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やさぐれ王子と無表情な婚約者  作者: 千山芽佳
第一章

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24/79

それぞれの道へ

 

 王の執務室からの帰り、マイルズ=カンタールは、主の了解を得てから急ぎ目的の人物を追った。

 ウィルロア王子に降りかかった騒動は、キリク王子とカトリ王女の助けもあって事なきを得た。

 しかしマイルズは楽観視することなく、この一件でより自分の取るべき行動と立場を明確にするべきだと感じていた。


「父上!」


 マイルズは父親である宰相レスターの後を追い呼び止めた。


「マイルズ侍従、城内では役職名で――」

「申し訳ありません。今後父上の意向には添えない旨を伝えに参りました」


 口早に用件を伝え、それでも敢えて父と呼んだのは、侍従とは別の任務の件だと伝えたかったからだ。


「……お前の意向を聞こう」


 父は人払いをさせた。

 マイルズの決意を汲み取ってくれたようだ。


「私はウィルロア殿下の侍従として本来の職務を全うすべく、あの方のお側であの方の望みを叶えて差し上げたいのです」


 今回の件でマイルズの覚悟は定まった。

 どんなことがあっても、どんな形でも、私はウィルロア王子についていく。

 それはきっと、父とは異なる道を歩むことになるだろう。


「父上に手を貸すことは出来ません。今後殿下の身に危険が迫れば、たとえ父上でも容赦いたしません」

「そうか」


 レスターはあっさりとマイルズの気持ちを受け入れた。そして一言だけ訊ねた。


「イル、カンタール家の人間としてお前は王家に忠誠を誓うのか?」


 幼い記憶が蘇る。

 この質問には覚えがあった。前に一度だけ、留学の前に父から同じ質問をされたことがある。


『イル、成長したお前は一体何に忠誠を誓うのだろうか』


 生半可な答えではいけないと思った。だからマイルズは答えられないという沈黙を素直に選んだ。

 それが正解だったとは思えないが、レスターは何も言わず伏し目がちに微笑むと、その場にマイルズだけを残し去って行った。


「……」


 父が殿下に危害を加えるならば、その時は――。

 次に同じ質問をされた時のためにも、本当の意味での覚悟をしておかなければとマイルズは前を向いて歩き出した。



    ***



「誰だ!」


 人気のない回廊の中庭から姿を現したのは、軍服を纏ったローデン将軍だった。


「お前か……」


 体格のいいこの男を、アズベルトはよく知っていた。

 ウィルロアから国内での反対組織の暗躍を聞き、調査を請け負った。

 誰にも報告はしていなかったが、実はアズベルトは調査で間諜を見つけていた。

 弟の読み通り、内通者は軍の中にいて、このローデン将軍が裏切り者だったのだ。


「セーロン議長の計画は失敗に終わりましたね。だから申し上げたでしょう、我々と手を組めば必ず成功すると」

「ふんっ」


 ローデンに行きついた時、彼から手を組まないかと提案された。それを聞いて、彼らが敢えて見つかり、アズベルトから接触してくるよう仕向けたのだと気付いた。

 罠に気付いたアズベルトは胡散臭さで断った。

 その後も彼を泳がせていたのは、保険を残しておきたかったからかもしれない。

 ローデンは組織の一人に過ぎず、背後には黒幕が潜んでいた。密かにアズベルトは調査を続けていたが、ローデンは気付いていないだろう、再びアズベルトに接触してきた。


「あなたが王となる手助けをいたしましょう」


 その甘い誘いには裏がある。この者らの目的は、あくまで和睦を阻止することにあるのだから。


「……本当に成功するのか?」


 だが今のこの状況下で、和睦の成立にまで気を配る余裕がないのも事実だ。


「デルタにも心強い仲間がおります。殿下の様に地位のある方が後ろ盾となっております心配には及びません」


 本当に、胡散臭いことこの上ない。

 だが、このまま何もしなければ王位は剥奪されるだろう。

 ああは言っても父は既にアズベルトに見切りを付けていた。それならば自分から奪ってやればいい。

 私は王になる。

 そうすれば、この長く続く苛立ちから解放されるだろう――。



    ***



 ウィルロアの騒動から三日後。デルタの一団は今度こそ帰国の途につくこととなった。

 さむいさむいさっむい!

 ラステマ特有の肌寒い気候の中で、冷たい風に身を晒しながらも笑顔を絶やさないウィルロア。

 アズベルトの謹慎もあって、再び政務に振りまわされ忙しくしていた。それでもこの時ばかりはカトリの見送りに駆け付けた。

 門前で馬車に乗り込むデルタ一団と別れの挨拶を交わす。


「手紙を書きます」

「はい」

「遠出もしましょう」

「はいっ!」


 緩く口角を上げたカトリの頭に、愛おしそうにぽんと手を乗せた。


「随分と仲がいい。ユーゴに良い土産話ができた」


 隣にいたキリクが茶化してきた。


「どこぞの親切なお方のお節介のおかげでしょう」

「大いに感謝するといい」


 軽口で冗談を言い合う二人を前に、カトリは無表情のままだった。


「あは、カトリが笑ってる」


 それでも僅かに変わった顔の動きをウィルロアは見逃さなかった。

 出発を促され、二人は馬車に乗り込んだ。

 御者の合図でラッパを鳴らしながら走り出すデルタ一行。

 その窓からカトリは名残惜しそうに手を振っていた。

 ウィルロアも、抱きしめたくなる衝動を抑え、片方の手は拳を握り、もう片方の手を大きく振った。

 それは馬車が見えなくなるまで続いた。


「……」


 行ってしまったな。


「十年前を思い出しますな」


 共に見送りに来ていたレスターが隣で呟いた。

 そういえば十年前も、デルタへ向かう馬車の中、ウィルロアは窓から身を乗り出し大きく手を振っていた。

 当時守り役だったレスターも、答える様に姿が見えなくなるまで涙を浮かべて見送っていた。

 そうだ。こいつあの時泣いてたんだよな。


「何のことだい?」


 レスターとの思い出を誤魔化すウィルロア。

 懐かしさはあっても、今の立場ではレスターとは距離を取るのが賢明だと判断している。

 レスターはモノクルを押し上げ柔和に微笑むと、「これから忙しくなりますよ」と言葉をかけた。

 マジかよ逃げ出したい!

 心の中で叫び、完璧王子の仮面をつけたままウィルロアは歩き出した。


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