厳正な処罰
ウィルロアの間諜疑惑と婚約者剥奪の危機は、デルタの兄妹の登場によって難を逃れた。
逆転劇の余波は暫く余韻を残したが、セーロンがその場に崩れ落ち、徐々に皆の意識が戻っていった。
「サイラス。一先ずセーロンを捕らえよ。追って沙汰する」
「はっ」
陛下の命に近衛騎士団長サイラスが敬礼して応じる。
セーロンは項垂れたまま、抵抗することなくサイラスに連れられて部屋を出て行った。
「キリク王子とカトリ王女の両名には、息子ウィルロアの窮地を救っていただき感謝する。セーロンの件は全てこちらに非があるだろう。後日デルタ国が納得する形で罰を与え報告する」
「分かりました。この件を含めたラステマとの交渉の采配は父より全て私に任されております。大事な和睦を前に一臣下の謀反ごときで台無しにされたくないのは我々も同じです。厳正な処罰が下されるのであればデルタから騒動の責をラステマに負うつもりはありません」
「そうか。配慮に感謝する。王子はこのまま滞在が可能となったのかな?」
「はい。予定通り式典の証書にサインをし、自国へ持ち帰らせていただきます」
「ああ。騒がせたな。会議の再会は追って知らせる故、今はゆっくり休むといい」
「はい」
キリクは礼をとり、踵を返して出口へと向かっていった。
「……」
カトリがウィルロアを気にしているのは視線を感じて気付いていた。
敢えてウィルロアは立ち去るカトリに振り返ることも、言葉をかけることもしなかった。
今、彼女の顔を見たらきっと気が緩んでしまうだろう。しかし事はまだ終わっていない。
陛下は意図的にアズベルト、ウィルロアと宰相のレスターだけを部屋に残したのだから。
先程までの紛糾した慌ただしさが嘘のように、陛下の執務室は教会のミサのように静かだった。
「アズベルト。今回ばかりは言い逃れできん。お前の責任は大きいぞ」
陛下は疲れたように溜め息を溢し、机で組んだ両手に額を乗せると、頭を抱えて項垂れた。
チッ。馬鹿アズベルト陛下に心労かけやがって……。
いたたまれない腹立たしさがウィルロアの心を占めていく。
「私は何もしておりません。全てはセーロンが独断でやったことです」
は、はあああ!?
顔色一つ変えずにしれっと自分の臣下に罪をなすり付けやがった。
臣下を簡単に切り捨てるそのあまりにも無情で身勝手な行為に、ウィルロアの表の顔も僅かに引きつる。
バカ! アホ! クズ! 間抜け! 無能! 脳筋! くそったれ! 卑怯者! あと、あとはもう大陸中の悪口で……とにかくお前は最低だ!
「この期に及んで悪あがきをするとは。情けないぞアズベルト!」
アズベルトにあまい陛下も、この時ばかりは息子の情けない姿に怒り心頭で震えていた。
「お前は実の弟であるウィルロアの名誉を傷つけたのだぞ! それだけではなく、デルタとの関係を悪化させ和睦式典を台無しにするところであった!」
そうそう、陛下もっと強く言ってやってくださいよ。こいつはマジで猛烈に反省するべきです。猛省しろ!
「お前の態度には常々目に余るものがあった。今まではお前を長兄として、この国の王太子としての名誉を守るあまり大目に見ていた部分があった。だが、それが全て過ちだった」
そうです猛省を……促して……、あれ? 何やら雲行きが怪しいぞ?
「これがこの国の王太子としての品格か? 今回ばかりは私も庇いきれん!」
国王は立ち上がると、アズベルトに向かって突き放すように言い放った。
「此度の騒動に厳正な処罰を下すつもりだ。それは王太子であるお前も例外ではない」
ウィルロアは、国王のご決断に焦って兄アズベルトを振り仰いだ。
対してアズベルトは顔色を変えず、真っすぐ前を向き、実に冷静に国王のお言葉に耳を傾けていた。
「王太子アズベルト。此度の騒動の責任を取って王太子位を――」




