姉妹喧嘩(2)
浴槽に押し込められた私は《魔力操作》の応用を用いて対象の魔力回路を見極め、頭を抑える妹の位置を把握し、炎の矢を連打する。
しかし片手で握りつぶしているらしく全くブレがない。
おかしいな…100以上は同時に撃ち込んでるんだけど…
ものの見事に撃墜されている。
そろそろ息がやばくなってきたから他の方法に切り替えないと…
そんな事を考えていると魔力が2つに分かれた。
1つは私の頭に手を載せそのまま鎮める大きな魔力の塊。
もう1つは出入り口付近の莫大な魔力の塊。
なるほどいつのまにか《分身》を会得していたのね?
でも魔力配分にばらつきがあるのは感心しないわね。
本体に魔力を多めに残すなんて『こっちが本体です』と言ってるようなもの…
魔術師を嘗めた返礼を返してやらないと…
私は結構な魔力を収縮させ、針状の炎の槍を生成する準備に入る。
そして容易に防がれないように詠唱を行う。
詠唱と言っても水中では声を発することができないため手の組み合わせと魔力の魔法陣両方の組み合わせによる簡易的なものだけど、セラの両手を使わせるには十分すぎる威力であることに間違いない。
――其は白き槍
白亜の如き白き炎
其は万物焼き白き炎
我が魔力はすべてを貫く不壊の槍
汝らに名を授けよう
汝らに名を授けよう
其の名は万物焼き貫く不壊の白き炎の槍
『白亜に輝く不壊の炎槍達』
詠唱完了とともに射出。
そして頭の上から手が消える。
これで息継ぎができる。
そしてここからが本気…
そう思って浴槽から顔を出したらそこには思ってもみない光景が…
ご主人様の前にセラが立ちはだかり、魔力を纏った両手で私の『名付き炎の槍』をすべて挟んで受け止めていた。
セラの表情は顔面蒼白という表現が似合うほど血の気が失せており、セラのこんな表情は今まで生きてきた中で全く見たことないくらい珍しいものだった。
「姉さん…」
聞いたことのないくらいの低い声がセラのものだと気づくのに数秒かかった。
「今、何しようとしたかわかってる?」
私の中で嫌な予感が遮る。
ご主人様の立っている位置がちょうど先程の莫大な魔力があった位置にいる。
セラの魔力は先程私を押さえつけていた魔力の塊と同じくらいかそれより少し下回るくらいの量だった。
状況証拠から導き出せる答えが1つしかない。
『私がご主人様に向けて即死以上の威力の魔法の行使を行った』
ということ。
ごくりと思わず息を呑む。
「なんで浴槽にユネがいるの?」
ご主人様はキョトンとした表情で尋ねたのだった。わたしはセラに勧められるままセラの持ってきた軽めの朝食を済ませ、着替えようとする。
────────────────────────
──時は遡ること数刻前
「姉さんに舐められたのでしょう? そのままでいるのはどうかと思いますのでお風呂に入ってはいかがでしょうか?」
「じゃあ公衆浴場に…」
「寝間着で行くのですか?」
セラは左手で自身の右手首を掴み、ポキポキと音を鳴らしつつ右手の指を握ったり開いたりを数回繰り返しながら尋ねた。
おそらくわたしが首を縦に振れば公衆浴場にいる客すべてを物理的に叩き出し、公衆浴場までの道すがらにいる客すべての両目を潰して回ることだろう。
セラなら平然とやってのけるため、それを危惧したわたしは首を横に振って言う。
「…自室の浴槽で湯浴みにしとく」
「主様、そうやってまた体を洗うのを疎かにしますと姉さんにひどい目に会いますよ? 主に性的な」
「…風呂にしとく」
「そうですか」
こころなしか声が弾んでいたことに気付きはしたがあえて放置した。
そしてセラの持ってきた軽食を口にするわたし。
「すぐ入れる?」
「申し訳ありません。さきほど入れ始めたばかりなのでそれなりに時間かかるかと…」
「そっか…しょうがない…待つとするよ」
わたしは改めて軽食のパンをもきゅもきゅを噛みしめる。
しばらくしてセラが浴槽の様子を見に行ってくるとのことで自分もと思い、わたしも席を立つ。
「お風呂沸いた?」
「まだ温いですね」
浴室からセラの声と共にバシャバシャという水音がわたしの耳が拾った。
「遊んでな〜い?」
猫だって水で遊ぶこともある前世の経験則からセラももしかしたらと思い、扉の開いた浴室へと足を運ぶ。
浴室は濃い湯気に満たされ少し先すら見通すことが出来ないほどだった。
わたしは普段通り《空間把握》を用いて石鹸の位置、壁、浴槽、セラの場所等を認識する。
しかし《空間把握》奇妙なものを探知した。
何か細いわたしの腕の長さほどある物が大量に空中に浮いている。
それがなんなのかを知る前にソレはこっちに飛び込んできた。
装備は手元にない。
射線から導き出せる狙いはわたしの体前面満遍なくとその周囲…
どう動いても確実にどこかしら当たる。
なるほど…トラックに轢かれる際、体が硬直するというのは本当らしい。
即座に《瞬考》を使って思考速度を上げるが、どう動こうと射線的に当たる。
「避けようが無い」
ストンと心が軽くなった気がした。
そう
わ た し は か ん が え る の を や め た。
のだ。
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「はい、トキちゃんここどぉぞ」
トキはファリスに勧められるまま真っ白な木製のリクライニングチェアに腰かけた。
「さぁさ張った張った!!。ユネが勝つか、セラが勝つか、はたまた両者気絶の引き分けか!! 安定狙うなら両者気絶の引き分け、一攫千金狙うならセラ。公式戦の戦績は25勝25敗2450引き分け。儲けたくないのか? そこのお前、ほんとに玉ぁ着いてんの?」
ノーヴィスが紙製のハリセンで机を叩きながら叫ぶ。
「ノーヴィス、キャラ違くない?」
「ノーヴィスはねぇ…お金のことになるとぉクールさが無くなるんでぼばぁ?!」
トキの問いにファリスが答えてるとファリスの額にハリセンが命中する。
ファリスの額を撃ち抜いたハリセンはくるくると宙を舞ってノーヴィスの手許に戻っていく。
「誰がこの宿の経理をしてると思ってるのよ!! 毎日帳簿が真っ赤なのを見る度、胃が痛くなるわ!! こういうことで稼がないと黒字取れないわよ!! アホ給仕!!」
その様子を見ていたトキはハーべナーを見て聞いた。
「ここ、そんなに経営苦しいの?」
「まぁね。結構高価な魔獣の買取が主だから…それに何より…ほら、ここって辺境だろ? オーガスから仕入れる調味料が…」
「オーガスさんがぼったくってるってこと?」
「いんや至って適正さ。」
トキの後ろからトーナが応えた。
「調味料や消耗品は至って定価。否、定価より安い。だが手数料が辺境であるゆえに高い。向こうも向こうで宿代だったり関所代だったりが積み重なってギリギリの額なんだろうけどよ…っとほら始まるぞ」
トーナが2人を指さすとユネが術式を展開し、セラの足元に電気が奔る。
みなが息を呑む中、冒険者の1人が賭け用の硬貨を思わず財布から取り落とした。
──ちゃりーん
硬貨が音を立てて地面に落下する。
直後セラが動いた。
僅かな土煙を上げ、ユネの右後方を斬りつける。
一見すると何も無いように見えたその場所は剣が振るわれると硬いもの同士がぶつかり合うような音が響き風景が揺れる。
「い、今のは?」
トキが3人に聞くとハーべナーとファリスはトーナを見る。
「ありゃぁ《縮地》と《抜刀術》を真似た《瞬歩》と《着雷》だな。肉体の反応速度を限界まで上げた純粋なただの斬りつけだ。並の魔術師なら今の一合でもう決着してる。にしてもさすがはユネだな…実像を割り出されることは想定済みで防御術式組んでたか…」
トーナが感心していると戦況が再び変わる。防御術式を割ることに苦戦を強いられているセラを好機と言わんばかりに周囲から火の矢が飛ぶ。
「っ…鋼鮮烈波」
セラの言葉に冒険者一同は慌てて屈む。
──シパン
情けない太刀音が聞こえた。
直後セラを囲んでいた火の矢が消失した。
「トーナ」
「さっきのは《鋼鮮裂破》つって、剣術系の技の初歩中の初歩だ。硬ければ硬いほど切れ味が増す剣士なら誰でも使える範囲剣術」
「みんなあんな風になるの?」
「いんやセラの鋼鮮裂破は別格だ。普通は間合いが異常だ。」
「トキちゃんを最前列にしておいて正解だったね…」
「なんで?」
ハーべナーの言葉にトキは質問を投げた。
「もしトキちゃんを最前列にしてなかったら多分今の《鋼鮮裂破》で少なくとも3人は即死だったね」
ハーべナーの言葉に周囲の冒険者達はギョッとしてハーべナーを見る。
「そんなに?」
「あぁ、間違いなく3人は死んでた。あの太刀筋は私も見えなかった。他の3人は?」
ノーヴィス、ファリスは首を振った。トーナのみ首を振らなかった。
つまり3人は確定で死んでたことになる。
「あんた達、別に前に出てもいいけどトキちゃんよか前に出ると確実に死ぬぞ。死んだら賭けた金は親総取りだよ」
ハーべナーがニシシと笑うと冒険者一同は1歩2歩と後ずさる。
賭けに勝っても命が無ければ意味が無い。
『命あっての物種』
冒険者になっていの一番に教わる基本だ。
それが出来ない奴は今ここに生きていないのだから
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