態度でも言葉でも伝わらないならどうしろというのか。こちらもデルタの姫との婚姻が控えているので反感は避けたいというのに。とにかくこれ以上の王位継承問題が激化するのは非常に困るのだ。


「それなのにアダムスのせいで軍を敵に回しちゃったし、あーもうやだ! しんどい!」


 今まではデルタで暮らしていたから、アズベルトがいたから、自分の地位と責務に無関心でいられた。気付かなかった部分が多くあった。

 今回初めて現実味を帯びた王への道。

 毎日たくさんの人に囲まれ会話しているというのに、何故か空虚でひどく孤独に感じられた。

 それがいちばんウィルロアを驚かせた。

 これがアズベルトの見ていた風景か。

 無数の無責任な期待の目。その期待に晒され続けて自覚した重い責任。王としての未来を想像しただけで、怖気が湧いた。


「うへーあいつこんな疲れる毎日だったのかよ」


 ベッドの上で寝返りをうつ。寝不足なのに中々寝付けない。


「カトリに会いたいな……」


 寂しさに飲み込まれる感覚はデルタで暮らしていた時以来だろうか。

 孤独感に襲われた夜は、同じ境遇の少女を想って眠りについたりもした。

 あの頃と違うのは、瞼を閉じればはっきりとその姿を思い浮かべられること。

 艶やかな黒髪に大きな焦げ茶の瞳。小さな赤い唇は、色白の肌によく映える。

 カトリに会って頭を撫でて強く抱きしめたい。

 結婚前に男女の接触はあまり褒められたものではない。女性なら悲鳴を上げるか恥ずかしがって赤面するだろう。カトリは悲鳴はおろか、無言で表情は一切変えず直立不動で立ち尽くすのだ。

 感情を表に出すのが苦手な婚約者は、そのことに劣等感を抱いている様だが、ウィルロアこそカトリの前では格好悪くて失態ばかり。

 カトリはいつだって一生懸命で、苦手な中でも精一杯伝えようと努力してくれている。

 そんな姿が有難く、愛おしく、可愛らしいと思うのだ。

 瞼を閉じたまま、想像の中でカトリを抱きしめて頭をもふもふと撫でた。離れてみるがもしかしたらおかわりも採用されるかもしれないな。 

 明るくなったベッドの上で、ウィルロアは幸福な心地でようやく眠りにつくのだった。


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