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やさぐれ王子と無表情な婚約者  作者: 千山芽佳
第一章

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余計なお世話

 

 ウィルロアが政務を任されてから十日が経とうとしていた。

 今までやる気を見せずやんわり断ってきた国の仕事だが、今では阿呆みたいな膨大な量の仕事が与えられていた。

 始めの数日は大臣や政務官に専門的なことを教えてもらいながら、その後は数をこなし場慣れして、マイルズの補助も相まって何とかここまでやっている。

 午前中は主に書類の整理、午後は会議や会合、忙しくても夕方からは自分の時間を確保し罵りタイムを設けた。


「無能め」


 鍵をかけた私室兼執務室で積み重ねた書類を前に、何度も熟考した上で悪態をつく。


「財務処理の連中はどうみればこの数字をほったらかせるんだ。はい不備書類にして再提出行きー」

 まったく、ずさんとまでは言わないが手を抜けば今は良くても先々でボロが出る。皺寄せは己に降りかかって来るんだぞ。短絡的な奴らが多すぎる。


「殿下、マイルズです」


 扉を叩く音と同時に立ち上がり、かけていた鍵を開けてマイルズを迎え入れる。


「ちょうど今財務関係の仕事を終わらせたところだ。いいタイミングだな」


 用意していた書類を渡したのだが、彼の用事は書類ではないようだ。


「キリク王子から本日の昼食を共にしたいと申し出がありました」

「キリクが?」


 彼とはここ十日程まともに会って話もしていない。

 初日に言っていた、忙しくなるから時間が取れないというのは本当だった。

 それでも会いたいというのなら、何かラステマに関係した困り事でもあったのではと二つ返事で了解する。

 うっ……。マイルズの無言の視線が痛い。

 ここ数日、ほぼ毎日のようにカトリの侍女が余計な世話を焼いていた。

 せっかく同じ城内にいるのだから婚約者と共に過ごすのもよかろう。あんなことさえなければウィルロアだって喜んで誘いに乗った。

 しかしカトリに裏の顔がバレてしまった。未だ気持ちの整理もつかず、対策も講じていないのにどの面下げて会えと言うのか。

 まあ、カトリが周囲に吹聴していないことには感謝しているが、弱みを握られた手前、会ってどう反応するべきか判断しかねていた。


「キリクには私の方から訪ねると伝えてくれ」

「それが、できればこちらでご一緒したいとのことです」

「ここで?」


 ウィルロアの私室で? 一応続き間には簡単なテーブルセットは用意されているが、食事をするには狭い気もする。


「昼食を二人分こちらに運ぶよう手配いたします」

「わかった」


 キリクが来ると言うならデルタの目も気にしているのかもしれない。何かのっぴきならない事情が含んでいるようだ。

 暫しカトリの件は頭の隅に置いて、友人の到着を待った。


「キリク王子がご到着です」


 護衛の声にウィルロアは立ち上がり、鍵を開けてキリクを迎え入れた。


「忙しいだろうに。時間を作ってもらいすまない」


 キリクは詫びながら案の定廊下にリジン侍従と護衛を残し単身入室する。


「そんなことはない。訪ねてくれてうれしいよ。一人だと食事も味気ないしね」


 ウィルロアの仕事量などキリクに比べれば些末なものだ。

 ウィルロアは少し悩んだが、鍵はかけない方がいいかなとそのままテーブルに向かった。


「デルタで色々あったからな」

「ん?」

「毒を混入されたり嫌がらせを受けたり」

「ああ……」

「未だに警戒心は拭えないのか?」


 同時に席に着いてキリクが訊ねる。


「警戒とか疑っているとかではないんだ。鍵をかけるのは癖みたいなものだよ」


 ウィルロアは肩を竦め、用意された食事を手際よく並べた。


「二人きりの方がいいかと思って、簡単な物しか用意していないんだ。そうなると必然的に私が取り分ける羽目になるから文句は受け付けないよ」


 温められたスープを器に盛りながら冗談を言うと、キリクも立ち上がりグラスに葡萄酒を注いでいく。


「ラステマの王子殿に給仕していただけるなんて光栄だね」

「こちらこそ」


 準備が整うと向かい合って席に着き、グラスを掲げ乾杯をしてから男二人の食事会は始まった。


「調印式の準備は順調に進んでいる?」

「ああ。特に揉めてはいないが、決め事が多くて参ってしまうよ」

「それは大変そうだ」


 和睦締結の式典は、永世中立自治区として治外法権を認められた教皇庁の聖都アマスで執り行われる。

 元々アマスは戦争の起点にもなった悲しい歴史のある街で、だからこそ百年前の平和条約が締結し、中立的立場を取る教皇庁が置かれるようになった。


「『一世一代の聖約』だから失敗は許されない」

「そうだな」


 教皇庁が間を取り持つ締結には、様々な聖約があった。その一つが『一世一代の聖約』である。

 この大陸には昔、コロコロと気の変わる王様がおり、条約にケチをつけては何度も結びなおし、それが戦争の引き金になったという冗談みたいな実話が残っていた。

 国家間の条約締結は、本来相反する神と法の元で行われ、神聖で一貫した不可侵な約束が望ましいと教皇庁は様々な聖約を設けていた。

 その代表的な例が、『一世一代の聖約』である。

 王は在位中、一度しか教皇庁に締結を申し入れることが出来ないというもの。

 そして同様に、『確固たる信念』というものもある。こちらは締結が果たされなかった場合も、同じ内容では二度と条約を結び直せないという聖約だ。

 この二つは同時に行使されることが多く、今回の和睦締結にも当てはまった。

 教皇庁は、こうして生半可な気持ちで条約を結ばないよう聖約を決め、同時に国家間でも簡単には覆せない楔として利用した。

 つまり、この和睦締結が失敗に終われば、同じ王で同じ内容の条約が結べなくなり、デルタとラステマの和睦への道が困難になるのだから、キリク達が慎重になるのも仕方なかった。

 もちろん国同士が仲直りしますよ、という宣言を禁じられているわけではない。

 しかしデルタとラステマは長きに渡り争ってきた歴史があるので、教皇庁の元で条約を結んだ方が、恒久かつスムーズに国民に浸透していくのは間違いなかった。

 だからこそ入念に準備をして式典に向けて、慎重に動いているのだ。


「絶対に成功させる。両陛下も我々と同じ想いのはずさ」

 

キリクと共に思い描いた夢が現実になろうとしていた。


「だが和睦を望んでいない者がいるのも事実だ」

「それは、全ての国民が納得するのは不可能だよ。それでも上に立つ者が和睦は民の為になると信念をもって貫くべきだ」

「ウィル。実は二年前、デルタで不穏な動きがあった」


 キリクは食事の手を止めると声を落として話しはじめた。


「かなり内部まで入り込み、影響力のある者を誑かして和睦締結を妨害しようとしていた。オルタナ将軍が異変に気付き計画は未遂に終わったが、犯人は和睦に反対した者たちからなる組織として機能していた」


 二年前といったら、ウィルロアがデルタ国内にいた時期だがそんな重大な話は初耳だった。というのもウィルロアは、デルタの政には一切関与しないと誓っていたからだ。

 デルタでラステマの王子が暮らしていくというのは、デルタの内情も秘密も知れる立場にあり、和睦の象徴も下手をすればただの間諜に成り下がってしまう。

 国家間では情に流されても互いの政治に干渉してはならない。

 それを分かっていたから、ウィルロアはデルタの内情に興味を持たず、一切聞かず見ず漏らさずを徹した。

 ウィルロアが自分の立場を弁えてそういうスタンスでいるのは、キリクだって分かっているはずだ。

 だから反対組織が暗躍していたのを知らなかったのも当たり前で、今更デルタの内情を暴露されても直ぐに反応を返せずにいた。


「それだけじゃない。調べていた段階で、奴らは同時期にラステマにもスパイを送り込んでいたのが分かった」

「!」

「デルタ内では反対組織を排除することに一応は成功した。だが奴らの頭までは掴めなかった。そして君の国では未だ反対組織が暗躍しているという情報がある。君はその事を知っていたか?」


 ちょ、ちょっと待ってくれ。

 デルタに入り込んだ反対組織が、ラステマにも入り込んでいて? それが現在進行形で暗躍している?

 それが本当なら大事である。

 いや、キリクは言い切ったのだから事実なのだろう。

 ウィルロアは内心の動揺を隠してゆっくりとした動作でナイフを置き、食事を中断した。


「それを聞いた所で我が国の内情を話すつもりはない」


 ウィルロアは驚きを隠し、否定も肯定もせず冷静に言葉を選んだ。

 今ここで、自国の無能さを認めるわけにはいかなかった。

 デルタで反対組織の存在に気付き、対処した後なら尚更だ。


「それどころか君は今はっきりと我が国に間諜を送りこんでいた事実を告げたことになるが?」


 逆にキリクに対しはっきりとした嫌悪感を露わにする。

 ラステマの内情をここまで知っているということは、デルタが間諜を送り込み友好国を調べていたとはっきり認めたことになる。

 何もラステマだってデルタに間諜ぐらい送り込んでいるに違いないし、裏では互いに情報を盗み合っている。どこの国でもよくあることだ。

 あるのだが、それを堂々と認めてしまっては諸々と問題が生じるのは当たり前で、普通自分から言わないものだ。

 自国に不利になることをキリクはしていた。

 何を考えているんだキリク!

 情報を得たところで他国の内政にまで干渉してはいけない。決して関わらないのが暗黙のルールじゃないのか。


「だから人払いさせ、君にだけ伝えておこうと思った。これは私の独断だ」


 独断だと? なんて危険な事を!


「キリク……。他国に介入するのは良くない」


 キリクが王子という立場ではなく親しい間柄で忠告してくれたのは分かった。

 ウィルロアも本心ではキリクの忠告は大変ありがたく、危険を冒してまで情報を与えてくれた彼の想いに答えたかった。

 しかし、それをすることはラステマの王族として出来ないし、きっとキリクだってウィルロアの立場を分かってくれているはずだ。

 答えをはぐらかすウィルロアを無視してキリクは一方的に話を続けた。


「デルタと同じ手口なら既に国の要人を丸め込んでいるだろう。政治の中枢、もしくは軍部に。デルタと同時期に送り込まれていたなら既に二年が経過している。完全な排除は無理かもしれない。だが和睦式典は迫っているし失敗は許されない。裏切り者の特定と警戒くらいはしておいてほしい」

「……」


 最後まで聞いて溜息が零れそうになる。

 ラステマは二年もの間、反対組織を炙り出せず暗躍させていたのか。

 二年という長い年月を与えてしまえば、キリクの言う通り反対組織も根深い所まで侵食し、準備し、擬態しているだろう。今からスパイを特定し、排除するには時間がなさすぎる。


「キリク、悪いがこれ以上は何も言えないし何も聞きたくないよ」

「分かっている。君がデルタにいた頃、必要以上に内政から遠ざかっていたのは賢明な判断だった。君が自らの立場を理解し、象徴としてあるがために政治からかけ離れていたい気持ちも理解できる。しかし事はラステマだけの問題ではない。反対組織は必ず式典を阻止しに来るぞ」


 だから危険を冒してでもウィルロアに忠告に来たのか。


「私はそれを政治に利用するかもしれないよ?」

「それならそれで何も問題はないさ」


 こんな返答しかできない自分が情けなかった。

 ウィルロアが裏切るかもしれないというのに、キリクは自分を信じていると言っている。

 そしてもし裏切られたとしても、対処できると、そう言い切れるキリクが実に自信に満ちあふれて格好良かった。


「君が心配してくれるのはわかっている。どうも私は身内に甘くてね」

 

そしてキリクは再びナイフを持ち、重い雰囲気を払拭するかのように食事を再開した。

 身内に甘い、か。

 確かにキリクはデルタにいた頃から弟のユーゴに甘かった。問題ばかり起こす第二王子をよく庇っていた。

 この場合はキリクの言う身内とは自分ではなくカトリを指している。

 妹が嫁ぐ先で不協和音を残しておきたくはない、といったところか。


 その後の昼食会は終始雑談で終わった。

 やはりキリクは時間がないようで、小一時間ほどの滞在で席を立つ。


「おっと、危なくもう一つの目的を忘れるところだった」

「?」


 見送ろうとしたウィルロアにキリクは振り返り、おもむろに胸ポケットにしまっていた女性用のハンカチを差し出した。


「一つ頼まれてはくれないか? これをカトリに返してほしいんだ」


 可愛らしい花のモチーフの刺繍が施されたハンカチを前に、ウィルロアが固まってしまう。


「私はこのまま会議に向かわなければならない。よろしく頼む」

「ええと……」

「断るならば君が妹を避けている理由を聞かせてもらおう」

「……」

 

誰だ告げ口した奴。侍女か? それとも侍女か? ああ侍女だな。くそっ。


「君も思う所があるだろうしカトリも不器用な子だ。お節介を焼くつもりはなかったが、誤解したままでは可哀そうだからな」

「?」

「一つ良い事を教えてあげよう。今部屋に行けば妹は不在だ。中に入ってグリーンの背表紙の本を見るといい。恐らく君の憂いを晴らしてくれる」

「……?」


 そんなことを言ってキリクは無理やりハンカチをウィルロアに握らせると、今度こそ部屋を後にしていった。

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