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やさぐれ王子と無表情な婚約者  作者: 千山芽佳
第一章

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間諜


 反対組織の暗躍をアズベルトに一任して数日。

 あの日以来ずっと気分が晴れることはなかったが、それでもいつものように朝が来て、こちらの気分などお構いなしに仕事は舞い込んでくるので、逆に政務に没頭することで気を逸らすことができた。


「……これだけ?」


 政務の間は余計な事を考えなくて済むというのに、目の前に置かれた書類の量はいつもの半分以下だ。


「ここ数日は殿下に張り切っていただいたので、本日は通常の半分程になります」

「仕事の流れを掴んで無駄が減ったのかな」


 おいおいこれじゃあ直ぐに仕事を終えてしまうじゃあないか。


「そうですね。デルタ側との調整も終わり、陛下やアズベルト殿下も通常の政務にお戻りになられましたから」


 式典の調整組は、後は取り決められた事柄を書類に起こし、サインをするだけになっている。

 ご苦労なことだ。そうなれば俺はお役御免で、政務を放ってまたゴロゴロと悠々自適な生活に戻ろう。

 そうだよ。本来の俺は政務とか義務とはかけ離れた楽な暮らしを求めていたはずだ。

 そのためにもこのもやもやした気持ちを何とかしなければな。


「お仕事を終えられたなら、少し休まれてはいかがでしょう」

「?」

「その、最近お疲れのようですし……」

「あ……」


 そうか……。この書類の量は、マイルズの計らいがあったのだろう。主の機微に真っ先に気付いた彼が、気を利かせてくれたのかもしれない。


「心配をかけてすまない」

「! いえ……」


 ウィルロアが微笑むとマイルズは視線を逸らしてはにかんだ。

 マイルズは優秀で侍従としてよくやってくれている。

 アズベルトはカンタール家の人間を信用するなと言うけれど、ウィルロアの考えは少し違う。

 たしかにレスターやマイルズには何かあるような気がする。しかし同時に彼らが国を裏切るような人間ではないと感じている。それでも間諜が判明していないのなら、彼らを除外してしまうのは危険だとも思う。

 だから信じるとか疑うのとは別に、反対派の奴らを見つけることが重要だと考えていた。

 信じるというのはリスクを伴うし、疑うというのは孤独になる。

 自分を含めてどんな人間でも欲と醜い部分は必ずある。ウィルロアは信じては何度も裏切られ、疑っては孤独に苛まれ、どちらも酷く気力を使うものだと、デルタで身を持って体験した。

 だからウィルロアは考えるのが煩わしくなったり面倒くさいことが起こった時は、諦めて受け入れるようになった。

 初めから人間なんてみんな裏表があって当たり前だ。全てを知った気になってはいけない。面倒くさくなったら人生なるようにしかならない。ありのままを受け入れた方が楽な時もある。逃げは悪いことじゃない。楽を選択しなければこちらがおかしくなってしまうのだから。

それが、ウィルロア。

 俺はキリクやアズベルトと違い、向き合うことに背を向け、逃げることに慣れてしまった。そんな身勝手で情けない男には王の資格はないと自覚している。求められたら困るから相手にも多くを求めない。

 カトリとの結婚だって――。

 今日の午後には最終合意の書類に判を押す。すなわちデルタ一団の帰国の日が近づいていた。

カトリはラステマを旅立ってしまう。

 そこからは式典まで一度も会うことはない。

 なるようにしかならないだろう。彼女の気持ちも、結婚も。



 午前中はいつものように政務を済ませ、午後は特に予定もないのでごろごろしていようかと怠け癖を復活させていたウィルロア。


「会議も終わる頃かな」


 デルタ側との調整も佳境に入り、今日一日は関係各所の責任者に加え、陛下も参加しての最終的な調整を書面にて行う。


「……はぁ」


 鬱々とした気持ちから抜け出せないウィルロア。深く座っていたソファから立ち上がり、換気のために窓を開けて外の空気を入れ替えた。

 とうとうカトリもデルタに帰ってしまうのか。

 寂しさと、安堵と。相反する感情が複雑に混ざり、再びウィルロアを憂鬱にしていった。


「……?」


 なんだか外が騒がしい。

 部屋の中が静まり返っているからか、はたまた窓を開けていたからか、地鳴りのような床を蠢くような足音が無数にして、ウィルロアはバルコニーから外の様子を窺った。

 ウィルロアが耳を澄ませていると、騒々しさは次第に落ち着き城にはいつもの静寂が戻った。

 一体何だったのだろう。

 気になったのでやはり外の様子を見に行こうと窓を閉めた。

 鍵を外して扉を開け、待機していたサックスに声をかける。


「騒がしかったが何かあったのか?」

「今マイルズ侍従が確認に行きました。デルタの一団が急に帰国の途に就いたそうです。なんでも、デルタで厄介な事が起きたとかで、キリク王子とカトリ王女が呼び戻されました」


 厄介な事?

 ではキリクとカトリは帰国予定の日を待たずに帰っていったのか。


「それは心配だな。何事もなければいいのだが……」

「殿下っ!」


 自分を呼ぶ大きな声は、珍しく走って来たマイルズのもので、彼の見たことのない焦りように瞬時に何か不具合が生じたと悟る。


「どうした」

「殿下っ、大変です!」


 大変だと告げるマイルズの話を最後まで聞くことは出来なかった。

 廊下の先からぞろぞろと複数の兵がこちらに向かってやって来たのだ。

 何だ?

 マイルズと護衛の二人が咄嗟に前に出てウィルロアを守るように壁を作る。


「ウィルロア殿下。我々と共に会議の間へ来ていただきます」

「不躾に失礼だぞ! これは一体何事だ!」


 前に立ちはだかるロイが声を荒げる。それでも兵は怯むことなくウィルロアを連行しようとし両者は睨み合った。

 こんな張り詰めた空気を放つ兵士に連れていかれる理由はないはずだ。


「理由がなければここから動くつもりはない」


 普段から穏やかな王子を演じていたお陰で、ウィルロアのはっきりとした意思に兵は戸惑い、互いに顔を見合わせていた。

 兵士は迷った末に連行の理由を告げた。


「ウィルロア殿下に間諜の疑いがございます!」


「……は?」


 キリクとカトリを心配している場合ではなかった。

 何事かがあったのは自分の方だった。

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