4話
教室に戻る間は何事も無かった。
たまに通りすがる先生に授業サボるなと注意を受けることはあったが、この悪魔のような3人から何か言われたり手を出されることは無かった。
教室のドアをガラリと音を立てて開けると、先生と授業を受ける生徒が一斉にこちらを見た。気まずさで目を集団からそらした。
「トイレ行ってたぁ」
優紀ちゃんがのんびりとした口調で言った。
優紀ちゃんは見た目はスカート丈が短かったり暗めの茶色に髪の毛を染めているため、真面目に思われない。だが実際は成績も優秀でありかなりギャップがある子だ。
そんな子がトイレに行ってたと言えば、先生も納得して自分の席に座るよう促した。
席につくまでには通りすがったクラスメイトたちがコソコソ話をしていて、さらにその内容が聞こえているにも関わらずあえて無視を決め込んだ。
「リンチされたのかな」
「パシリじゃない?」
「あざはねぇから殴られたわけじゃなさそうだな」
そんな声を背に1番窓側の列の、前から2番目の席に腰を下ろして椅子を引いた。ふと机を見て目を見開く。
座るまでになぜ気が付かなかったのだろうと、自問する。
机に、落書きがされていた。
小学生か、と毒づくも油性ペンで書かれたであろう『死ね』や『学校辞めて』の文字を消す気にはなれなかった。消す気力さえ出なかった。
この時間授業していたのであれば、私の机に落書きされていたことを先生は知ってていいはずじゃないの?見て見ぬふり?
もしかして、と教卓に手をつき教科書を読み上げる先生を力なく見る。
もしかして、先生も面白がってたのではないか。
「ほら、稜月さん。教科書を──」
先生がこちらを、机を見て言った。
驚いたように目を見開いていた。
口はかすかに弧を描いている。笑ってるの?
「何、その落書きは」
こちらに来ると、机の落書きを指さした。
そして言った。
「心配してほしいからって、注目されたいからってこういうことはやめなさい」
「え……」
ありえない。どうしたらそんな思考になるんだ。
私はさっきまで社会科教室の前にいた。始業式が始まる前も廊下に呼び出されたり教室にいた。
ちゃんと、書いていないと証明できるだけの予定はあった。
でも今そんなことを説得して伝えても、クラスメイトがそうだと言うはずがない。
何言ってるんだ、自分で書いてるところを見たぞと無いことを本当にあったように話すのだろう。
嘘がお上手で、と言ってやりたい。
「私、油性ペン持ってませんよ」
「誰かから借りたのでしょう」
「借りれる人がいません」
「じゃあ、盗んだ」
「……っ」
メガネの奥で光る細目が嫌に感じる。
目線が私の目の中に入ってきて、何もかもを見られるような。そんな目と自分の目を合わせたくなくて下を向く。
どうして話を信じようとしてくれないんだ。
何をどう言っても悪い方向にしか事が及ばないことに悔しくなって唇を噛んだ。
「まぁいいわ。稜月さんと話していると埒が明かない」
先生は短くため息をつくと、再び教壇に立ち教科書を片手にチョークで黒板に数学の問題の解き方を書き始めた。私も教科書とノートを机の中から引っ張り出し、ページを開いて黒板の文字を書き写す。
先生からの信頼を失った私は残り半年もある学校生活をどう生き抜いていけばいいのだろう。授業中はそれについて悩んでいたせいで授業の内容が理解出来なかった。