姉妹喧嘩(1)
――翌朝
天蓋付きのベッドの中で目を覚ましたトキは布団の中で蠢く4つの気配に気が付く。
「?」
『3つは纏獣のだとしてあと1つは?』
布団の異様な膨らみの正体はすぐに発覚する。
「シャァー」
「こ、こら騒ぐな!ご主人様が起きるでしょ」
『あ、ユネか…?!』
何故か胸をなでおろしたトキに悪寒が走る。
足にナメクジが這ったような生温かさと湿り気、それでいてザラっとした得もしれない感覚がトキに襲いかかったのだ。
トキは堪らず布団を乱暴に放り捨てる。
そこには纏獣の口を両手両足で塞ぎ、恍惚の表情を浮かべながらトキの脛を舐めているユネがいた。
「あ、ふぉふゅひんひゃまおふぁようふぉふぁいまふ(訳:あ、ご主人様おはようございます)」
「何してるの?」
冷めた目でユネを見下ろしながら問う。
「ご主人様をペロペロしてるんですよ?」
「何を『当たり前ですよ?』的な表情で言ってるの?」
「え? 当たり前じゃないですか? こうしてペロペロしてる訳ですし…」
「セラが見たら黙ってないと思うけど?」
「それは大丈夫です。あの子の察知能力は異常で、ご主人様が起きる120カウント前に目が覚め、30カウントで支度してリビングで待っているんです」
「30カウントって…一体どこの天空の城に行った少年かな? それはそうと私起きてるんだけど?」
「…………………………………………………ソウデスネ」
現状を理解したユネは冷や汗を流しながら視線をあちこちに泳がせる。
――キィ
―――ミシィ
2人は音のした方を見る。異音を出した扉の裏から半分顔を覗かしていたセラがいた。半分しか見えていないセラの表情は牙と角を思わず幻視してしまうくらいの濃厚な怒気を醸し出していた。
扉の淵は2箇所、手が掛けられており、その部分は指の形に沈みこんでいる。
「ユネ? この状況どう見る?」
「ヤバいなーって思います」
「何をすればいいかわかってるよね?」
「とりあえずご主人様を舐める」
そう言ってユネは再び舌をトキの脛へと這わせよう舌を出した直後、景色が回り飛ぶような速度で世界が後ろに流れていく。
ユネは思った。
『あ、またか』
と…。
しかしユネは慌てることなく普段通りマークしている所に長距離転送術式を展開してその中に入る。
転移した先は暗く狭い場所だった。
「なずぇ?」
本来の転移先は憩いの狩場の1階酒場のテーブルだったはず。こんな暗くて狭いわけがない。
再度転移しようと術式を展開しようとしたがどういう訳か不発に終わる。
――ゴポ…
―――ゴボボボ
足元から水音と共に温かい水の感触が広がり始める。
『な?! ば! 死ぬさすがにこれは死ぬ! 我が妹何を考えてこんなことをぉ?!』
徐々に水位が上がり、遂には喉元まで達したところで天井が開けられた。
「あ、姉さんこんな所で何してるの?」
蓋を持ちながら小首を傾げるセラの表情についにユネはこめかみに青筋を立てる。
それもそのはず、蓋を取り外した時のセラの表情はどす黒い笑みを浮かべ、確認の意味を兼ねての問いだったのだ。
「我が妹よ…流石に今回はあんたが悪いと思う…人のマーキングを移動させただけならまだ許せるけど魔法無効化空間たるご主人様の浴槽に移動させただけに飽き足らず、お湯まで満たして溺死寸前まで追い込むとは…正気を疑うわ」
「自業自得って言葉知ってる?」
「知ってる。それにしても今回は度が過ぎてるっていってるのよ」
「10:0で姉さんが悪い」
「あなた、喧嘩売ってる? 売ってるのよね?」
「問題ない…勝てる」
「抜かせ!」
セラの言葉に皮切りにユネは胸ぐらを掴もうと立ちあがる。否、立ち上がろうとした。
ユネが立ち上がるより先にセラは浴槽の蓋を捨て、ユネの頭を左手で掴んで湯船へ沈める。
「姉さんはいつも言っていた。『喧嘩を売るなら絶対に勝てる喧嘩をなさい』と…だからご主人様の部屋風呂の浴槽で喧嘩を売った」
セラは独り言のように呟く。
普通の魔術師なら水中に沈められた場合、水中では詠唱が出来ないが、ユネには《無詠唱》がある。たとえ沈黙の状態異常下においていも詠唱できると言う利点がある。
ユネは頭に置かれた指の配置と《魔力感知》からセラの位置を把握する。
『ご主人様の浴槽は《侵入者ホイホイ結界》で覆われてるから内側からの空間魔法系の発動は出来ないけどそれ以外の系統の魔術なら問題なく使えるはず』
自身のいる場所を把握したユネは無詠唱で白い炎の矢を連続で生成、射出する。
対してセラは右手で数本の炎の矢を掴み取り、握り潰す。
「室内で炎の矢なんて…火事にでもする気?」
聞こえていないことを承知で炎の矢を握り潰しつつ悪態をつく。
『セラは自分の都合でご主人様の浴室喧嘩の場にした。この時点で色々とアウトだけど、これ以上のアウトを増やすわけにはいかないはずだから従者として浴室を傷つけるわけがない。』
ユネはひたすら炎の矢を生成し、隙をうかがう。
「セラ~お風呂沸いてた~?」
浴室の外からトキの声がかけられる。
「まだぬるいですね~」
平静を装いながら返答する。
「水音するけど遊んでない?」
「遊んでませんよ?」
「えぇーホントかな〜?」
――ガチャリ
「あ、駄目で…」
浴室と脱衣所をつなぐドアのノブが捻られ開けられた。
セラが制止しようにも手が離せず、思わず声をあげる。
真っ白な炎の矢の群れの一部がトキへと襲い掛かる。
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