幼馴染、義兄妹になる
――恋の多い生涯を送って来ました。
3歳で神宮に告白して、結婚の約束をした。
そしてその2年後、ませガキだった俺はあわやファーストキスを奪う寸前までいった。
当時、子供だったとはいえ大事な一人娘の唇を奪いかけた俺は、わけもわからないままこっぴどく説教された。
――しかし俺は懲りない男だった。
その後もたびたび神宮に告白しては、神宮の母親に呆れられた。
小学校でも好きだ好きだと、何度も神宮に愛の告白をし続けた。
――ただしその恋は唐突に終わりを告げる。
神宮が転校してからは、好きになった子に無謀な特攻を仕掛け続けた。
そして中学ではあまりにも告白しすぎたせいで女子から避けられるようになる。
しかしここまではただの神風特攻男。ここからが俺の本当の勝負。
「れ――出雲……背、伸びたね。何センチ?」
「175センチ。そっちは?」
「162センチ。なんか意外かも……もうちょっと不細工かと思ってた」
「失礼な奴だな。イケメンだろうが」
「そこそこはね? あとは雰囲気で誤魔化してる気がする」
それからの俺は高校デビューを画策し、日々のスキンケアに気を遣った。
洗顔はもちろん、化粧水や乳液もしっかり塗り込み、栄養管理にも気を配った。
毎日筋トレをして適度に引き締まった肉体を手に入れ、ぼさぼさだった髪も手入れして流行の髪型も学んだ。
そして外見は外からだけではない内から、つまり心からも滲み出るものだ。
その精神から俺は、毎朝欠かさず鏡に向かって自分はイケメンだと自己暗示をかけている。
これが案外馬鹿に出来ない。それは人間の脳というのが錯覚を起こしやすいからだ。
例えばこの錠剤を飲めば痩せると言われれば、本当に痩せることがある。同時に病は気からともいうが、気の持ちようで本来治らないはずの病が奇跡的に治ることだってある。
それと同じように、自分がイケメンだと思い込んでいれば、顔も多少は変わってきた。
――そしていざ挑んだ高校デビュー!
「ところで、学校でぼっちだって聞いたけどホントなの?」
「…………本当だ」
容姿をどれだけ鍛えても、中身が残念だった俺はことごとく惨敗。
いや、今思えば告白するのが明らかに早すぎた。あと数打ちゃ当たると打ち過ぎた。
しかもあろうことか学年ヒエラルキーのトップに位置する男子の彼女に告白してしまった結果、クラスで完全に孤立するようになった。
なので現在はクラスの中央の席にいながら、絶海の孤島と化している。ちなみにいじめられているわけではなく、誰も俺と関わりを持ちたがらず孤立しているだけだ。
「かわいそう」
「言ってろ」
流石にやらかしたとは思うが、孤立していることに関してはそこまで悲観的に思っていない。
俺の持論の一つは『人は恋をする為に生きている』だ。
だからこそ恋をした末の悲劇なら、俺は甘んじて受け入れる。
これは『恋多き男』に育つようにと名付け、自らも恋多き男だった親父の教え。
ついでに言えば、どんな女にも必ず優しく接し、女の嫌がる事は絶対にせず、困っている女がいれば必ず助ける。これも親父の教えだ。
男手一つで俺を育ててくれた親父は、小学生だった俺をたびたび出張で留守番させ、中学からは1年の大半を一人にしてくれたなかなかの奴だが……その教えだけは同意出来る。
だからとりあえず困っていそうな神宮を助けることにした。
「…………」
「…………」
ということでひとまず神宮を部屋に上げて、脚の短い丸テーブルを挟んで向かい合っているのだが……肝心の本題に入ろうとすると互いに口を開きづらい。
部屋に唯一響くのは、壁掛け時計が刻む秒針の音。
そして俺達の視線の先にあるのは、テーブルに置かれた一つの封筒。
つい先ほど神宮が鞄の中から取りだした物だ。
「それで……これはなんだ?」
「れ……出雲に渡せってお父さんから」
「神宮のお父さんから俺に?」
「うん。あ、でもそうじゃなくて……」
質問に対して何故か苦々しい表情を浮かべた神宮。
軽く首を傾げて先を促すと、大きく息を吸い込んで深々と溜息をついた。
「えっと……わたし達、兄妹なの」
「え? 神宮って一人っ子じゃなかったか?」
「そ、そうじゃなくて!」
半ば叫ぶような勢いで否定した後、俺を指さした神宮。
「義兄」
「え?」
続けて自分を指さし。
「義妹」
「……は?」
いや、言ってる意味がわからない。
なんだ兄妹って。
「うぅぅ……と、とにかくお父さんに電話して!? そしたらわかるからっ!」
「え、あ、はい……了解です」
何故か激怒された……わけわかんねぇ。
仕方なくスマホを手に取り親父に電話をかける。
するとワンコールで応答した。
『おうっ! そろそろかかってくる頃だと思ったぞ!』
「なんだよそれ……つーかさっそく本題に入らせてもらうけど、神宮愛姫って覚えてるか?」
『当たり前だ。なんせ今日からお前と一緒に住むんだからな』
通話口を押さえて神宮を見る。
「おい、俺とお前、一緒に住むとか抜かしてるぞ?」
「えっ? 何それ聞いてない……スピーカーにして? わたしも話す」
言われたとおりスピーカーモードに切り替える。
すると底抜けに明るい親父の声が部屋に響き渡った。
『驚いたか? 驚いただろう恋男! いやぁー、実はちょっと色々あってな。愛姫はオレの娘になった』
「おい、めちゃくちゃ言ってるぞ?」
「えっと、うん…………これはホントです」
「あ、そうなのか。まぁ本当の事ならいいか」
へぇ……神宮は親父の娘になったのか。
ははーん、それで兄妹ね。なるほど。
「あれ? でも俺と神宮って誕生日一緒だよな? 5月1日の日だよな?」
「その語呂合わせまだ使ってるんだ……ていうかツッコむべき所そこじゃないでしょ?」
「言うな。ちゃんとわかってる……ちょっと現実逃避したかっただけだ……」
『おーい恋男ー? 愛姫もそこにいるのかー?』
底抜けに明るい親父の声に殺意が芽生える。
一体どういう色々があれば、幼馴染みが兄妹になるんだ?
「お父さん……一から説明してあげて?」
『おぅ! まず俺はずっとバツ1の父だった。ここまではいいな?』
「確認が早すぎるっつの。もう少し喋ってから確認しろ馬鹿親父」
親父は俺が物心つく前に離婚している。
そして俺の母親は俺の親権を親父に半ば無理やり渡して消えたらしい。
ただこれは物心つく前の話なので正直どうとも思っていない。
「親父は独身だったから時々俺を放置して色んな女と遊んでた。ここまではいいぞ」
『む、娘の前でそういう事を言うのはやめろ。それに遊んでないぞ? 真剣だった!』
「あ、その辺はわたしも知ってるから次に行ってくれる?」
まるで本当の親子のように軽いノリで先を促した神宮。
タメ口だったし……やっぱり本当に娘としてやってきたって事か?
『ぬぅ……まぁ遊んでいたかはともかくとしてずっと独身だった。そして愛姫の母親も俺と同じバツ1独身だった。だから、その……なんだ』
「気持ち悪いから濁すな。ようは良い仲になったんだろ?」
『……そうだ。それで……お前には秘密で再婚した』
――ブチッ。
「ちょっと! なんで電話切ったの!?」
「いや、なんかイラッとして」
「今の言い方だとイラッとするのはわかるけど……まだ話が終わってないでしょ?」
そうだけど……あり得ないだろこの親父。
普通息子に内緒で再婚するか?
しかも相手は息子の幼馴染みで惚れた女の母親だぞ?
「もう……じゃあわたしがかける」
スマホを取り出すと、しれっと親父の電話番号にかけた神宮。
どうやら本当に繋がりがあるらしいな……。
『おい恋男! どうして切った!』
「むしろ縁を切られなかっただけマシと思え」
『ふんっ。親のすねをかじっている分際でよく言うわ』
「くっ……何も言えねぇ……」
実際俺はバイトをせず、生活は全て仕送りで何とかしている。
だから結局本当に何も言えず、ただただ親父の説明を聞くことになった。
そして知った経緯はこうだ。
俺達が小3を終える3月に親父と神宮の母親が再婚。
その後、親父は俺に出張と嘘をつきながら、神宮の母親と逢瀬を重ねる二重生活。
しかしそれから2年後……。
――神宮の母親は病気で亡くなっていた。
『だからその後は俺が親権者となって、愛姫を育ててきた』
「あ、ちなみにわたしはもうその辺吹っ切れてるから。何年も前の事だし、今更気とか遣われても困るからやめてね?」
「そっか……なら、まぁわかった」
『おぅ! わかってくれたか!』
ここまでの情報を全て明るく言い切った親父。
それを聞きながら途中で察してしまった。
神宮の母親が亡くなった時期も含め、恐らくこの予想は当たっている。
実際に恋もしていたのかもしれないが、多分それだけじゃない。
なにせ親父から教わった、数少ない尊敬できる事の一つだ。
――困っている女がいれば必ず助ける。
「神宮は他に身よりがいないのか?」
「ぁ……流石に親子だ。お察し通りいないよ? 天涯孤独」
「ちなみに……本当の父親は?」
「さぁ? いたとしてもお父さんはお父さんだけだと思ってるから」
流石に母親が亡くなったのが随分前だからか、神宮の反応はあっけらかんとしたものだった。
きっとその当時は大変だったのだろうが、親父がちゃんとケアしたのだろう。
そして親父はきっと……そうなるのを知った上で再婚した。
「親父。本当の父親は探したのか?」
『そんなものはいない。愛姫の父親は俺だけだ』
ここまでの明るい声から、急にトーンの落ちた真面目な声色に変わった。
恐らく今の感じだと……神宮を渡してもいいと思えるような父親ではないのだろう。
なら次の質問だ。
「神宮の母親の死期が近いとわかってたから再婚したんだろ?」
『流石は我が息子。察しが良いな』
「まぁ親父に教えられた事だからな。ただ少し聞きたい」
『なんだ?』
「親父が二重生活してたせいで……つーか今から思えば1年の8割近く神宮の方に行ってたせいで、俺は中学からほぼほぼ一人暮らしに等しい生活をさせられたわけだが……それについて何か言い訳はあるか?」
俺がまだ小学生だった頃は、頻繁に親父の知り合いが面倒を見てくれた。
それに当時は親父も週の半分くらいはちゃんと帰ってきていた記憶がある。
しかし中学からは恐らく週2回ほどしか帰ってこなかった。
そして高校からはほぼ完全に一人暮らし。
俺は母親がいなかったから小学生の頃から家事が出来たし、中学生にもなれば親はいない方が気楽だったりもする。
そもそもが仕事で帰りが遅くなることが多い親父だったから、一緒に暮らしていた時も実質一人暮らしみたいなもんだった。
加えて中学でも親父が頼んでくれた近場の知り合いが、時々様子を見てくれていた。
だからまぁ……
『――どうせお前、特に何とも思っちゃいないだろ?』
「まぁな。むしろ神宮の方に時間を割いてくれてありがとうと言いたいくらいだ」
『それでこそ俺の馬鹿息子だ』
「黙れ馬鹿親父」
互いに軽く笑い合う。そう……俺達はこういう親子だ。
だからまぁ……一応形式上聞きはしたが、俺としては何も気にしちゃいない。
世間的に見てどうかは知らないが、俺と親父の間なら特に気にしない。
なにせ俺と親父は何よりも恋愛を第一に考える男。
これに関することなら大抵のことはおおめに見れる。
惚れた女の為に息子を半放置する――男気に溢れてるじゃないか……はたから見ればクズだけど。
「い、出雲……今更だけど、これだけはホントにごめん。わたしのせいで一人暮らしに……」
「気にすんな。むしろ俺の方は親父がいない方が色々楽だったしな」
ただ……一つだけ。
「親父……。俺も一緒に暮らすって選択肢は無かったのか?」
『秘密で再婚して一緒に暮らさなかったのは、思春期真っ盛りのお前が愛姫に手を出さないか不安だったからだ』
「てめぇ……」
『いやだってお前、好みの女とくりゃ手当たり次第告白してただろ?』
「あ、ちょっ――」
「なにそれ……最低。これだから男って嫌い」
あぁ……再会初日にとんでもない印象を植え付けられてしまった……。
ただこれは自業自得なので仕方ない。
「わかったよ……なら言わなかったのも一緒に暮らさなかったのもいいとして、それならどうして今日から一緒に暮らせとか言うんだ?」
「ほんとそれ。そんな危険な男と暮らせとか、どういうつもり?」
「いや、手は出さないから」
「信用できない」
さらっと宣言すると、ゴミを見るような目で睨まれた……が、本題はこれだ。
過去の話はあくまでも前置きで、俺達が聞きたかったのはこれだ。
いや過去の話もなかなかの内容だったのだが、神宮の方は前から知っていたようなのでとりあえずオッケー。
俺の方は無理やり飲み込むとして、知りたいのはどうして今更、しかも親父抜きの二人暮らしなのかという事だ。
『俺はインドネシアに転勤になった』
「は? インドネシア?」
『だから愛姫の面倒を見てやってほしい』
「うぅっ……そういう事かぁ……」
何か思い当たる節でもあるのか、苦しげなうめき声を上げた神宮。
なんだ? どういう事だ?
『詳しくは愛姫に託した手紙を見ろ。じゃあ、達者でな』
「はっ!? ちょっと待て親父、まさかこのまま」
――ブチッ。
「嘘だろ……切りやがった……」
本気で言ってんのか?
俺と神宮が……一つ屋根の下で……?