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年齢は50代くらい。目尻にしわの刻まれたその人の姿に苦笑する。
御者でもなければ執事でもない。本来ならこんなとこで頭下げてるなんて有り得ない人なんだけど。きっと誰も気づいていない。こんなに浮いてるのに。
私も人のことは言えないから口には出さないよ。
「シオン様、お迎えにあがりました」
洗練された動作で私に手を差し出してくる。
おじ様だけど、ときめくくらい素敵なエスコート。
「セグルさん、お疲れ様。辻馬車拾おうと思ってたとこだったのに」
手紙届いたのは今朝だし、私がいつ出るかもわからないのに相変わらず素晴らしいタイミング。この国の頭脳と呼ばれるだけはある。
というか、もうそれ以上の能力だと思う。先見とかできるんじゃないかな。
セグルさんとはよく会うけど、娼館にお迎えとか伝言とかそれ以外の目的で来たことはない。これで生涯独身だっていうから驚きだよね。
「あなた様を辻馬車などには乗せられませんよ」
今度はセグルさんが苦笑する番だった。
「私が1人でも平気なのよく知ってるでしょう?」
「それでも、ですよ。例え無事であっても何か起こった時点で手遅れですから」
まあ、それは確かに……。
いつもセグルさんにもご迷惑ばかりかけてます。
大人しく手を引かれるまま馬車に乗った。
外観は比較的装飾を控えられているけど、その分中は豪勢なこの馬車。
広い車内に、ベッドに近いようなふかふかの椅子。
テーブルまであって、その上には飲み物と軽食。
それに、1人の侍女さん。
至れり尽くせりにも程がある。
「お嬢様、本日はこのアナがお供致します」
にっこりと微笑むのはセグルさんより少し若く見える侍女。優しそうな雰囲気で、それでいて気品が見え隠れする。
この女性もただの侍女じゃない。
侍女頭も務めたことのある、最近では主に近い人たちのみに献身的に従う、これまたこんな簡単に外に出てきていい人ではない。
私につく侍女はいつも上位の人が何人か。
決まった人たちがローテーションしてる。
アナとも顔見知り。
「アナ。ありがとう」
「いえいえ。お嬢様に会えるのもお久しぶりでございますから、嬉しゅうございますよ」
私の前にアナ。その隣にセグルさん。
動き出した馬車の中でも揺れはほとんど感じない。
セグルさんも終始アナもにこにこと。
ちなみに言っておきますが、私は何もしてません。
進められるままにお菓子食べてるけど。
ぶどうジュースも飲んでるけど。
『相変わらずじゃのう、ぬしらも』
突然の声にも驚く人間はいない。
声は私の横から。
視線を向ければ、妖艶な美女が我が物顔で座っていた。
艶やかな銀髪。メリハリの激しい体躯。
顔のパーツは左右対称に均整も整っている。
切れ長目の目元に弧を描くような口元には違和感のあるお菓子の欠片がついている。
着ているものはドレスではなくて、キモノというらしい異国の衣装。といっても普通のキモノではなくてアレンジものらしい。娼婦よりも露出度は高い。
「またついてきたの?」
口元のお菓子の欠片をとりながら尋ねれば心外だとでも言いたそうな顔を向けられた。
お菓子を詰めすぎてほっぺたは膨らんでいるけど。
「何を言うておるか。妾がシオンから離れるわけがなかろう。いつでも一緒じゃ。我が主よ」
…………お菓子を詰めながら言ってもちょっとね。
《 何をおかしなことを言っている、百鬼よ。シオンの側には私がつく。お前は去って良いぞ》
またもやどこからともなく声。
カトリー姉様に絡んでいた男の人についていったと思ったんだけど、戻ってきたのね。
声は聞こえても姿は見えない。それでも不思議と存在感は圧倒されるほどに感じられる。
「あらあらまあまあ。百鬼の君に精霊王様まで」
「これはまた豪勢な顔ぶれですな」
だからそんな呑気でいいのかな。
ここで2人が暴れたら国が消えるよ?
ほかのめんどくさいのが寄ってくる前に片付けないと。
「ヒスイ。コルト。静かにしててね」
百鬼ことヒスイは妖狐。妖怪と言われる生き物らしいけど、この辺りの国では聞かない。魔族ともまた違うらしくて、東には似たような存在がいるらしい、ていうのは全部ヒスイから聞いた。
コルトは正式にはコルテリカル。精霊王っていうすごい存在ではあるはずなんだけど、こんなんなんだよね。
ヒスイもコルトもどうしてこんな残念なのか。
「む。ぬしのせいでシオンに怒られたではないか。どうしてくれるのじゃ」
《 なんだ。人のせいにするというのか。これだから妖とやらは野蛮で関わりたくはない》
終わらない言い合いにじとーっと睨んでみれば二人の気配が一瞬で消えた。
決着をつけてくれよう、とかいう声が聞こえたけど、気にしないことにする。
多分ここまで被害が来るようなことはない。はず。
「相変わらずのお方たちですね」
「アナ……」
「あらあら。すみませんお嬢様。愛されているのは良いことでございますわ」
「あなた様の機嫌を損ねるのは心底ご遠慮させていただきたいですが」
「いつもいつもごめんなさい」
謝るしかないです。
セグルさんの胃にそのうち穴が空きそう。
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見切り発車すぎて内容が定まらない。