5、過去の話
「リリ」
ハッとリリが目を開くとそこにいたのはリリの母ではなく、もうすこし身長が高く、ブロンドの髪を後ろにたばねた女性であった。
「っ、ごめんなさいエレナさん。」
いつのまにか眠っていたらしい。
「あぁ、いいのよ!今日も朝早くて疲れたでしょう。でもちょうど昼食が用意できたから一緒にどうかと思ったの。」
「…いただきます。ありがとうございます。」
「それじゃ、食べましょ!お店も一旦閉めてきたわ、お昼休憩ね。」
そういってエレナはニコッと笑いかけた。リリは小さい頃からこの店に通っているが、エレナの見た目はほとんど変化がない。いったいいくつなんだろう…。リリ密かな疑問である。
「そういえばリリ、あなた品評会の話はきいたかしら?」
「品評会?」
「そう!来年の春祭りにねドレス品評会が開かれるのよ!」
春祭りとはその名の通り、毎年春に行われる祭りだ。厳しい冬をこし、暖かい春を迎えたことを祝うエルドラド国内でも大きな祭りである。
「それで、リリも出てみるつもりはないかしら?」
「え…?」
「わたしも出ようと思っていてね、最初はリリに頼んで星織りの布を使わせてもらおうかと思ってたの。でもね、リリ、あなたもドレスを作り上げることができるでしょう?それでぜひ挑戦したらどうかと思ったのよ。」
「わたしが品評会に…?」
春祭りは大きな祭りであるため、出場すると人の目に触れることは避けられないであろう。
「…ごめんなさいエレナさん。わたしは遠慮しておきます。そのかわり、布はぜひ使ってください。」
「本当に?わたしは貴方たちが作るドレスが本当に好きだったわ。リリが今そういうことをしていないのは知っているけど、嫌いになったわけではないんでしょう?品評会には出なくとも、またはじめる気はないの?」
「…。」
リリは黙りこくってしまった。
「その…リリが、見た目のことを気にしているのはわかるわ。でも私は、リリのその髪も、瞳の色もとても素敵だと思うの。そのことを気にしてリリが外に出たがらないのは、とても、もったいないと思うのよ。」
「だからリリが好きだった、服をつくることを通して少しずつ外にでていけたら、と思ったのよ。余計なお世話かもしれないと思ったけど、ちょっと考えてみない?」
「……そう、ですね、考えて、みます。」
「ええ!それがいいわ!」
「今日はもうそろそろ帰ります。遅くなっても困るし。」
「あら、ほんとね。こんな時間だわ。わたしもお店をひらかないと。」
エレナが時計を見て答える。とっくにお昼の時間はすぎていた。
「それじゃあまた来月よろしくね。」
「はい。こちらこそいつもありがとうございます。また来ます。」
「ええ、待ってるわ。気を付けて帰るのよ。」
そういってリリはクテュール仕立屋から出ていった。予定よりおそくなっちゃたな。これは帰り着くのは真夜中ね。リリはシャブランを離れ、デトワールに向かう。
リリが予想していた通り、家に帰り着いたのは誰も起きていないような真夜中だった。しかしリリにとってはそれはむしろありがたいことであった。お風呂にはいって、スープを飲む。そして昼間言われたことを考えてみる。品評会、か。ドレス…もう長いこと作ってないな。
しかしリリの頭によぎるのは過去のリリの体験であった。
その日、リリはお母さんと二人で買い物に来ていた。そのうちお母さんと商店のおばさんが話し込み始めた。そのころのリリはまだ自分の容姿を隠すようなことはしていない。手持ち無沙汰手になったリリはふらふらと周りのお店を見てまわることにした。中に入ることはなかったものの、外から中をなんとなくながめていた。と、次の瞬間。店と店の間の薄暗い路地からサッと二人組の男がでてくる。男たちはあっという間にリリの口をおさえ、リリを路地裏に力づくで連れ込もうとした。
「…!っ…!!」
リリは必死にもがいた。そしてリリは口を押えている男の手を思いっきり噛みつく。一瞬男の手がゆるんだ。
「たすけて!!!」
リリが叫ぶ。すると今度こそリリは乱暴に路地裏に押し込まれ、男が耳元でささやく。
「おい。痛い目にあいたくなかったら大人しくしろ。」
リリの腕をぎりぎりとしめつける。たすけて…!お母さん、お父さん!どうして?なんで?誰かたすけて!
「…っふ、ぐっ、うう」
リリが泣き出した。口は押えられたままだ。リリを押さえつけている男が言う。
「おい、はやくいくぞ。」
「ほんとにそいつか?」
「ああ、間違いない。こんな見た目のやつは滅多にいないだろうよ。」
見た目…?リリの見た目が悪いの…?
その時だった。
「リリっ!!!」
リリの母がそこへ現れた。リリを見ると顔色を変え、男たちに飛び掛かる。
「リリを離して!!誰か、だれか助けて!!!」
騒ぎを聞きつけ、人があつまってくる。これは分が悪いと感じたのか、男がリリから手を離すと逃げ出そうとした。リリの母がすぐさまリリに駆け寄り力いっぱいだきしめる。
「大丈夫!?リリ!、ごめんね、ごめんなさい。私が目を離したばっかりに。」
「ふっ、…う、おか、おかあさん、ううっ、こわか、こわかったあ」
「ごめんね。もう大丈夫よ、もう大丈夫だから。」
リリはお母さんの腕のなかで大泣きした。その間に集まった人によって、二人の男は捕まっていた。あとから聞くと、リリのその珍しい見た目を見て、高く売れると思いさらおうとしたとのことであった。
この事件のあとからリリは自分の見た目は特殊で、目立ってはいけないのだと、そう思い始めたのだった。
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