二十八、尋問調書
尋問年月日:統一歴元年凍月二十五日
尋問場所:西部地区ルフス将軍本城執務室
尋問対象者:アイルーミヤ
尋問及び調書作成者:西南部方面鎮護将軍ルフス
立会者(遠隔):東北部方面鎮護将軍ローセウス、僧正将軍アウルム
尋問を行う事案:尋問対象者の長期に渡る改宗拒否
尋問対象者は会議卓の尋問者正面に着席した。立会者は遠隔地からの参加のため、尋問者右卓上にローセウス将軍、左卓上にアウルム僧正将軍との通信用水晶玉が設置された。
尋問者は、尋問対象者が直近の反逆事件において被った外傷は尋問時には回復しており、回答に影響を及ぼしていないと判断する。
なお、以下の記録において、尋問者が、尋問への回答に関わらないと判断した発声や態度(例:言い淀み、咳払い、身振り手振り)などは記載しない。また、動物の侵入についても記載しない。
ルフス「この尋問が何を目的としているか理解していると思うが、記録のために明確に述べよ」
アイルーミヤ「私、アイルーミヤの改宗拒否について、その理由の聴取です」
ルフス「よろしい。簡単に経緯を述べる。あなたは反逆事件解決のため、一時的に陛下への信仰を捨てて自然の力へ転向した。しかし、事件解決後も再転向を行わなかった。理由として、自然の力の調査を挙げていた。よろしいか」
尋問対象者は頷いた。肯定と判断。
ルフス「陛下を含む我々は、あなたが提出した複数の調査報告を検討、これ以上の調査を不要と判断し、闇の王への改宗を求めたが、あなたは拒否した。拒否の理由は明確にしていない。これもよろしいか」
尋問対象者は頷いた。
ルフス「発声しなさい」
アイルーミヤ「その通りです。間違いありません」
ルフス「この尋問において、その理由を明確に述べると期待しているがよろしいか」
アイルーミヤ「はい」
ルフス「では、述べよ」
アイルーミヤ「現在の私にとっては、自然の力への信仰の方が、闇の王への信仰より優れていると判断したからです」
ルフス「詳しく述べよ。特にどのような点が優れているのか」
アイルーミヤ「私の主が私である事、言い換えれば私が私である事が実感できます」
ルフス「陛下への信仰では感じられなかったのか」
アイルーミヤ「はい。改宗前は陛下がいて、私がいるという世界観でした。今は周囲の自然環境の要素の一つとして私がいます。そして、同時に私自身が自然なのです」
ルフス「あなたは力の源との対等な関係を求めているのか」
アイルーミヤ「いいえ。当初は私もそう思っていました。闇の力も自然の力も、その源が違うだけで、力には変わりないと。しかし、間違っていました。自然の力は闇や光とは根本的に異なっています」
ルフス「続けなさい。どのように異なるのか」
アイルーミヤ「自然の力の信仰においては、私は力の消費者であると同時に生産者なのです。陛下や女王陛下のように、力の湧き出す単一の実体が泉のように存在するのではありません」
ルフス「それは確かに重要な相違点であり、あなたの報告書にも記載されていたが、力の源が集中しているか分散しているかだけであって、根本的な違いとまでは考えられないというのが我々の結論だったはずだ」
アイルーミヤ「ほら、雪が舞っています」
留意すべき点:窓は、尋問時には寒気を防ぐため閉じられ、冬用の覆いを降ろされていた。また、尋問後、尋問者は尋問時に降雪があった事を確認した。
ルフス「話をそらさないで」
アイルーミヤ「いいえ、これが答えです。窓の外には枯れ木や枯れ草がありますが、その根が春を待っています。小さな虫もいます。彼らは生きるために、凍った土で身体が破壊されないように私の力をほんの少しずつ消費しています。その流れが分かるようになりました。その意味では、私は庭であり、庭は私なのです」
ローセウス(遠隔)「ルフス将軍、発言の許可を求めます」
ルフス「ローセウス将軍の発言を許可します。また、アウルム僧正将軍も発言頂いて結構です。尋問ではありますが、以降立会者の発言許可願いを不要とします」
ローセウス(遠隔)「アイルーミヤ、今後どうする予定か」
アイルーミヤ「森の奥へ、大森林地帯に行きたい」
ローセウス(遠隔)「陛下の下僕としての任務は放棄するのか」
アイルーミヤ「陛下には、このアイルーミヤを放擲し、忘却頂ければと願います」
ローセウス(遠隔)「大森林地帯に何がある?」
アイルーミヤ「『私』です」
尋問対象者は、私、を強調して発声した。以降、通常と異なる発声を行った場合は『』で表現する。
アウルム(遠隔)「横から失礼する。私は闇の王陛下の支配体制について詳しいとは言えないが、あなたの行動は体制への反逆と取られる可能性があるのは理解しているのですか」
アイルーミヤ「理解しています」
アウルム(遠隔)「それでは、その罰則が死刑、いや、失礼。あなたの場合は陛下への……帰還、と言うのですか、そのような処罰になると言う事も分かっているのですね」
アイルーミヤ「そうならない事を希望します」
ルフス「質問には明確に答えなさい。分かっているかどうか」
アイルーミヤ「分かっています」
ローセウス(遠隔)「この事について、我々以外の誰かと相談したか。また、この事実を知っている部外者は存在するか」
アイルーミヤ「いいえ。相談していません、また、この件を知っている他の存在もいません」
ルフス「それを証明できるか」
アイルーミヤ「いいえ。『私』の証言を信じていただくのみです」
アウルム(遠隔)「今、なぜ、『私』と発声したのですか」
アイルーミヤ「説明できません。自分を表すのに、私、では違う感じがする時があります」
ローセウス(遠隔)「ルフス将軍にご確認したい。アイルーミヤが受けたのは外傷の診療のみですか。精神面は? 誰か技能を持った者が心を診ましたか」
ルフス「診療は外傷についてのみです。精神面の方は記録にありません」
アウルム(遠隔)「ローセウス将軍、反逆事件において、アイルーミヤが被った傷害は精神面にも及ぶと考えておられるのですか」
ローセウス(遠隔)「はい。可能性があると考えています。確証はありませんが、事件以降の経緯や、この尋問でのアイルーミヤの態度は、以前と著しく異なり、精神的な変容が伺われます」
ルフス「ローセウス将軍、アウルム僧正将軍、お二人ともアイルーミヤの精神面の診療が必要と言う提案をされようとしているのですか。これは尋問です」
ローセウス(遠隔)「失礼しました。アイルーミヤの精神面の診療について、必要であると提案します。そして、結果が明らかになるまで尋問は中断されるべきです」
アウルム(遠隔)「ローセウス将軍と同意見です。付け加えるならば、診療は闇の王陛下と光の女王陛下によって行われるのが良いでしょう」
ルフス「アイルーミヤに問う。立会者より精神面の診療が提案された。また、アウルム僧正将軍は闇の王陛下と光の女王陛下による診療を要求している。受け入れるか」
アイルーミヤ「全て受け入れます。私も『私』を存分に診て頂きたく思います」
ルフス「分かった。アイルーミヤは、王と女王にお許しを頂いた上で、ご都合がつき次第精神面での診療を受ける。結果が明らかになるまで尋問は中断される。よって、本日の尋問はこれにて。皆さんお忙しい中、ご出席ありがとうございます」