分岐:嬉しさ
そんなある日のこと。二人は少女からの提案で歌を歌って遊ぶことになりました。少女が歌い始めると、少年はすぐにその歌声の虜になりました。加えて、少女は色々な曲を知っていました。少年は少女の歌をいつまでも聴いていたかったですが、少女が少年のことも誘いました。
「あなたも一緒に歌いましょう!」
しかし、少年は断りました。少年は自分が音痴であることをわかっており、それを少女に知られることは恥ずかしかったからです。少女は不満そうでしたが、最後にいつもの約束をしてその日は別れました。
翌週、少女は少年に本の読み聞かせを頼みました。しかし、少年は読み聞かせをしたことがなく不安だったので、少女の頼みを断りました。すると、少女が怒り出しました。
「なんでダメなの? それぐらいいいじゃない!」
少女のその言い方に少年は怒りを感じ、言い返します。
「僕にとってはそれぐらいじゃない! 何も知らないくせに!」
二人は喧嘩して、そのまま別れてしまいました。
しばらく経った後、少年は後悔します。
ああ、なぜあんなひどい事を言ってしまったのか。もしかしたら、もう会えないかもしれない。
その可能性に気づいた少年は深い悲しみに襲われました。両親を亡くした時でさえ感じなかった悲しみを……
いつもの約束の時間、いつもの待ち合わせ場所に少年はやって来ました。もしかしたら少女が来るかもしれないという一縷の望みに少年はかけました。
数分後、少年に近づく足音が聞こえてきました。その足音は、少女のものでした。
「私、あなたのことを何も考えずに怒って……ごめんなさい」
「僕もちゃんと理由を伝えるべきだった。ごめんなさい」
お互いに謝り、二人は仲直りしました。少年は仲直りができて安堵しました。
「歌や読み聞かせの代わりに、今日は絵を描くよ。描いてほしいものを何でも言ってみて」
少年は少女に会えたら、絵を描こうと決めていました。絵なら多少は自信があるからです。
しかし、少女は少年に衝撃の事実を告げます。
「ごめんなさい。あなたの絵を見ることはできないの。私の目はもう何も見えないから」
少年は驚きました。少女は少年がどこにいるのかわかっており、町を歩くときも特に不自由がなさそうで、到底失明しているようには見えませんでした。
「実は、小さい時に突然失明したの。町を普通に歩けるのは、失明するまでの記憶があるから。人がいることが認識できるのは、なんとなく人の気配を感じられるから」
今までのことを思い返してみると、たしかに目が見えなくてもできる遊びだけで遊んでいました。
「目が見えない人なんてあなたも嫌よね……できることが限られてくるもの。それじゃあ楽しくないよね」
「そんなわけないじゃないか。君は心がない僕と一緒に遊んでくれた。君が失明してるからといって僕が君を嫌になるわけないじゃないか。それに、僕は君と会える日を夜も眠れないぐらい楽しみにしてるよ」
少女は少年の言葉を聞き、涙を流しました。
「えっ、僕何か悲しませるようなことを言ってしまった……?」
「違うわ。これは嬉し涙よ」
少女は涙を流しながら、笑っていました。
少年と少女は喧嘩する前よりも仲良くなり、会う頻度も増えていきました。
ある日、少年は少女に告白することを決めました。少年は、少女に好意を抱いていることに気づいたからです。その日は少年と少女が初めて出会った日からちょうど1年が経った日でした。
少年は不安を感じながらも、少女に想いを告げます。
「好きです。大好きです。付き合ってください」
少年はこのままでは心臓が破裂するのではないかというほどに心臓の鼓動が速くなっていました。
そして、とうとう少女が返事をします。
「もちろん、いいわ!」
少女は笑顔で了承してくれました。
返事を聞いた少年は嬉し涙を流しました。
めでたし、めでたし。