十八、光の女王
そこは半球形の部屋だった。魔法灯で照らされた白い壁に装飾は無く、どこにも角が無かった。床と壁が接する所は丸めてある。
中央に細かな線を彫り込んだ祭壇が床から盛り上がるように据え付けてあったが、顔を持つ像や前後のある模様はなく、正面がどちらか判断できなかった。
「どこでも結構です。お好きな所にいて下さい。全方向が正面です」
彼女の迷いを察し、僧正将軍が教えてくれた。それから、祭壇の方へ向き直ると呼びかけた。
「女王陛下。アイルーミヤ特使です。お連れしました」
女王は全身を覆う白い服を着た少女のような姿で現れた。祭壇の上に浮いている。そこだけ水中であるかのように長い髪や服が揺れていた。
『よろしい。お前が闇の王の特使か』
『はい。アイルーミヤと申します』
『控えなくても良い。私を見ろ』
『これは失礼致しました』
立って顔をあげると、女王が見下ろしていた。服から出ている肌や目や髪には、どこにも色素が無く、鉱物のように白かった。
『願いについてはアウルムから聞いているが、もう一度、特使の口から申してみよ』
アウルム僧正将軍は後ろの方に下がって控えている。口を挟む気は無いようだった。
『申し上げます。五百年の封印が明け、我らが王はこの次元に戻って参りました』
アイルーミヤは今までと同じ説明をした。光の女王は揺れながら聞いている。一切口は挟まなかった。
『以上です。女王陛下。そこで、まずお伺いいたしますが、婚約は今でも有効でしょうか。女王陛下は今でも我らが闇の王と結婚されるお気持ちですか』
女王は漂いながらため息をついた。
『その質問は王ご自身から聞きたかった』
『お察し致します』
アイルーミヤは、女王の心がよく分かった。こんな重大な問いかけを本人ではなく、代理の下僕から尋ねられるとは、と思っているのだろう。
『しかし、我らが王の女王陛下に対する気持ちは変わっておりません。五百年以上前に結婚を申し込んだ時のままであると申し上げられます』
『闇の王は『変化』を象徴すると言うのにか。五百年も心変わりがなかったのに、本人が私の気持ちを確かめる程度の事も出来ないのか』
まずい。拗ねている。僧正将軍には、王と女王を少年少女に例えて説明したが、案外真実を突いていたのか。
『仰るとおり、王は『変化』を象徴していますが、その点の変化はないと断言できます。私は王と話し、それを確信しました』
『下僕の身分で自らの王の意思を推し量ろうとは、少々無礼ではないか』
『はい。それは承知しております。しかしながら、私は下僕であると同時に女です。また、アールゲント僧正将軍との一件があります。そういう心理については誰よりも分かります』
アイルーミヤは賭けをした。アールゲント僧正将軍との事まで持ち出す気はなかったが、女王陛下の心に燃え上がりつつある炎を消して冷静になってもらうためにはその位の衝撃がいるだろうと考えたのだった。
「アウルム、すまぬが特使と二人きりにしてほしい」
女王が通常の声で命じ、アウルム僧正将軍は一礼して退室した。
『アールゲントか。最近まで存在を感じていたが、今は分からなくなった。あの世に行ったのだろうと思っているが、心当たりは?』
女王は話に乗った。声から棘は無くなっていた。
アイルーミヤは細かい所は伏せて遺跡での出来事を説明した。それでも女王は何があったか察したようだった。
『そうか。アイルーミヤ特使。よく分かった。怨みだけで五百年も保つ訳がないと思っていたが、そういう事か』
『特使。質問に回答する。私は心変わりなどしていない。今でも婚約は有効である』
『では、その旨を。お願い致します』
『どうしてもか。申し込んできたのは王からなのに』
『我らが王について、このような事は申し上げにくいのですが、陛下は……』
『意気地なし、だな』
女王が後を続けた。
『はい。しかし、この話はここだけにお留め下さい』
『分かっている。人払いもしただろう。どうだ、女同士、そして、どうしようもない意気地なしを知っている者同士、しばらく話そうではないか』
『はい、陛下。ただ、その前に』
『皆まで言うな。分かっている。今返事をした』
『ありがとうございます。して、我らが王はなんと?』
『『分かった』とだけだった』
アイルーミヤは、もし無礼でなかったらこの場で頭を抱えたくなった。素直でないにも程がある。
『全く素直でないな』
女王がその心を読んだかのように言った。
『アイルーミヤ特使、この世の知的な生き物で結婚の風習を持つのは人間、巨人、獣人で間違いないな』
漂う女王はそれまでの話を切り替えるかのように手を振った。
『その通りです。妖精にはそのような風習は確認されていません』
『結婚に決まった型はないな』
『それもその通りです。人間と巨人の大半がゆるい一夫一婦制を取るようですが、絶対ではありません。獣人は種によって多様すぎて一般化出来ません』
『ゆるい、とは?』
『まず、一夫一婦でない集団もあります。一夫多妻やその逆や、集団全ての成人がお互いに結婚している場合です。また、巨人は繁殖期のみの結婚で、次も同じ相手を選ぶかどうかはそれぞれの集団の掟によります。それから、どの場合も離婚は普通に見られます』
『離婚。分かりくい。結婚までしておきながら別れるのか』
『状況は変わります』
『なるほど。それは私には想像しにくいが、闇の者であれば理解できるのであろうな』
女王はくるりと廻った。服の裾が広がる。
『では、闇の王と結婚しても、それが永遠に続くとは限らないのか』
『前例がありませんので何とも。しかし、可能性はあります』
『特使、そこは無理にでも、愛は永遠です、とか言えぬのか』
『陛下、ご結婚にご不安でも?』
『闇の王が冷たすぎる。表面だけなのだろうが、もう少し、何と言うか、言葉がほしい』
『しかし、結婚の申込みは我らが王からでしたでしょう』
『実はな、ここだけの話だが、あれは私がかなり強い態度に出て無理やり言わせたような所があるのだ』
アイルーミヤは顔に出さないようにしながら、心中で納得していた。やはり、そんな所か。あの陛下が自分から申し込んだという点が引っかかっていたが、よく分かった。
それにしても、陛下を動かすほどの『強い態度』とはどの位のものだったのだろう。
『そうであったとしても、拒否ではなかった。こう申しては何ですが、我らが王にしてはよく言った方ではないかと思います』
『なぜ、そのような素直でない態度を取るのであろうな』
『はい、これは推測で申し上げますが、我らが王は女王陛下の事を愛しく思っておられますが、その程度が著しいのではないかと』
女王の揺らめく動きが止まり、服と髪が落ち着いた。
『詳しく説明せよ。特使の推測でかまわぬ』
『俗な表現で言う所の、『照れ』でしょう』
『子供でもあるまいし』
『陛下はその点において少年です』
『それは分かる』
あなたもです。女王陛下。そして、少年と少女の間でうろちょろしている私もです。これについて大人などいません。
『それでも、闇の王の言葉がほしい。『分かった』などと言うそっけないものではなく、心のこもった言葉が聞きたい。アイルーミヤ特使よ。私が頼むのは変なのだが、王を説得してくれないか。特使は私を説得し、王に言葉を伝えさせた。今度は王の番だ。一言でいい、優しい言葉がほしい』
『承りました。女王陛下。ここまで来たのです。私もお二人の結婚を見届けたい』
『礼を言う。私だとまた強い態度に出てしまうかも知れぬ。特使は上手に物事を治める才能がある』
『お誉めに与り、光栄です』
女王陛下はアウルム僧正将軍を呼び、会談が終わったことを告げ、結果と、特使への依頼について説明した。
「僧正将軍、会談は大変有意義であった。良くもてなすように」
深く礼をし、アイルーミヤ特使と僧正将軍は退室した。廊下には着飾った執事がいた。なんだ、いるのか。
「晩餐の用意が整っております。この者が案内致しますので先にどうぞ」
アイルーミヤは、今日初めて自分の空腹に気づいた。




