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やさぐれ王子と無表情な婚約者  作者: 千山芽佳
第一章

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カトリの秘密

 

 デルタの王太子キリクは、ラステマの第二王子ウィルロアと昼食を共にして部屋を出た。

 次の予定である会議の間へと急ぎ移動する。

 人気のない廊下に足を踏み入れると、それまで無言で付いてきた侍従のリジンが静かに苦言を呈した。


「あまり内情をお話にならない方がよろしいかと。ウィルロア王子が信頼に足る方だとしても、自ら弱みを見せるべきではありません」

「何を言う。私はただウィルとカトリの仲を取り持とうと思っただけだ」


 長年の付き合いで嘘だと気づかれているだろうが、キリクはとぼけてみせた。

 実際二人の仲を取り持ちに行ったのも嘘ではない。

 先日、キリクの元にウィルロアの侍従がカトリとのことで相談に訪ねて来たのだ。

 兄として誤解されたままでは可哀想だと妹の手助けを買って出た。

 反対組織の情報もデルタの国益のために言葉を選んで伝えたつもりだ。

 それにリジンが心配するようなキリクを貶める様な事を、ウィルが決してしないと確信していた。

 本人を前にこれ以上言うなと心配している位だから。


「マイルズと言ったか。ウィルは主想いの良い侍従を見つけたな」


 キリクは話を変えた。リジンもそれに倣う。


「彼はカンタール家の人間です」

「カンタール? なるほど」


 カンタール家と言えば他国にも名の通る歴史ある由緒正しい家柄である。

 彼らカンタール家は、ラステマ王家に絶大な忠誠心を持ち、いつの時代も王家に寄り添ってきた忠臣だ。


「どの国の名家も長く権力を持ち続ければ驕り高ぶるものだが、彼らは実に謙虚でしたたかだ」

「……そうですね」


 『したたか』そう、彼らカンタール家にはこの言葉がぴたりと当てはまるだろう。


「ウィルも大変だな」


 相手は中々手ごわく一筋縄ではいかないぞ。

 そう身内に甘いキリクは心の中で忠告した。



     ****



 キリクを見送ったウィルロアは、護衛のサックスを連れて来賓塔のカトリの元を訪ねた。

 ウィルロアの姿を見るなり、留守を預かる侍女が慌てて対応に出た。


「ああ! 申し訳ございません! 姫様は只今出かけております。お待ちいただいてもよろしいですか?」


 知っている。キリクが今ならカトリが不在だというから急いで来たのだ。


「いや、これを渡したら失礼する」

「姫様を直ぐにお呼びして! あの、どうか今しばらくお待ちいただけませんか? 姫様もウィルロア様にお会いになりたいと思いますので」

「いや、キリク殿に届け物を頼まれたので姫に渡してくれたら――」

「でしたらどうぞお部屋で! お礼をしなければ私が怒られてしまいます。今お茶をご用意いたします!」


 物凄い圧で侍女がウィルロアをカトリの部屋へ誘い込む。


「いや、さすがに――」

「私! 怒られる! 部屋で! お茶を! お持ちします!」


 なんで片言?

 侍女の必死の形相に圧倒されて、ウィルロアは仕方なく部屋に入室した。

 扉を閉められるとバタバタと慌ただしい足音が遠ざかっていく。

 侍女がいない内に逃げ出そうか?

 そうっと扉を開ける。


「どうかなさいましたか?」


 目の前にはいかついデルタの護衛が立ちはだかり、ウィルロアの進路を塞いでいた。


「……いや?」


 ウィルロアはにこりと微笑んで何事もなかったかのようにそうっと扉を閉めた。

 これ、軟禁じゃね?

 ウィルロアは観念して何をするでもなくとりあえず部屋を見回した。

 前に怪我をしたカトリを運んだ時のまま、自分の部屋とは様相が違い色とりどりの装飾が実に女の子らしい部屋だと思った。

 女の子の部屋に一人でいるってものすごく悪いことをしているようで、背徳感が半端ない。

 居心地の悪さにため息を溢す。

 このまま逃げ続けるわけにもいかないよなぁ。

 そう、いつかは例の件でカトリとは向かい合わなければならない。

 はっきりと裏の顔を見られてしまったのだから、今更誤魔化せるはずもない。

 正直に和睦の為にも目を瞑ってほしいと頭を下げてみようか。それでも婚姻が反故にされる可能性はあるだろう。

 カトリはアズベルトを慕っているし、自分は裏表の激しい男だと評価を下げてしまったのだから。


「どうするかなんて、先伸ばしにしなくても答えはもう出ていただろ……」


 足掻いたところでにウィルロアに決定権はない。

 それは今に始まったことではなく、ずっと覚悟していたことだ。

 それでも情けなくても答えを先延ばしにし、逃げ回っていたのは彼女を手放したくなかったから。

 デルタでの孤独な日々も、カトリと結婚できるからここまで耐えてきた。

 何故ならウィルロアはずっと――。

    

「馬鹿か」


 無意味な想いを抱いても更に傷つくだけだ。とっとと用件を済ませここから逃げ出してしまいたい。

 自分自身を罵って前髪を掻きむしり、長いため息を溢した。

 静寂な空間に漂う甘い香り。顔を上げると棚の上には花瓶に添えられた生花が飾り立てられていた。

 カトリがデルタから持ってきたのだろうか。

 カトリからも同じ甘い香りがしていたのを想い出し、小さく微笑んで、胸が痛んだ。

 それから顔を上げる。ふと、本棚の片隅にモスグリーンの本が視界を掠めた。

 本棚にはびっしりと本が収められていて、以前書庫を見学したいと言った話を思い出す。

 カトリは本が好きなのだろう。

 ただしモスグリーンの本だけは他の本とは様相が違って背表紙には何も記されていなかった。

 題名のない本?

 ウィルロアはキリクの去り際の言葉を思い出した。


『部屋にあるグリーンの本を見るといい。恐らく君の憂いを晴らしてくれる』


 ウィルロアの憂いが何なのか、キリクが知る筈はない。だから彼の言葉は気にせず、部屋にも入るつもりはなかった。


「……」 


 それはほんの出来心だった。

 カトリに自分の正体を知られてしまったという対抗心が無意識にあったのかもしれない。

 キリクの言葉の意味も気になり、現状を打破できる何かがあればと淡い期待もあった。

 ウィルロアは本を手に取り、周囲を警戒して誰も近づく気配がないのを確かめると、本を開いた。

 それは、日記だった。

 一面びっしりと書かれた文字と分厚いページ。しっかりとした装丁に、初め何かの本かと思ったのだがカトリの字と思われるインクの滲んだ文字と、ページごとに日付が書かれていたことでこれが日記なのだと気づいた。

 まずい。

 さすがに人の日記を勝手に見るのは気が引ける。

 我に返ったウィルロアはすぐさま閉じようとした。したのだが、ふと自分の名が書かれていることに気付く。


「? なぜーー」


 よく見れば自分の名は一度や二度ではなく、何度も登場しているではないか。

 人の日記を見るなんて最低だ。だけどあのカトリが、口数少ない彼女が、紙一面にびっしりと書いた自分のこと。なんと書かれているのか気になって好奇心に勝てなかった。

 もう一度周囲を確認し、少しだけだと己に言い聞かせてそっと日記を覗いた。


 〇月△日

 成長されたウィルロア様は、海のように深く青い瞳の素敵な方だった。柔らかい声は私の耳に良く馴染み、金の髪は太陽の様に光り輝き、温かく周りを照らしている。彼がその場に居るだけでその空間だけが切り取られたように優しさで包まれていた。

 この方が私の婚約者なのかと思うと胸の鼓動が鳴りやまず、お話したいのにうまく言葉が出ずに戸惑ってしまった。それでもウィルロア様から「また後で」と言葉をかけてもらえた。彼は私の態度にも嫌な顔一つせず、言葉を待ってくれた。なんてお優しい方だろう。後でたくさんお話がしたい。お兄様の様に私もウィル様と呼んだらいけないだろうか? もっと親しくなりたいから――


 ウィルロアはとんでもなくいけないものを見てしまった気がして、一度日記を閉じて天を仰いだ。


「……………え?」


 周囲を見回し、背表紙を確認し、目を擦ってからもう一度、恐る恐る日記を開く。


 〇月□日

 怪我をアズベルト様に知られてしまった。腕を取られ態勢が崩れてしまい、怪我をした足を咄嗟に庇ってしまったのだ。このままダンスはするなと言われ、断ると自分が上手くフォローするからとエスコートに誘われる。勿論それも断った。だってウィル様と踊るのを楽しみに苦手なダンスをたくさん練習したのだ。明日から歩けなくなっても今夜は絶対に踊りたい。


 晩餐会でアズベルト様がウィル様もいる前でしつこく話しかけてきた。席もウィル様と離れてしまったし、アズベルト様との会話を聞いて誤解されないか心配だった。だけど困っていた私に、ウィル様は助けを差し伸べてくれた。優しい。このままウィル様と会話を続けたくて自分から質問をしてみたけれど失敗した。言葉足らずな所は直さないといけない。でもウィル様は丁寧に答えてくれて、とても嬉しかった。『ジャグロ』を食べて泣いた話は途中で遮られてしまったので、後でお兄様に聞いてみようと思う。


 舞踏会は失敗に終わってしまった。ダンスは失敗せずに踊れたしとても楽しかった。だけど緊張で力が入っていた分、反動で踊りが終わると足首に激痛が走って力が抜けてしまった。座り込んでしまった私の肩をウィル様がそっと支えてくれた。生まれて初めて顔が熱くなるという経験をした。きっと真っ赤に染まっているだろう自分の顔を、見られたくなくて俯いていると、なんと! 急に抱き上げられてしまった! 重いだろうと思ったならそれはドレスのせいですと言いたい! 会の主役である私が失態をし、申し訳なさと情けなさもあった。だけどウィル様の息遣いが私の髪にかかる度にそれどころではなくなってしまう。鼓動の音がウィル様に聞こえはしないだろうか、少しでも重いと感じてほしくなくて服を握って力を入れてみたけれど、もっと間近にウィル様を感じてしまい心臓が止まってしまうのではないかと焦った。

 今でも思い出せる、ウィル様の甘い香り。硬い体に体温。部屋になんて着かなくていいのに。もっと、もっとウィル様に触れてほしい――


「待て待て待て待て!!」


 思い切り力任せに日記を閉じると、慌てて本棚に戻して距離を取った。

 荒い息で無意味に天を仰ぐ。


「…………え?」


 瞳孔は開き、心臓は脈打って冷静な思考なんて空の彼方に飛んで行った。


「っ待って!」


 一体誰に何を待ってほしいというのか。


「殿下ぁどうかなさいましたかぁ?」というサックスの声に、「何でもない!」と口早に答える。

 ここはカトリの部屋で防音設備もない。声を出すのは危険だ! 気を付けなければ……!

 部屋の中をぐるぐる回ってソファに座り、立ち上がってぐるぐる回ってまた座り、それを何度も繰り返す。

 今のは本当にカトリの日記だろうか?


「……え、ええー?」


 信じられないものを見てしまった。

 あの無表情の下にこんな熱烈な想いが秘められていたと誰が想像できる。

 何だこの破壊力は……!

 ソファに項垂れじわじわと顔がほてっていく。

 頼んでもいないのに先程の文字が頭の上で反芻した。


『もっとウィル様に触れてほしい』


 (だあーーーーーーーー!!)

 辛うじて小声で叫び、発火寸前かと思う程熱くなった顔を両手で覆った。

 だめだ。平静になんてなれない。なれるわけがない!

 頭の中でいつもは反発し合う悪魔の小ウィルと天使の小ウィルが、この時ばかりは手を取り合って退避命令を発動している。

 ウィルロアは慌てて部屋を飛び出した。

 護衛の壁をすり抜けて一目散に逃げ出す。


「殿下!? どうしました!?」


 後ろから追いかけてくるサックスを気にかける余裕もなく、とにかくその場から離れなくてはと懸命に走った。


 その日、ウィルロアが私室に鍵をかけて自室に籠っても、いつものように罵りタイムが始まることは無かった。

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