3話
式が終わり、1年から3年までの生徒が体育館からゾロゾロと出ていく。
私もその波に乗って出ていこうとした時、腕を強く掴まれた。
「いたっ」
思わず声を上げた。
腕を掴んでいるのは誰か知るため顔を見ようとするも、人だらけでよく見えなかった。
でも、なんとなく紗那ちゃんかなと予想はついた。
何を言われるかまで考えている余裕は無かった。
ただ少しの恐怖と不安と、焦りがあった。
人の波から抜けると、私の腕を掴む人物が紗那ちゃんだとわかった。予想と同じだったから驚きはなかった。
ちらっと後ろを振り向くと優紀ちゃんと玲美ちゃんが女王に使える手下のように私の後ろにいた。
なんだ、私は囚われの少女か何かか。
全く嬉しくないと心の中で言ってみた。
体育館から専科棟という特別教室だらけの校舎に繋がる外廊下を連れていかれるように歩き、2階の社会科教室前まで来ると紗那ちゃんが歩みを止めた。
この教室はあまり使われない部屋であり委員会の会議や、教室が何かしらの理由で使えない場合などに使用する。社会科教室の使命を果たしていないように思うがそういう運命なのだろう。
「ねぇ」
玲美ちゃんに強い口調で言いつけられ、思わず体がすくむ。
何かしたっけ、と今までのことを思い出せる限り思い出す。
「なんでさっき無視したの?」
「さっき?」
さっき、とはいつのことか。
よく分からず聞き返すと、両肩を勢いよく押されドアにぶち当たり、ガシャガシャと立て付けの悪いドアが大きな音を立てた。
「とぼけてんじゃねぇよ」
玲美ちゃんは3人の中でも、今までもリーダー格のような子だ。正直今まで嘘でも一緒にいたとして、それでもこちらを腕を組んで睨みつけるその姿は恐い。
「さっき、さなちんが口パクでなんて言ったのかわかんなかったの?」
「わ、わかんなかった……です」
声や空気などの気迫に圧倒されて、思わず同じクラスなのに敬語を使う。
そもそも口パクですべて伝わるなら、この世に声なんてものはいらないだろう。
そう言いたくても、傍から見たらリンチされてるように見えるこの空気で言い出せるほど私に勇気はなかった。
「4月から今まで仲良くしてやったのにこれかよ。ウチらなんか言葉交わさなくたって通じるよなぁ?」
優紀ちゃんと紗那ちゃんを交互に見ながら言うと、2人は当たり前だというように首を振った。
河月くんが、玲美ちゃんのこの姿を見たらどう思うだろう。
しまったな、と思う。
携帯に録音したりすればよかった……そしたら先生にも報告できる、もしかしたら退学まで持ち込めたんじゃない?
今から録音しようと考えたが、携帯に触れるだけで画面を壊されてしまう気がして録音する気にもなれず、小さくため息をついた。
そのため息が玲美ちゃんに聞こえたのか、前髪をぐわっと掴まれる。
ヤンキーが出てくる漫画でこんなシーンあるよなぁ、被害者はこんな感じなのかぁと何をしても無駄だと分かった私は、そうどこかで思う余裕があった。
「痛い」
「はっ、だから?」
小さく唸った言葉も、玲美ちゃんの八の字に曲がった眉とこちらを睨みつける目、嘲るような声に目を伏せた、時。
玲美ちゃんの左手に拳が視界に入った。
これ、もしかして顔に殴りつけられるんじゃ?
嫌な予感がした。玲美ちゃんは左手をあげた。
あぁ、終わった。
「何してるの」
ハッとする。
声の主を見ると学年主任の先生だった。
玲美ちゃんはパッと手を離し、すぐに満面の笑みを作った。
「ちょっとふざけてたの。すぐ授業行くから大丈夫だよ」
え、と息が漏れる。
これだけドアに人を叩きつけ、髪の毛毟るかのように掴みあげたくせに、ふざけてた?
どう考えても、これはいじめだ。
被害者がいじめと捉えたら、訴えたら、それはいじめになると先生も言うはずだ。
目の前が白んでく感じがした。
先生が何か言ってくれるんじゃないか、と微かな希望を抱くようにそう期待した。だが。
「あら、そうなの。早く教室戻んなさいね」
はーい、と3人が返事をする。
私が黙っていると、先生はこちらを眼鏡を光らせて言った。
「あなたは、返事」
「えっ」
「え、じゃないの。あなたは返事もできないのですか」
私に味方はいないのか。
「はい」
被害者は、私。