出雲と神宮、なんだかんだいっても幼馴染
神宮が入浴を済ませた後。
テレビの前に置いてある脚の低いテーブルとは別に、食事を取る時しか使わない脚の高いテーブル。
「……ねぇ」
俺と親父は言い分けるために『食卓』と呼んでいたそれを挟んで向かい合っていると、夕食の準備を済ませた俺にぼそっと神宮が呟いた。
「なんだ?」
「やっぱりこの服……わざとでしょ?」
「なんのことだ?」
俺が貸したのは、俺が着てもデカすぎる3Lサイズで丈の長いTシャツと、中学の体育で使っていた短めのハーフパンツ。
両方を着ていても、Tシャツがデカすぎて丈の短いワンピースの様になり、まるで下は何も穿いていないかのように見えるという最高のバランス。
もちろんわざとだ。
「楽な服装だろ? 余裕があって」
「ありすぎでしょ!? これじゃ胸とか色々……見えそうだし……」
「大丈夫だ。変な体勢を取らなければ見えたりしない」
「それに、なんか……穿いてないみたいじゃない?」
胸は本当に見えていないが、もじもじと恥ずかしそうにTシャツの裾をひっぱる神宮は非常に良い。
ただ、そんな神宮を見ていると少し気になる事がある。
「昨日から思ってたんだけどさ……」
一連の行動を思い返してから、改めて結論を出す。
やっぱり少し違和感がある。
「なに……言いたい事があるなら言いなさいよ」
「恋愛は嫌いで不必要なものなんだよな?」
「そうだけど? それがどうかした?」
「その割には、女を捨ててるわけじゃないんだな」
俺の問いに対して素直に首を傾げた神宮。
「だってそうだろ? 神宮は顔も髪も手入れが行き届いてる」
「なに? 口説いてんの? 出て行く?」
「そうじゃねぇよ。何のために手入れしてんのかなぁって……普通は誰かから綺麗に見られたいからだけど、神宮の場合はそれがねぇじゃん」
「あぁ、そういうこと」
なぜかフッと鼻で笑った神宮。
続けてニヤッとドヤ顔を披露しつつ、小首を傾げて言った。
「だって見た目が良いと色々得するでしょ?」
おぉー……まさかそんな回答が返ってくるとは思ってなかった……。
「えーっと、具体的には?」
「例えば就職とかで、全く同じ成績と学歴と面接内容になった二人の女子がいるとするでしょ?」
「あぁ……読めた」
「むぅっ……読めても黙って聞きなさいよ。とにかく、それでどっちかしか採用出来ないとしたら、普通は可愛い方を選ぶでしょ?」
言わんとすることはわかる。そして実際によく聞く話だ。
大学入試などでは流石に無いだろうが、就活においては顔採用というものが稀にあるらしい。
そしてそういうブラックな話では無いとしても、たかだかバイトなんかにおいてもそういう面はあるはずだ。
例えばコンビニのバイト希望が二人いて、両者共に顔以外のスペックが同じなのだとしたら、どう考えても顔の良い方を選ぶに決まっている。
それは単に共に働く人間から見た好みもあるだろうが、同時に顔の良い店員がいた方が売り上げが上がる可能性だってある。好んでブサイクを選ぶ店長はいないだろう。
まぁ、これはあくまでも全く同じ条件だったらの話で、顔も含めた全ての努力を棚上げにして語れる話じゃないけどな。
「まぁじゃあ容姿にこだわる理由はわかった。でもじゃあ、その服装を嫌がる理由はなんだ?」
「どういう意味? だぼだぼだから危ないって言ってるんだけど」
「恋愛に興味が無いなら、そこらの男にやらしい目で見られる可能性があっても無視すればいいんじゃないのか? どう見られようとお前自身には関係ないだろ?」
「……やらしい目で見てるの?」
「……ただの例えだ。それで、どうなんだ?」
この問いに関しては口元に手を当てて少し唸りながら考えた神宮。
しかしすぐに小さく頷いてから俺を睨んできた。
「生理的に嫌だから無理」
おぉぅ……すがすがしいほどバッサリ言われたな……。
昨日のジャージ姿然り、恋なんて道端のゴミ程度にしか見ていないのにガードが固いのはそういう事か。そしてそう言われてしまえば仕方ない。
一度食卓から離れ、俺の部屋に行ってパーカーを一つ取って戻る。
「ほい。これでも着とけ」
「あるなら最初から渡せ」
命令口調かよ……まぁ確かにおっしゃる通りだけど。
「それともう一つ」
「なに? まだ何かあるの?」
「あぁ……ここからはもっと真面目な話だ」
むしろ一番話したかったのはこれから出す話題だ。
その準備として、食卓の上で風呂敷を開いて見せつけるのは神宮から返却された弁当箱。
その蓋を開いてから、やや睨むような視線を送る。
「この弁当箱の中に入ってる――――砂はなんだ?」
「――っ!」
反応を見逃さないように凝視していると、ぴくっと肩が震えた。
そしてすーっと俺から逸らされる視線。
こいつは朝飯にもほとんど手を付けなかった。
そして昼飯の弁当箱には砂……いや、正確にはその中にある、小分け用の仕切りにだけ砂がついていた。
まさかそんな事をするような奴だとは思いたくないが……。
――中身を捨てたんじゃないか?
「お前…………俺が作ったものは食べたくないのか?」
「……っ」
俺の問いに対して、顔を俯かせて沈黙する神宮。
「やっぱりそうか……」
「……違う」
「なにがだよ。どうせあれだろ? 一回全部捨てちゃって、仕切りも一緒に捨てちゃったから慌てて回収したとか――」
「――違うっ!! わたしはそんな事してないっ!!」
「っ――」
部屋に反響した大きな甲高い声。
思わず目を丸くしてしまったが、再度力を入れて睨みつける。
「何が違うんだ?」
「昨日の夜も、今日の朝も……ちゃんと食べたでしょ?」
あ……そういえば昨日のオムライスは残さずちゃんと食べてたな。
いや、でもそれは単に好物だっただけかもしれない。
「昨日は食べてたかもな。でも今朝はほとんど残してただろ? 俺が嫌いだから食べなかった、とかじゃないのか?」
「違うってば……そんな勘違いしないでよ……!」
「勘違い?」
「確かにわたしは恋愛も男も嫌いだよ? 嫌いだけど……でも……」
再び顔を俯かせてからぼそぼそと喋る神宮。
そこからちらちらと飛ばされる控えめな上目遣い。
しかし続きがなかなか語られない。
「嫌いだけど……なんだ?」
「わたし…………出雲が嫌いだなんて一言も言ってないよ?」
ぇ……あっ……えっ?
えっ!?
「そ、そうなのか?」
「当たり前でしょ? 昔とはもう違うし、好きだなんて口が裂けても言わないけど……それでも一応、幼馴染で義兄妹なんだし」
あ……好きなわけではないんだ。そこまで甘くはないか……。
ただ、それでも今の俺には十分すぎる……!
「本当にそうなのか?」
「うん。出雲のことは嫌いじゃないよ? もしも嫌いだったら一緒になんか住めないよ。でしょ?」
「あ、あぁ……そう、なのか?」
「もぅ……そうなのっ! だから、ちゃんと話聞いてよ…………ね?」
こてんと少しだけ傾げられた首。
それと同時に向けられたのは、懇願するかのような可愛らしい瞳。
「わ、わかった。聞く」
あぁ、聞こう。
喜んで聞かせてもらおう。
だって……嫌われてたわけじゃなかったからなぁ!!
「なんか……顔がにやけてない?」
「…………気のせいだ」