変多き男、ひたすらに視る
風呂上がりできちんと身なりを整えてから出てきた神宮。
それは風呂に入る前までのジャージ姿が全くの別人だったのではないかと思える、神々しい程の輝きを放つ完璧美少女だった。
ブレザータイプの制服をきちんと着こなし、それでいてスカートは膝上で少し短めの可愛らしさ全開。
耳の後ろ辺りで二つに結われた髪は、清楚さを醸し出しながらもどこか明るい印象を受ける女子らしさ。
そして毛穴が存在しないのではないかと思ってしまうほどに綺麗な肌と、ぱっちり開いた大きな目。
――ただ、そんな美少女は俺が作った朝食をほとんど残した。
これについては正直ちょっとショックだった。
朝から気合いを入れて、一汁一菜どころか焼き鮭と卵焼きとほうれん草のゴマ和えというしっかりとした朝食を作ったというのに……ちゃんと食べてもらえたのは卵焼きだけ。
他も一応は手を付けてくれたし、残した分はラップをかけて保存しておけという謎の指示をされたが……やっぱりほとんどを残されてしまったのはショックだった。
ま、まぁ……もしかすると、朝はあまり食べないタイプなのかもしれない。
そう無理やり思い込むことにして、朝食後は再び昨日決めた盟約の確認をした。
ちなみに恋愛禁止の盟約0をしれっと無しにしようとした俺だったが、神宮はそれを見逃さず、結局決定事項となってしまった。
つまりこれで、俺が神宮に恋をすることは封じられたわけだ……。
『は? 一緒に登校とかあり得ないから。これからは時間ずらして来て』
そしてそんな一言で、俺はギリギリの到着を余儀なくされた。ちなみに俺はさりげなく無遅刻無欠席を誇っているのだが……まぁ神宮の為ならその称号を失うのもやぶさかではない。
ちなみに学校では完全な赤の他人だ。
幼馴染だということも含めて徹底的に隠すように言われているので、一切会話はない。
ただ……会話は無くても情報は入ってくるものだ。
俺は高校入学からたった1年間で、あろうことか15人もの女子に告白するという奇行に出た。
そのペースは今から考えればなんと恐ろしい、平均1ヶ月に1人を超えているというもの。
正直……当時の自分が何を考えていたのかわからず、本当に恐ろしい。
そしてそのラストに学年ヒエラルキー最上位のカップルに横入りした結果、2年次からは同学年のほぼ全員から無視されるようになった。
まぁ一部に関しては無視というよりも避けるという感じだが、とにかく俺は自業自得でそんな立ち位置になってしまった。
しかしそこから俺はようやく学んだのだ。
一目惚れしたからといってむやみやたらに特攻を仕掛けてはいけない。
雰囲気イケメンだからといってなんでも受け入れてもらえるわけじゃない。
まずはその相手がどういう趣味嗜好を持ち、どんな交友関係を持っているか、その辺りをきちんと調べて親密度を高めてからではないといけないのだと。
そんな学習の結果……
――俺は盗み見と盗み聞きが得意になった。
……改めて言葉にすると最低だなおい。
「神宮さんはどこから来たのー?」
「遠く」
しかしやっている事は最低でもそんな二つのスキルを最大限に生かせば、たとえ全く交流がなくても狭い教室内のほぼ全ては把握できる!
いわば俺は地獄耳と千里眼を持つ、難聴系や鈍感系が多いラブコメにでも放り込めば一瞬で物語を終わらせられる最悪の主人公となったのだ!
なお、内面が本当に見抜けているかは不明。
ただ少なくとも神宮はその教室の中でもすぐ隣の席なので、情報は完全にダダ漏れだった。
「部活とかやってた?」
「やってない」
まず俺とは当然会話が無いが、他の男子も話しかけてきたその瞬間にばっさり切り捨てて無視していた。
そしてそんな神宮は女子から話しかけられてもかなり態度が悪かった。
いや、正確には態度がというよりも、愛想が悪かった。
「じゃあ映研とか興味ない? 神宮さんなら文化祭で」
「へぇ、そう」
「っ……うん。そうなんだ」
何かを聞かれれば適当に答えて終わらせて、話題を振られれば相づちを打つだけで終了。
なんなら今の会話は相手が喋っている途中で打ち切るように相づちを打っていた。しかも相づちの打ち方おかしかったし……。
要するに言ってしまえば、まるで仲良くしようという気配が無い。
「トイレ」
そして面倒臭そうな表情でたびたびトイレに行く。
そんな神宮の様子に周りが何も思わないわけはなく、休み時間に神宮がいなくなれば毎回、教室のいたるところからひそひそと愚痴が叩かれていた。
――大丈夫なのかあいつ……。
とは思ったものの、話しかけられない俺に出来ることなど何もない。
そもそも求められているのかもよくわからないので、いつも通り誰とも話さず一日の過程を終えた。
※ ※ ※
その後は、神宮と一緒に帰るわけにもいかないので俺だけが先に帰宅。
そこからすぐに洗濯物を取り入れて、軽い掃除をしつつ夕飯の下ごしらえ。
普段は休みの日にしか掃除をしないが、同居相手は女子だ。一応気を遣わないとな。
と……家事をして過ごしていたのだが……。
「遅い……」
スマホを確認すれば時刻は19時。
昨日盟約を決めた後にラインの連絡先交換はしておいたのだが、メッセージはまだ一つもきていない。
遅くなる場合は連絡をという盟約があるが、そういえば時間の指定はしてなかったな……。
まぁ高校生だし、補導されないラインと考えれば22時まではセーフかもしれないが……2日目からさっそくそんなに遊び歩いてるのか?
「…………まさか誘拐とかされてねぇよな?」
あり得ないとは思うが少し心配になっていると、玄関から聞こえてきたガチャっという硬質な音。
それを聞いてすぐさま廊下に続く扉を開けて顔を覗かせる。
「おぅ、おかえり。無事だったんだな」
「えっ? な、なんのこと?」
「あ……いや、なんでもない」
「なにそれ……気になるんだけど……」
不穏な可能性を考慮していたせいで思わず口を突いて出た一言。
それに対して目を細めて睨んでくる神宮。
「それより、何か言うことは?」
「なにそれ? べつに無いけど。ていうか無駄に話しかけないでよ」
「はい500円」
「はぁっ!?」
俺が手のひらを差し出すと、目を見開きながら近所迷惑になりそうな声量を出した。
「いや、帰ってきたら言う挨拶があるだろ?」
「うっ……それも挨拶に入るんだ……」
「当然だ。おはようとおやすみ、あとただいまは絶対だ。いってらっしゃいはべつにいらないけど」
「うぅぅ~……わかったわよぉ。払えばいいんでしょ払えばぁ……」
鞄から財布を出す神宮。するとそれと同時にぱらぱらと砂の落ちるような音がした。
なんだ? と思っていたのも束の間、すっと差し出された拳。
「んっ! これでいいんでしょケチ」
ものすごく不満そうに差し出された拳の下に手のひらを出すと、ぽとんと落とされた500円玉。
「それで?」
「……ただいま」
「ん。おかえり。風呂溜めてあるけど、入るか?」
「え? あ、ありがと……じゃあ入る」
「あぁ、あと弁当箱。これから帰ってきたらすぐ出すようにしてくれ」
頷きながら鞄から取り出された弁当箱。
それを受け取ってから玄関先で神宮と別れる。
うちの家は玄関からは真っ直ぐの廊下が一本。その左側に神宮が使うことになった8畳の部屋があり、右側にトイレや洗面所や風呂場がある。
そして廊下の突き当りは12畳ほどのリビングダイニング。その奥に繋がっている扉の向こう側が、6畳の俺の部屋となっている。
だからそのリビングに戻ろうとしたのだが……。
「あ、ねぇ!」
「ん? なんだ?」
「なんか適当に服貸して? わたし昨日のジャージしか持って来てなくて」
「あ、あぁ……わかった」
「なるべく楽なのがいい。よろしく」
男は嫌いなのに、男の服は躊躇なく着るのかよ。
ていうか、これ、どうする?
やっぱりここは定番の……
無防備なだぼだぼ感が出る服を貸すべきだよなぁ!?
よこしまな事をうきうきで考えながら台所に立って弁当箱を開く。
するとまさかの中身は空。
「おぉ、やっぱり朝が小食だっただけか」
全部食べてくれたのは嬉しいな。
と更に上機嫌になりかけたその時……
――瞬間的に血の気が引いた。
「えっ…………なんだよこれ」
自分の目が捉えたものを即座に受け入れられなかった。
なんなら、見なかった事にしたかったくらいだ。
だって……どうして……。
どうして弁当箱に……
――こんなものが入ってるんだ?