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Silver tails ―少女は禍星の下を駆ける―  作者: 百七花亭
【Ⅲ】 プルートス大山脈を越えて
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2 国宝ドロを追う少女と新しい棍

 ちりりりん


 入口の上部についたドアチャイムが鳴って、雪まみれの人が入ってきた。

 片手で、ばさっとマントの雪を床にはらい落とし、かぶっていたフードを上げた。

 桃色がかった淡いスミレ色の髪を、頭の両はしにまきあげている。

 少々きつい印象のある顔立ちの少女だ。

 室内小屋をざっと見回して、声をはりあげた。


「ここの案内人て誰?」


 ガルボがパイプをくわえたまま軽く手をあげると、彼女は足早に近づいて、懐から出した紙をつきつけた。


「こいつ、来なかった!? 大罪人なの! お尋ね者!」


 ルーは、ぎょっとした。

 自分もまたお尋ね者として追われる身だからだ。

 といっても、追手は軍国キャラベの魔法士軍で男くさい猛者ぞろい、こんな十代半ばの女の子はお目にかかったことはない。いや、でも油断は禁物だ。

 ガルボは「ほお?」と、紙に視線を向けてから頬を指でかいた。

 ついで「で、何をしでかした?」と訊ねた。彼女は鼻息も荒く吠えた。


「ドロボーよ! ベレネッタ国の国宝である剣を盗んだの!」


 ルーは、それを聞いて安堵した。自分とは関係ない。


 というか、なんだか聞き覚えがあるぞ? 

 ベレネッタ国、国宝の剣、ドロボー………………………

 あぁ! ムーバ国の役人と、ガレット国の魔法士軍が追ってたやつか。

 そういや、友好国ベレネッタからの協力要請があったとか言ってたっけ。

 そうとうなお宝なんだな。


「髪の色や目の色、あと歳や背格好もわかるといいんだがなぁ」

 ガルボが首をひねりながら言った。


「ああっ、色を塗っておくべきだったわ! 髪は黒! 目はあかるい空色で! 二十代前半で背は百八十少しと高めよ! 着やせしてるけどわりと筋肉ついてる」


「来とらんなぁ」


「ほんとに? よく見てよ! ものすごい美丈夫でキザったらしくて女にモテそうでスカしたやなヤツなんだからね!」


 ずいと、ガルボの鼻先に似顔絵らしき紙をくっつける。彼は苦笑しつつ「美丈夫ねぇ」とその紙をひっくり返し、少女のうしろ側に立っていたルーに、それを向けた。

「おまえさんら、見覚えあるかい?」


 かろうじて目がふたつあって口がゆがんでて鼻がとんがってるのはわかるが、このひどい落書きをもってして美丈夫のドロボーを探してると言われても、ちょっとキツイな。

 まあ先の口頭で言った容姿で考えればいいんだろうけど。

 目の前にこの似顔絵があると想像力が萎えてしまう。リアルな犯人像が浮かばない。

 てゆーか、笑いをこらえるのでいっぱいだ。できればもう、しまってくれないかナ。


「そっちのコ、どうなの?」

 少女に聞かれて、ルーは首を横にふった。

「いや、知らないよ」

「じゃあ、そっちの背高は?」

 サディスの方に視線を移したが、興味ないようで壁にならべられた武器類を手にとってながめている。


 平然とした顔で鞭さわってるんだけど。しかも、金属製で尾がなめらかに動かせるようにするためか、蛇腹っぽく分割されたやつ。

 よく見みると蛇腹が刃物っぽいからさ、あんなので攻撃されたら体が分割されると思うんだけど……気に入ったのかな?


「ちょっと、聞いてるのッ?」

 彼女はムッとしたように眉宇をひそめ、ツカツカとサディスの背後に近づいた。

 ちなみに現在、ルーとサディスは同じ老舗衣裳屋バルデンモーアで購入した、防寒用フードマントを身につけている。

 顔面をすっぽり覆うベールがついてて、目元部分だけが特殊な透かし織になっている。

 視界をふさがず、外気はほぼ遮断するというすぐれものだ。

 顔面を覆うかなり怪しいスタイルだが、これからのぼる大山脈とその向こうにある北方諸国では、九月中旬であるにも関わらず、すでに寒気が押しよせているので、皆こういったスタイルなのだという。霜で顔が凍傷になるほど気温が低くなるらしいので、それを防ぐためだとか。

 部屋があったかいし敵もいないので、ルーはフードを目深にかぶっているもののベールは外していた。サディスはその目立ちすぎる花の顔を隠すためにも、人前では決して外そうとしない。

 まあ、追われる身なので、その元凶であるルーこそちゃんと顔を隠しておくべきなのだが。顔面をすべて布で覆ってしまうというのは、意外と息苦しさを感じるものなのだ。


 いや、ちゃんと息できるようになってるけどね。この閉塞感に慣れないから。

 慣れない……ということは、サディスはそれに慣れてるということか。

 子供のころから天才魔法士として有名人だし、騒がれるの嫌いだからかな。

 この防寒ベール付フードマントにする前からも、口許しか見えないくらい深くフードをかぶっていたし。


「無視しないで答えなさいよ!」


 どうやら手元の武器を熱心に見ていたため、サディスは聞いてなかったようだ。

 すこし間をおいてから、「知らない」とつぶやいた。

 しかし、少女は訝しげな顔で彼の真横にまわりこみ、「ほんとーに?」と、つめよった。

 そして、あろうことか疑いをかけてきた。

「あなた知ってるんじゃないの? てゆーか、あいつと超、背格好似てるんだけど! 顔見せてくれない?」

「声で分かるんじゃないのか」

「ハッ、声なんて! 覚えてやしないわよ!」


 そんな威張って言うほどのことじゃないだろーに。

 わりと短気だな、この女の子。

 しかも本人の了承も取りつけずに、いきなり顔のベールに手を伸ばしてきたよ。


 あ、やばい。止めようと声を上げるより、彼の行動のほうが早かった。

 女の子の右側に結ってあったスミレ色の髪がパラリとほどけて宙に舞った。

 彼女は伸ばしていた手を寸前で止め、硬直した。


「触るな」


 サディスの突き刺すような冷ややかな声。

 どうやら手にしていた金属製の鞭でひと払いしたもよう。

 まったく軌道が見えなかった。しかも髪一本傷つけずに髪留めのリボンだけを裂いた。


 こまかい芸だな。


 ふぁさりと自分の肩に落ちてきた髪の重さで、女の子はようやく何をされたか気づくと、青ざめて一歩、ニ歩と、あとずさった。

「だめだよ、彼は無遠慮な相手には容赦しないんだ」

 その言葉に彼女は、ルーをちらりと見た。ひとつ息を吐きだす。

「そうね、いきなり悪かったわ。……あいつじゃないのも分かった」

 そして、フードを深くかぶり直してほどけた髪もそこへ押しこむと、くるりと踵を返して店の出入り口へと歩いた。扉の取ってに手をかけ、出るまぎわ、誰にともなく彼女はぽつりつぶやいた。

「あいつなら、窮しても絶対、女の子に刃を向けたりしないもの」


 ……相方さんよ。

 なんか、通りがかりの見知らぬ女の子に心狭い判定されたよ。


 当の彼はもう何事もなかったかのように、武器の物色にもどっている。


 まあ顔見られなくて済んでよかったけどね。

 おいらの顔なら三日であやふやな記憶になるかもだけど、彼の美貌は一生、脳裏に焼きついてしまいそうなので、のちのち面倒だ。


 だが、自分も追われる身。

 念のためと、息苦しさを我慢してルーは顔にベールをつけた。


 部屋があったかいから、ちょっと蒸れるな……。


「ルー」

 呼ばれて顔をあげると、何かが飛んできたので両手でパシッと受け止めた。

 腕一本分ほどの長さの短い金属棒だ。


 なんだこれ? 剣でもなさそうだし。


 首をかしげていると彼が 「棍だ。長さは調節できる」と言うので、よく見てみれば、なるほどスライドさせることで伸縮できるし、ちゃんと留め具がある。


 これならどんな場所でも適度な長さで戦えそうだ。

 先端には太い針のような刃に切り替えられるようになっていた。

 刃物のあつかいは苦手だが、脅していどになら使えるかもしれない。


「よく見つけたな、兄さんよ」

 ガルボがニヤリと笑って説明した。

「海の魔獣フィリシアの業物だ。これを作った鍛冶職人は去年、腕を失って引退した。フィリシアの硬い骨を、ここまで見事に削る技術をもったヤツは、もうこの大陸にはいねえだろう。値が張るぞ?」

 ルーはあわてて値札を探したがついてない。それでガルボをみた。

 サディスに向かい、広げた右手に指を三本立て合わせている。


 八……大銀貨八枚? いや、名職人の最後の作品なら金貨八枚か? 

 それなら大丈夫だ。ひいじーちゃんがくれた旅の路銀は、銀貨銅貨ふくめまだ金貨十八枚分以上ある。


 そこから金貨八枚を出して、カウンターの上に乗せた。

 ガルボは黒レンズの眼鏡の上で、灰色の太い片眉をあげた。


 あれ? これじゃダメってことか……?


 すぐにもう十枚足して十八枚並べてみるが、ガルボはうなずかない。

「金八十枚か」

 サディスの言葉に、ガルボはうなずき肯定した。


 ぅ、えええええ? ぜんっぜん無理じゃん! 

 どこの金持ち専用武器だよ!?


 これにはサディスも難色を示した。

「かさ張るからそこまでの持ち合わせはないんだが」


 たしかに金貨八十枚はかさばると思うよ。十八枚でも結構重みあったもんな。

 じゃなくて、その言い方ってかさばらないなら持ってたってこと? 

 えっ、まさか。金貨一枚って、牛一頭分の値段だよ? つまり八十頭も買えちゃう金額なんだよ? たまにサディス、高級品買うな~と思うことはあったけど、絶対的な旅の必需品だったから、特にこれまでつっこみ入れなかったけど。

 やはり、ひいじーちゃん並の超お金持ちだから金銭感覚が……。


「不足分は物品交換でも受けつけるぞ? 魔法使いなら、めずらしい魔道具や術に使う材料のひとつふたつ持ってるだろうからな」

 ガルボが、彼にそう提案した。

 魔力なしのガルボが他人の魔力のあるなしを見分けられるのは、長年の勘だという。


 薬屋ネリンといい、接客のプロはすごいな。


 彼が言うには魔力のある相手と向きあうと、たとえその気配をおし隠していても圧迫感があるらしい。強い魔力ほどぐいぐい押してくるんだそうな。

 感じるのも肌でじゃなく魂でという……よくわからん。だから勘なのだという。

 やはりネリン同様、魔法士か魔獣召喚士か錬金術師か薬師かまではわからないらしい。


 追手にそんな特技をもったやつがいなくて、よかったと思ったよ。


 サディスはマントから腕を出すと、にぎっていた拳を開いてガルボにみせた。

 その上には透きとおる綺麗な青い石の飾りボタンが三つあった。

 なんだか見覚えがあると思ったら、彼の上着の袖口についてたものだ。


 ガラス珠かと思ってたけど、宝石だったのか?


「ほぉ、いい精霊石だな。よし、売った」

 先に出した金貨十八枚と、青い石の飾りボタン三つで、会計は十分らしい。

 だが、その精霊石とやらで立て替えてくれようとしている金額の返済に、いつになるかまったくのメドが立たない……と本音をこぼしたところ、「気にする必要はない。俺が出した分はあとでノアに請求する」と言われた。


 となると、おいらの借金相手はのちのち、ひいじーちゃんか。なんとなくだが、そっちの方がよくない気がするんだが……。と、何故かふと、そんなふうに思ってしまった。

 ……いや、でも、やっぱりサディスにすぐに返せる当てはほかにないから、そうするしかないよな。この後に及んで、やけに手になじむコレをやめて、壊れやすい棍を何本も買い換えるのもイヤだし。ひいじーちゃんなら、たとえ返済に十年かかっても笑って待っててくれそうだし。

 あ、でも。その時まで生きてる……かな?

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