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Silver tails ―少女は禍星の下を駆ける―  作者: 百七花亭
【Ⅲ】 プルートス大山脈を越えて
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4 禁忌の海域の夢による状態異常

 赤い色が見えた。空が、赤い。

 炎のような血のような赤い光の帯が、ゆらゆらと、カーテンのように不気味にゆらめいている。その下で暗い波が凪いでいる。

 ルーはふわふわと浮かぶように、静かな水面と赤い空の狭間にたたずんでいた。

 どこからか、耳をつんざくような獣の咆哮が轟いた。

 そして、囁くようなかすかな人の声が届く。


〈千一番目が現われた〉


〈血の贄のオーロラが立ったがその証〉


〈海が凪いだがその証〉


〈クト、リの……よ〉


〈おぉ、なんと嬉しや〉


〈これぞ、千載一遇の……〉


〈……の鍵、千一番目が現われたのだ〉


〈抜け駆けする気か?〉


〈おぬしこそ〉


〈早い者勝ちよ〉


〈どこにいるのか?〉


〈探せ探せ探せ探せ探せ探せ探せ探せ探せ探せ探せ探せ探せ探せ探せ探せ探せ探せ探せ探せ探せ探せ探せ探せ探せ探せ探せ探せ探せ探せ探せ探せ探せ探せ探せ探せ探せ探せ探せ探せ探せ探せ探せ探せ探せ探せ探せ探せ〉


 さわさわと草ずれのようにさざめく声の中で、妙にはっきりとした厳かで力強い声が空間に響いた。 


〈そうだ、探せ。探すのだ〉


 すると、たくさんの声たちは、まだ何かをさざめきながら遠のいて行った。


 なんだろう? クトリのって聞こえた気がするんだけど。

 あの声は何を探しに行ったんだ……?


 言いようのない悪寒が全身を這いあがる。


 まさか、〈クトリの呪詛印〉をもった、おいらを探してるわけじゃないよな…………? 

 はは……


 ふと、ルーは足下の水が赤黒いことに気づいた。


 赤い……海? そういえば、ひいじーちゃんが世界には五つの大陸があって、それらの外側の海は魚も棲まない赤い海だと言ってたような……それに、たしか、おいらがガンドル号で消息を断った〈禁忌の海域〉とも海域が重なっていたはず……

 じゃあ、ここは〈禁忌の海域〉? いや、でも、あそこは 〈万年嵐の海域〉とかいわれていて、はいった船は難破するほど波が荒れ狂ってるって話だったから、ちがうのかな……? 

 いやいや、待てよ、さっき声が〈海が凪いだがその証〉って言ってたから……………やっぱ、ここは……………





 9月17日、午前零時。


 息苦しくて意識が浮上した。

 額が冷たくて頭の下に何かあてがわれてるようだ。まるめた毛布らしい。

 ベンチの上と自分の上にも毛布はかけられていた。額の上には濡れた布。

 山小屋の中が明るくて温かいと思ったら、暖炉で白火石が輝きながら燃えていた。

 その前でサディスが屈んでなにかしている。

 あたりをよく見回せば、隅に棚があり鍋や器がいくつか常備されている。

 よろよろしながら起きあがってそれらを見ていると、彼が近づいてきた。

「動き回るな、朝まで寝ていろ」

「変な夢、見たんだ」

「夢?」

「なんか……失くした記憶じゃないと思うけど、〈禁忌の海域〉にいた。空中に、おいら、浮かん、で、て」

 急に息が上がった。また、心臓がばくばくうるさく鳴りはじめる。

「それ、で、たくさ、の……ヒトた、ち、声がし、て」

 言っておかないといけないような気がした。

 明日の朝になったら、忘れるような気がしたからだ。

 息を詰まらせながら続きを告げようとしたら、サディスにちいさな器を渡された。

「薬だ。飲んでおけ。少しは楽になる」

 ちらと暖炉のほうを見た。

 さっきは彼の陰で見えなかったが、複数の薬草やすり鉢や小鍋があった。

 作ってくれてたらしい。飲んだとたんに強烈な眠気がきた。


 しまった、これ、眠り薬も入ってる!? 

 はやく言っておかないと!


「たくさ、のヒトたち、が、クトリの、なにかを、探して……る……!」

 意識が急降下した。体がかくんと崩れた。

 そのあとのことは覚えていない。





 午前四時。

 目覚めると、とんでもない体勢になっていた。

 山小屋の中に降りそそぐやわらかい朝日を受けて、あわく輝く銀髪がふちどる美貌が、な・ぜ・か、すぐ真上にある。ルーの顔を覗きこむ形………つまり、ベンチで寝そべってる彼女の頭が、彼に膝枕されている状況だ。


 コレって、夢だよな……? 

 いつだったか忘れたが、膝枕された夢見たことあるし……。


 もう一度、目を閉じて十数えてから、そっと目を開ける。


 ……消えない。……なんで? 

 夢じゃないのか?


 思わず眠っている相手の顔を真下から注視する。

 長い睫もきれいな銀色だ。鼻高い。白い頬にかかるさらさらとした銀髪。形のよい唇。生を感じさせない精巧な陶磁器人形のような美しさ。


 雪の精霊ってこんな感じじゃないかな?


 魔力がないし見えないので想像だが。

 眠ってるにしても吐息すら聞こえず微動だにしない彼に、ルーは心配になって、ちゃんと息をしてるのかと、そっと指先をその唇の近くに当ててみた。


 あ、ちゃんと息してる……な


 目が合った。銀の睫にふちどられた翠緑の双眸が見おろしている。

 どくんと心臓が跳ねた。

「具合はどうだ?」

 とたんに、膝枕されっぱなしのことを思いだした。

 心拍数が上がりまくってきた。


「え、ぐ、ぐあい? へいき! ぜんぜんへーきだから!」


 あわあわと起きあがり、毛布をはね飛ばして距離をとろうとしたら腕をつかまれた。

「落ち着け」

「おち、おちついてるよっ」

「頭痛や吐き気はするか?」

 ふるふると、ルーは首を横にふった。

「呼吸はつらくないか?」

 ふるふると、また首を横にふる。

「……脈がずいぶん速いようだが」

 つかんだままの手首で触診されていた。

「そ、それは……ただ、ビックリしちゃって……」

 彼はきれいな翠緑の瞳を瞬いて、ゆっくりとした動作でルーの手首を放した。

「……覚えてないのか?」

「何を?」

「……おまえ、一度、真夜中に起きただろう」

「? 起きてないよ」

「クトリの夢を見たと言っていたが?」

「そうなの?」

 ルーは首をかしげた。

「薬を飲んだだろう?」

「……覚えてない」

 サディスは溜息をついた。

「おまえは真夜中に起きて夢の話をしたあと、薬でまた眠ったんだ。それから、ひどくうなされていた。眠り薬を混ぜたせいで、起こすことも出来なかったからな。ずっとうわ言をしゃべり続けていたし、寝たまま棍をもって暴れていたし、あのままでは俺も眠れそうになかった」

「……お、覚えてない……」


 そんな迷惑なことしてたのか、おいら! 

 しかも、寝たまま棍もって暴れるって、どんだけ寝相悪いんだよ! 

 サディスよりひどいじゃないか。


「うわ言って……何言ってたの?」

「よく聞きとれなかったが……誰かに対して怒っていたようだな。キレていたというのが正しい」

「ど……どうやって収拾したの……?」

「小屋を破壊される前に棍を取りあげて、拘束したら大人しくなった」


 拘束デスカ……でも、縛られてはいなかったようだけど……?


 あらためて山小屋をみた。なるほど、彼の話を裏付けるかのように、壁にも木組みの床にも棍の打撃痕と思わしきへこみがあちこちにあるし、棚や暖炉の一部が破損している。

「毛布もおまえが暴れたせいで、ほとんどが白火石の上に放りこまれて燃えた。大人しくなってからも動き回ったせいで、高熱を出していたからな。膝を貸してやったまで」

「……ぅ、ありがと………それから、いろいろゴメンナサイ」

 もしやでなくとも、たった一枚無事に残った毛布はルーにかけてくれたようだ。

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