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やさぐれ王子と無表情な婚約者  作者: 千山芽佳
第一章

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15/79

倍ダメージ

 

 デルタ王国の第三王女であるカトリは、和睦のためラステマ王国で十年間暮らしてきた。

 祖国から侍女や護衛を連れてくることは叶わず、一人心細く過ごした。

 十年暮らしてみればラステマの侍女も護衛も気心知れた仲になり、彼女達はカトリの性格をよく理解し、支えてくれた。いずれはウィルロアと結婚するのもあって、より親身に仕えてくれたのだと思う。

 カトリは祖国デルタで両親や親しい者達と十年ぶりの再会を果たし、半月後には再びラステマの自室へと舞い戻っていた。婚約者であるウィルロアと顔合わせをするために。

 本来セレモニーを終えて顔合わせも済ませたカトリがラステマに残る必要はない。両親もデルタに戻るものだと思っていた。

 カトリがラステマに留まりたいと伝えると、両親はどうせ直ぐにラステマに嫁ぐのだからそれまではデルタでゆっくり過ごせばいいのにと嘆いていた。

 両親の反対を押し切ってもここに居残っているのは、婚約者であるウィルロアの側に少しでも長くいたかったからだ。


「……はぁ」


 ため息を溢して日記を書いていたペンを止める。

 最近の日記は哀愁が漂い、反省や後悔ばかりの鬱々としたものばかり綴られていた。

 それもそのはず。ここ最近ウィルロアはカトリの誘いを断り続け、明らかに避けられていた。

 政務を任され、忙しい身であるのは承知している。

 だからこそウィルロアの護衛から情報を得て、空いた時間にお誘いしているのだ。それにも関わらず毎度振られてばかりだ。

 それでも昨日は、ウィルロアから兄の使いでカトリを訪ねてくれたらしい。それなのに、運悪く出かけている間に帰ってしまうとは……。

 ここに! ウィルロア様がいたのに! 会えなかった! ここにいたのにぃ!

 日記の最後には魂の叫びを綴り、モスグリーンの厚い背表紙をそっと閉じた。


「……」


 魂の叫びを書き終えた後も前も、カトリの顔は無表情のまま。書いている内容と表情が全く一致していなかった。

 日記は元々口下手で表情の乏しいカトリが、母から勧められて本音を語れる練習にと書き始めた。

 日記は以来ずっと書き続け習慣となっている。

 口下手の無表情は治ることはなかったが、吐き出せない気持ちをここで昇華させて感情の均衡を保っていた。

 今では殆どが妄想と反省の場に成り下がり、門外不出のマル秘本と化しているのだが、今のところ誰にも知られてはいない。

 未だにこんな日記に頼らなければ本音も表現できないとは情けない。

 でも言葉を発しようとすると身が竦み、喉が渇いて音が出てくれないのだ。

 カトリは過去のトラウマから、言葉を噤むのに恐怖を感じるようになっていた。


「こんな私がウィルロア様のお妃になれるのかしら……」


 顔を上げ、鏡台に映る自分の姿を見つめる。

 毎日毎時間、変わり映えの無い姿が映っていた。

 ウィルロアは青空のように澄んだ青色の瞳で、金の髪はきらきらと光を放ち、陽だまりのように温かい空気を纏っていた。

 対して自分は、青白い肌は不健康そうだし、黒髪に大きな焦げ茶の瞳は無愛想と相まって暗い印象に映ってしまう。


「……はあ」


 酷く落ち込み泣きそうな気分なのに、鏡に映るカトリの表情は無のまま。

『無口』『無愛想』『無表情』

 こそこそと耳に入ってくる陰口に反論できるはずがない。自分が一番その通りだと自覚しているのだから。

 頬に手を添え、柔らかく動かしてみても笑顔一つまともに作れないその顔に、憎らしく爪を立ててつねる。

 優しいウィルロアでもこんな姿を見てはきっとつまらない女だと、失敗だらけの可愛げのない女だと失望されたに違いない。

 無表情のまま心の中で涙した。


「姫様!」


 大きな物音と慌てる侍女に驚き、カトリは日記を隠しながら勢いよく顔を上げた。


「先程ウィルロア殿下から――」

「!」


 なんとウィルロアがカトリを庭園散策にお誘いしてくれたという。


「ようございましたね、姫様!」

「……」


 ああ嬉しい! どうしようどのドレスで出かけようかしら。髪型もこれでは駄目よ。外へ行くのだから結った方がいいわね。時間はあるかしら。こんな事なら朝から湯あみをしておくんだった!


「……急がなければ……」

「ええ早速御準備をいたしましょう!」


 カトリは無表情のままウキウキと心躍らせて準備に取り掛かった。


 昼食後、といってもカトリは緊張で一口も食事に手を付けられなかったが、時間通りに護衛を連れたウィルロアが到着し、カトリを迎えに来てくれた。


「カトリ王女こんにちは。ご機嫌いかがですか?」

「……こんにちは」


 『ウィルロア様からお誘いいただき天にも昇る気持ちですわ!』という返事は口から出ることなく終わってしまった。

 目の前のウィルロアにドキドキしながら、本当に会いに来てくれたことにほっと胸を撫で下ろす。


「突然お誘いしてすみません。今日はとても暖かくいい天気でしたので、王女と一緒に庭園散策をしたら気持ちがいいかなと思いました」

「……ええ」

「お時間大丈夫でしたか?」


 ウィルロアは笑顔のままカトリの返事を待ってくれる。


「……はい」

「では参りましょう」


 エスコートする手が伸ばされる。

 手袋越しではあるが、緊張しながらウィルロアの細く長い指に手を重ねた。

 所作だけではなく手まで美しいなんてもうどうしましょう? と訳の分からないことを考えながら歩きだす。

 何度も妄、想像していた本人を前にして、安堵と緊張でいつも以上に口数が少なくなる。

 それなのにウィルロアは別段気にした様子もなく、二人は並んで中庭へと向かった。

 ラステマの庭園には花が少ない。

 乾いた大地に根を張る植物は限られ、それでもこの過酷な地で生き抜く小さな草木や花々がカトリは好きだった。

 変わりに庭園には趣向を凝らしたクリスタルの銅像や噴水、オブジェと温室など、ラステマらしい工夫を凝らした庭園にカトリの足取りも軽くなる。


「デルタに比べれば寂しいものですが、それでもこの厳しい大地に根を張り懸命に生きる花々が私は誇らしく好きなのです」

「!」


 同じです! 今全く同じことを私も考えていました!

それが嬉しいのだと伝えたいのに、浮かんだ言葉達はまたしても口から出ることなく消えていった。


「デルタでは珍しい花も多く、庭園散策は日課にしていました。庭師のガジルを覚えていますか? 私はよく城を――その、抜け出すことがあって、彼と仲良くなって抜け道まで教えてもらったんです」


 それは意外でした。さすがに『抜け出す』というフレーズは周りに聞こえないように声を潜めていた。


「デルタのお国柄なのかな。実はキリクやユーゴも自由に城下を散策していて、私もそれに倣って城を抜け出したりして」


 確かにお兄様たちは昔からやんちゃだったし、周囲も特に咎めはしなかったと思う。


「皆おおらかというか、ゆったりした国民性ですよね。逆にラステマがかっちりしすぎていて驚かれませんでした?」

「はい」

「あはは。やはりそうですか。それならあれにも驚いたでしょう、晩餐会のしきたりである――」


 ウィルロアと過ごす時間は楽しかった。

彼は一方的に話すだけでなく、きちんとカトリの分かる話題を投げかけ、返事も待ってくれる。質問攻めにすることもなく、いつも通りの無表情と無口なのに、嫌な顔もせずに落ち込む暇も感じないほど楽しくて心地良かった。

 会話の合間に花を眺めるふりをしてそっと横を歩くウィルロアを盗み見た。

 カトリの歩幅に合わせてゆっくり歩いてくれる。

 風が吹いていつもは金の髪に隠れている額が露わになると、より端正な顔立ちが現れていつもより輝いて映る。

 視線に気づいたウィルロアが振り返り笑顔で首を傾げた。

 もうそんな動作一つで胸がいっぱいになる。

 このまま時間が止まってしまえばいいのに。ウィルロアが忙しい身で、この楽しい時間も刻々と終わりが近づいているのが分かり、実に寂しかった。

 もっと話していたいな。

 もっと側にいたいな。


「もっと時間が取れたなら、遠出もしたかったのですが」「したいです」

「え?」

「遠出、したいです」


 次の約束を取り付けることに必死過ぎて、ウィルロアの提案に被せるように返事をしてしまった。

 失敗した! 

 先程まで返事もろくに出来なかったくせに急に無表情で飛びつけばそれは不気味で怖かろう。

 その証拠にウィルロアの方が返事に困り、固まっていた。

 心の内で慌てて言い訳を考えていると、いつもよりぶっきらぼうで低い声が聞こえた。


「不意打ちだろ……」

「え?」

「いえ。では、今度一緒に遠出をしましょう。実は一緒に行きたい場所がありまして」

「……は、はい」


 一瞬垣間見えた素っ気ない表情と声色。

 もういつもの柔和な笑顔に戻っていたが、ふと先日の一件を思い出す。

 カトリが一人でウィルロアに会いに行った時のことだ。

 護衛の方が中で待っていてくれというので緊張しながら部屋に入った。

 程なくして戻って来たウィルロア。カトリは挨拶をする暇もなく驚いて立ち尽くしてしまった。

 あの柔らかな口調や優しげな微笑みは一切なく、彼は自室で悪態をついていたのだ。

 ああ、これがこの人のありのままの姿なの?


「あの」

「!」


 いけない。つい上の空になってしまった。


「今更ですけど、皆やけに遠くないですか?」


 周囲を見回すウィルロアに倣ってカトリも顔を動かす。

 離れた場所にそれぞれの護衛と侍従が付いていた。

 護衛というのにその距離はウィルロアが言う通り離れすぎて、こちらの会話は一切聞こえない距離である。


「……人払いを、させておりますから。ふたり――」

「ふたり?」

「……」


 実は皆には事前に少し離れていてほしいと伝えていた。

『心置きなく誰にも邪魔されずに二人きりで話したかったから』

 などというはしたない本音と根回しを、自分から告白できるわけがなかった。


「二人、の方が、心置きなくウィルロア様も、その、ありのままの姿で、お話しできると……思って」


 咄嗟にニュアンスを変えて言い訳する。

 ウィルロアが急に足を止め黙ってしまったのでカトリも振り返って様子を窺った。


「?」

「あの、その件なのですが、驚かれましたよね」


 その件? どの件?

 あ、この間のウィルロア様が悪態をついていた件かしら?


「はい」


 そこは素直に頷く。確かに驚いたもの。


「どう、思いました?」


 どう?

 言葉を探すため顎に手を添えて考えた。


「まさかウィルロア様に、あんな一面があるなんて……」


 なんと伝えようかと考える。

 私だけが知れてうれしい? 違うなと首を振る。そんな自然な一面も素敵です? それも違うとため息を溢す。

 確かに驚いたが、カトリ自身も日記の中の自分は別人のようになってしまう。

 だからウィルロアの姿を見た時、共感というか、仲間意識が芽生え嬉しかった。

 そして自分がそうであるように、絶対に知られたくない部分だというのも理解した。

 だから去り際にそれを伝えるため、親指を立てて『秘密は守ります』と安心してもらうために笑ってみせた。

 カトリは考えていた。どう説明したものかと。

 嬉しかったと、仲間だと、伝えてしまえば自らの秘密も暴露しなければならない。好意を伝えるにも勇気がいる。

 だから顎に手を添え何度も言葉を選びながら首を横に振り、うまくいかないと溜息を溢した。


「……倍ダメージ」

「え?」

「いえ、すみませんなんでもないですこちらの話です」

「?」


 ウィルロアが急に狼狽し、後退りしていく。


「あの……?」

「ああーっと! 実は大事な用事を思い出しまして!」


 カトリが顔を上げると呼び止める暇もなく「失礼します!」と言ってあっという間に走り去ってしまった。

 遠くで追いかける護衛の「殿下またですかぁ!?」という声を聞きながら、一人残されたカトリは放心状態で立ち尽くしていた。

 ああ、きっと私はまた何か失敗をしてしまったのだろう……。



   ***



 一方のウィルロア。

 一目散に駆け込んだ私室の中。


「ああああああああああああ!!」


 俺は馬鹿か阿呆か間抜けかぁ!

 ウィルロアが例の一件でやさぐれた自分をどう思ったか聞いた途端、カトリは明らかに失望し呆れた仕草をした。

 『まさかウィルロア様にあんな一面があるなんて……』そう言うや言葉に詰まり、頭を振ってため息を溢した。

 カトリの日記を見て浮かれていた。

 自分に好意があると思い込んでいた。

 いや、実際好意を抱いてくれたのだろう、日記にはっきりと優しくて物腰柔らかく笑顔が素敵だと書いていたのだから。

 つまり、それがカトリの好んだ自分であって決して真逆の性格のやさぐれた自分に向けてではなかった。

 そんな事実にも気づかず阿呆みたいにはしゃいでいたなんて、情けない。

 アズベルトの一件で落ち込み、更に追い打ちをかける様に正体がバレて落ち込んだ。それでも日記を読んで自信を取り戻し、復活したというのに……。

 再びどん底に突き落とされた。淡い期待が余計にも心を抉っていく。


「うぅ、ダメージが……っ! 二倍になって返ってきた!」


 もう何も期待するもんか。

 こう見えて打たれ弱いヘタレ王子のウィルロアだった。

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