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Silver tails ―少女は禍星の下を駆ける―  作者: 百七花亭
【Ⅲ】 プルートス大山脈を越えて
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3 血濡れた精霊石とまさかの高山病

「なぁ、精霊石って何?」


 午前八時過ぎ。

 ガルボの案内小屋をあとにして外に出ると、風雪はだいぶ弱まっていた。

「精霊の体内からとれる石のことだ」

「……精霊って実体あったっけ?」

 魔力持ちでなくては見えないのが、本来の悪魔、精霊だ。

 悪魔は憑物士の体に召喚されることで、その体を変貌させ視認できるようになるし、最終的には憑物士を乗っとることで肉体を得ることはできる。だが、精霊は人に憑依することはなく、召喚されても魔力なしの人に視えることはない。

 つい先日、ルーはたまたま偶然の重なりで人型になった最下位精霊のα霊を見ることはできたが、光になって消えたりしていたので、あれは実体ではないだろう。


 ……いや待てよ、おいらにも見えたんだから、半分ぐらい実体だったのかもしれない。


 顔面を覆うベールをつけたまま、彼は首だけふり返って訊いてきた。

「ダウンフォールを覚えているか?」

 ルーはちょっと小首を傾げた。

 こちらもしっかりベールはつけている。

 息苦しさもちょっと慣れてきたし、やはり寒風を防いでくれるのはありがたい。

 マントが保温性に優れているので、その下にナナメ掛けした鞄の中の水筒や携帯食料が凍らなくて済むのもうれしい。

「えぇーと……魔力……無効化現象、だったかな。悪魔、精霊は地上に来ると魔力が使えなくなるってやつだよね?」

「そうだ。異界の彼らは、エーテル体と呼ばれる存在エネルギーで構成されている。この世界に入ることで彼らは物質化し、重い肉体を纏うことになる。魔力はその血肉に封じこめられ、それを異界と同じようにふるうのは難しいとされている。悪魔が憑物士に召喚される以外で地上に出て来ないのは、その不利さ故だ」

「まぁ、魔力のない悪魔なんか怖くないからね」

「術を使う者には、な。悪魔本来の怪力や毒、鋭い爪牙は失われることはない。これで悪魔が武芸に秀でていたりしたら、凶悪な殺人鬼が来たも同然だ」


 なんと、あれは魔力あってこその産物ではなかったのか!?


 以前、自分を食べようとした食人末期悪魔を思い出し、ぞっとする。


 あれは魔法の類は一切使ってなかった。てことは、ダウンフォールがかかって魔力をなくしても、ぜんぜん不利でもなんでもないじゃないか!


 ベールの下で、むう~と唸る。

「むろん、弱い悪魔もいる。その場合、精霊と同じ道をたどる。精霊は物質化して肉体を得、魔力を失えば悪魔のような突出した身を守るものがほとんどない。せいぜい武力が強ければ何とか生き残れるだろうが……たいていはハンターと呼ばれる人間に狩られる。血肉の中に凝った魔力の結晶〈精霊石〉を採られて」


 血肉の中にあるモノを採る!? 

 それって、ひょっとしなくてもすごく痛いよね!? 

 痛いどころか、採る場所によったら死んじゃうんじゃ……!


 ルーは血の気が引いた。

「サ、……サディス……? さっき、ガルボに渡した精霊石って………まさか」

「運が良ければ精霊石の主は生きているし、運が悪ければもうこの世にはいない。魔力ある者にとっては、術を高等化などできる値打ちのあるもの。そうでない者にとっても宝石以上の値がつくため、喉から手が出るほどに執着される物だ」


 ……そんな血濡れた事情のある恐ろしくも高価なものを、上着の袖に無造作にくっつけてたのか…………おそらく、シャツやズボンについていたガラス珠と思っていた飾りボタンもそうなのだろう。ついでに言えば、ふだんは髪に隠れてる小さな耳環とか袖の下の腕輪とかも…………ただの隠れお洒落さんではなかったのか。

 そして、これが彼でなかったら、とっくに強盗に身包み剥がされているところだ。


 そのあと、言葉少なになった二人は、ただひたすら黙々と雪の山道を歩きつづけた。


 そういや、キャラベ軍に追われて、ひいじーちゃんの館があるスターブレス島を旅立って、もう十一日目だ。早いものだ。





 午後五時過ぎ。

 朝から一時間毎に十分の小休憩をはさみ水分補給をしつつ、八時間ほど雪の中を歩いた。もうどこもかしこも白い世界だ。

 小雪がちらつくだけで悪天候にならなくてよかったと、ルーは思った。

 サディスの予定では、登りに二日、北方諸国側への下りに一日かけるとのこと。

 今日の分のノルマはなんとか無事に進んだ。

 ちょうど登りの真ん中地点の山小屋にたどりついた。

 周りに木は一本もなくて、雪をかぶった岩と地面しかない。遠くにみえる山も同じ。


 さすが大山脈、ナメてたわけじゃないが雪深さに足をとられたせいか、心拍数が上がりっぱなしだ。ちょっと頭も痛い。明日はもっと急勾配を登るのだから、とっとと休んで体力を回復したいところだ。


 宿泊予定の山小屋に先客はいなかった。

 石作りのちいさな暖炉と、隅にレンガをつんだ上に長い木板を渡しただけの簡素なベンチがあり、その上にちょっとぼろい毛布がいくつか投げたように重ねて置いてある。

 隙間風もあまりない頑丈な小屋だった。

 ほっとして顔のベールをはずしたら、寒かった。いや、隙間風ないかと思っていたが、いざ休むためにベンチに腰かけると、どこからか冷気が漂ってくる。


「試してみるか」


 サディスがそう言った。と、同時に冷気が消えた。寒くない。


 え、ちょっと待って? 何を試すって?


 だんだんひどくなる頭痛を押さえようと、こめかみを指で押しながら口を開きかけたが、まだ心臓がはねてるようで言葉がでてこない。

 変だなと思いつつ、視線だけで彼の顔を見た。

 そしたら、なぜか言いたいことがわかったようで。

「結界術に引かれて、山の襲撃者が来るかどうか」


 あぁ、なるほど……って、いまバトルとか始まったら、うまく棍を振り回す自信ないんだけど! とゆーか、いま立てないんだけど! 一時間でいいから休ませてよ!


 切に叫びたいが、力なく前のめりにうなだれてしまった。


 うぅ、アタマ痛い。呼吸がつらい。胸が痛い。


 影が落ちてきたので何かと思い、痛む頭をすこしだけもち上げると、フードをはずしたサディスの顔が間近にあった。真ん前で膝をついて覗きこんでいる。

 さらりとしたくせのない銀糸が、ルーの頬をすべった。

「予想では攻撃系の術に反応するはずだ。おそらく来ないだろう。休んでいろ。体を慣らさずに来たからな。いくらおまえでも、少しばかりきつかったか。高山病だ」


 いくらおまえでもって……野生育ちみたいな言い方やめてほしい。

 記憶はないが、ひいじーちゃんから村育ちだと聞いてるし。

 それはともかくアレだよ、アレッ。

 もし、山の襲撃者が来ちゃったら? 

 ついでに、キャラベ軍の追手が来たらどーするんだ? 

 憑物士や魔獣対策の結界があちこち張りめぐらされてる町中とちがって、こんな人けの少ない大山脈で使ったら不審に思われないか?


 掠れる声をしぼり出して聞いてみた。

「万が一、来たとしても俺がなんとかする」

 その言葉を聞いたとたん、安心して糸が切れたように、ぷつんとルーの意識は途切れた。

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