五、旅立ち。クツシタの選択
引き継ぎには七日かかった。ローセウス将軍から派遣された副官二人に東部地区の統治方法や現状について教えた。将軍だった時に状況を伝えあっていた事と、彼らが経験豊富だったため、思ったより早く済んだ。
「これで全てだ。必要事項は伝達した」
副官二人は、同等の地位の者に対する礼儀作法で了解の意を表した。
アイルーミヤの地位については三将軍が議論し、将軍副官相当と言う事になり、『調査官』という役職名が与えられた。
なんとなく彼らのやりにくさが分かる。地位は同等と言っても元将軍で、立場は闇の王の直属なので、肩を組むような気安さではいられないだろう。しかし、そこはお互い様なのでこらえてくれ、と彼女は思っている。
明け渡す準備の整った執務室と寝室はすっきりしていた。礼装や重装鎧、武具は城の宝物庫にしまわせた。もう自分の物ではないと言っても、体型などもあり、誰に合うものでもない。ローセウス将軍も使う気はなさそうだった。
「保管は我らにおまかせください」
執事が言い、召使たちが頷いた。
「ご苦労だった。ここに帰ってくるかは分からないが、お前たちの働きは忘れない。ローセウス将軍や副官の方々にも同様に仕えるようにせよ」
翌朝、アイルーミヤ調査官は旅装を整えた。馬での移動になるが、軽快さを主にし、かつ、誰に会っても礼に欠けぬようにする。
実用性を重んじた丈夫な生地の服に、要所のみ覆う革鎧を着け、大きく分厚いフード付きのマントを用意した。調査官の印は作っている暇がなかったので、闇の王の紋章のみついていた。
宿泊は行った先の軍の宿舎を利用する予定だが、念の為一、二日程度の野宿は出来る位の装備を革袋に詰める。
武器はいらない。戦争をしに行くわけではない。しかし、道具として短剣を三本用意し、一本は腰に差した。
それから、髪をばっさり切り、肩に届かないくらいの短髪にした。手入れをしている余裕はないだろう。それに……、いや、もういい。
切った髪を暖炉に投げ込むとあっという間に灰になってしまった。
外に出ると、見送りの副官たちや召使たちが並んでいた。
そこへ執事が馬を引いてくる。彼女の愛馬であったハヤブサ号だった。印は闇の王のものに変わっている。彼女と同じく地味だが実用には十分な鞍を乗せていた。
荷物を縛り付け、鞍にまたがると、執事が問いかけてきた。
「失礼します。クツシタは私が世話をしてよろしいですか」
「うん、頼む。せいぜい甘やかしてくれ」
『にゃあ』
クツシタが駆けてきて、馬の足元で鳴いた。執事が抱き上げて差し出し、膝の上に乗せた。
「クツシタ、元気でな。言うことをよく聞いておとなしく、でも、鼠をよく獲るんだぞ」
顎の下を掻いてやる。
「さあ、お別れだ。お前も見送ってくれ」
執事が降ろそうとしたが、クツシタは彼女の服に爪を立てて抵抗した。
『にゃー』
びっくりするほど強い力で抵抗した。
「お前を連れていくわけにはいかないんだよ。この城にいてなさい」
『しゃー、うううわーう』
唸りながら、膝の上から降りない。
彼女はクツシタを抱えて一旦馬から降り、地面に置いて言った。
「そうか、なら選べ。私と一緒に来るのなら馬に乗れ、別れを告げに来たのならもう十分わかったから城へ戻れ」
『にゃあ』
クツシタはアイルーミヤの体を使って鞍に跳び乗った。
「うん」
彼女は見送りの者たちが戸惑う中、蓋付きの籐の箱を持ってくるとぼろ布や藁屑を敷き詰め、鞍の前部に縛り付けた。クツシタはすぐに入り、前からの居場所のように丸くなった。蓋は開けたままにしておく。
改めて鞍にまたがった彼女に執事が話しかけた。
「よろしいのですか」
「クツシタが選んだんだ。好きにさせよう」
アイルーミヤ調査官は馬上から周りを見回した。見送りの者たち、城、森、山、空。
「私は陛下の任務を遂行すべく出発する。皆もそれぞれの責任を果たしてほしい。それでは、さらばだ」
皆の別れの挨拶を背に受け、ハヤブサ号を歩ませる。クツシタは箱の中からあたりを見ている。
「私はもう何も持っていないんだぞ。食べ物だって贅沢は言えないぞ。いいのか」
『みゃー』
「そうは言っても、お前は好きな獲物を狩ればいいか」
風は涼しいが、春から夏へ移ろうとしているのを感じる事ができた。戦争のせいで農作業が遅れている地域が多い。畑の世話が滞っている。今年は減収になるだろう。その減収が不満に、不満が反乱に結びつかねばいいが。
「クツシタ、なぜ私を選んだ」
『にゃー』
「何の事か分からん。まあ、私の主は陛下だが、お前の主はお前だからな」
ハヤブサ号は旅人を乗せて、街道を進む。晴れた日だった。




