被害者の思惑
「これがこの国の、王太子としての品格か? 今回ばかりは私も庇いきれんぞ!」
アズベルトは審判の時を待っていた。
ウィルロアを排除し、自らがカトリと婚姻を結んでデルタの後ろ盾と国内の地盤を盤石なものとする。
セーロン達と企てた計画は、デルタ王家の兄妹によって失敗に終わってしまった。
弟ウィルロアの名誉を大きく傷つけ、和睦が近づくデルタとの関係を悪化させる危険をもたらしたとして、アズベルトは責任を追求され、逆に窮地に陥っていた。
国王も、今回ばかりは目を瞑ることは出来ないだろう。いや、父はむしろこの時を待っていたのかもしれない。言い逃れできないほどの失態を犯す日を。そう、排除されるのは私の方なのだ。
ずっと王になるのだと、それが私の運命だと思って生きてきた。
このまま王になれないのなら、私には何が残るというのだ?
審判の時は迫っていた。
先程から国王とアズベルトを交互に見守るウィルロアの姿が目に入って鼻につく。
この重すぎる責任と運命を背負い生きてきた私に代わって、何の欲もなく気楽に生きてきたお前が、玉座に付き全てを手にするというのか。
人望も能力もアズベルトにはないものを全て兼ね備えた弟。
無自覚でも心の中にはずっとあった。弟に対する劣等感。認めるのは怖くて向き合うにも眩しすぎて、ずっと目を逸らしてきたのは私の方だ。
私が欲した物すべて、お前は簡単に奪っていくのだな。
権力に目が眩んだわけではない真の忠臣。両親の愛情。愛して側にいて欲しいと願った唯一の女性。そして、唯一残された王になるという道でさえ、お前に……。
初めから分かっていた。私にはこの身に流れる血筋しか魅力がないことを。
それさえもお前に奪われてしまうのか。
「王太子アズベルト。此度の騒動の責任を取って王太子位を――」
『剥奪』
その二文字が頭に浮かび、アズベルトの足元から暗闇が襲い掛かった。
その身を絶望と虚無感が飲み込んでいった。
「お待ちください!」
皆が驚き振り返る。
国王の言葉を遮ったのは、今回の被害者であるウィルロアだった。
「なんだウィルロア」
「すみません。しかし、その、兄上は、そこまで間違ったことはしていないと思うのです」
一体ウィルロアは何を言い出すのだと、アズベルト含め部屋にいた全ての者が驚いた。
ウィルロアは多少言葉に詰まりながらも続けた。
「やり方はあれですけど、兄上の憂いは的を得ていると思うのです。私がデルタと近すぎる関係なのを危惧する気持ちもわかります。次期国王としてあって然るべき心配ですし、疑われるような行動を取った私にも責任はあると思います」
被害者であるはずのウィルロアが突然アズベルトを庇い出したので、全員が口を開けて呆れていた。
「何が言いたいのだ」
「つまりは、そこまで間違ったこともしていないのではと。根底には兄上のこの国を想う心があっての行動ですから、それは実に王太子らしいと思うのです。そこで、陛下には寛大なお心で判断していただきたいと、思います」
「……」
先程まで緊張で張り詰めていた空気は、何とも言い難い微妙な空気になった。
地位と名誉を奪われかけた被害者が、逆に地位を奪われかけている加害者を庇うという構図。
国王は呆れる様に肩を落としてから、目を閉じてこめかみを押えた。
王の熟考を皆が固唾を飲んで見守った。
「困ったものだ」
一つ溜め息を溢すと、ゆっくりと顔を上げてウィルロアを見つめ、それからアズベルトの方へと視線を向けた。
「お前は短絡的で荒っぽい所がある。今回の件はウィルロアに免じて恩赦を与えるが、お前の短絡的な行動で国とウィルロアに取り返しのつかない被害を及ぼすところだったのは忘れるな。深く反省するよう王太子アズベルトには謹慎処分を言い渡す。大いに自らの過ちを振り返り猛省せよ」
「……真摯に、受け止めました」
話は終わりだと国王が立ち上り、一同は頭を垂れて見送った。
出口に向かう国王はアズベルトの横を通り過ぎてから一度足を止めた。
「……次にまた同じような事があれば、その時は私も決断しなければならないだろう」
「……」
アズベルトに釘を刺し退出していった。
残された一同も緊張から解き放たれたように、それぞれに扉へと向かっていく。
謹慎を言い渡されたアズベルトは、早々に立ち去ろうとした。その背をウィルロアが慌てて呼び止める。
「あ、兄上」
「……」
空気の読めない弟の行動に軽く舌打ちをする。すると扉の前で控えていたウィルロア付きの護衛と侍従のマイルズに睨まれた。
刺さる敵意から逃れるように振り返った。そこには不安気に兄を心配する弟の姿と、その後方から守るように警戒の色を濃くするサイラスとレスターが見守っていた。
皆に守られるように中心で佇むウィルロアを、直視できずに顔を背けた。
「……お前と話すことは何もない」
言葉少なにそう言うと、アズベルトは身を翻してその場を逃げる様に立ち去った。
「兄上!」
必死の呼び止めにも振り返ることはなかった。
これで満足か?
愚かな兄を庇う心優しい弟。さぞお前の株は上がっただろうな。
だが私にはそうは映らない。
陥れようとした相手に守られ、何もかもを奪われかけた相手に、首の皮一枚繋げてもらったという事実を誰が喜べる?
屈辱。
自分よりも劣る立場の者に守られるというのは、屈辱以外のなにものでもない。
お前が慕う度に劣等感と罪悪感が押し寄せ、私をより惨めにさせるのだ。
お前はそんなことにも気づかず、親しみを込めて私を呼ぶ。
兄上
あにうえ
アニウエ!!
無邪気に、眩しいほどの輝いた瞳で見つめてくるお前が、昔から私は憎くて仕方がないのだ。




