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Silver tails ―少女は禍星の下を駆ける―  作者: 百七花亭
【Ⅲ】 プルートス大山脈を越えて
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1 ガルボの案内小屋にて

 9月16日、午前七時。


 窓の外、すべてが猛吹雪により視界を遮断していた。

 いったい目の前の景色はどんな所なのか、草原なのか崖なのかさっぱりわからないほどにしろく煙っている。

 よくこんなところを歩いて来れたものだと思うが、やはり滑って転ばなかったのは、ブーツの底に金属爪があったおかげだろう。

 ルーは、あたたかい室内に視線をもどした。

 ここはプルートス大山脈のすそ野にある山小屋だ。

 山越えの装備をそろえ、危険を回避するルートを確認するために設けられた案内所である。国営や市営の案内所は数多くあるが、そこは追手のキャラベ軍が押さえやすい。そのため、あまり知られてない民間営業の穴場を、ファリフォン遺跡町で会った薬屋ネリンに教えてもらったのだ。

 いま、客はルーとサディスの二人しかいない。


「いいか、おまえさんら。耳の穴かっぽじってようく聞きな! ここから山向こうの北方諸国との国境までは中立地帯だ。どこの国にも属さねえ。よって通行手形もいらねえ、庶民でも王族でも山賊でも脱獄囚でも無許可で通れるってもんだ。

 無法者とはちあわせた時のために、必ず武器をもっていけ! ないならここで買えばいい。このオレ特製の地図もな。ただし、魔法は使っちゃなんねえぞ!」


 小柄な親父ガルボが、パイプを口端にくわえながらそう説明した。

 小屋はどっしりとした石造りで、備えつけのおおきな棚やテーブルには、登山に必要な物が置かれている。

 保存食、水筒、オイルランタン、防寒具、登山靴、靴底につける金属爪、手袋、寝袋、簡易テント、小型コンロ、小型鍋、食器、登山用つるはし、コンパス、縄、懐中時計に武具となかなか品揃えが豊富なようだ。カウンターの奥にも箱のつまった棚がある。

 壁一面におおきくくり貫かれた暖炉には、人の頭ほどの石がひとつ、白熱し輝くように燃えていた。

 内側から白く燃えるさまは不思議で、つい、ルーは見とれてしまっていた。

 その石のおかげで、室内はとても明るくあたたかい。

 あれって魔法かな~と見ていた矢先だったので、「魔法は使うな」という発言に、視線をガルボに向けた。

 肌は浅黒く、黒いレンズの眼鏡をかけ、灰色のヒゲと髪はこまかい三つあみをしている。耳あてのついたビロゥドの黒帽子。金褐色の革の上着とパンツ、黒ブーツを合わせているのだが、全体の印象がなにか濃い。

 ルーの曾祖父もかなり背が低かったが、この親父はさらに低く百センチなさそうだ。

 しかも上半身2:下半身1の割合。頭でかくてものすごい短足だ。

 もともと氷雪地帯や標高のたかい山岳地などの、過酷な環境に好んで住むコォルタという民族でれっきとした人間だという。

「何故、術は使えないと?」

 旅の相方であるサディスが、ガルボに問うた。

「使ったヤツは山越えできない。〈凍死〉するからさ」

「具体的にはなにが起こる?」


「オレは日に二度は、近い谷まで魔獣車を駆って巡回している。始めたきっかけは、案内小屋によらず地図なしで山越えしようとして、遭難する馬鹿どもを拾うためだったがな。一年ほど前からだったか、何度も凍死体が見つかるようになった。

 そいつらは、まちがいなくこの小屋によって万全の装備をしたヤツだ。山のほうも調べた。いくつかの魔法を使った痕跡があった。木々はなぎ倒され岩肌はけずられ地はえぐられていた。要するに戦いの跡だ。だが、旅人を襲った正体は不明でな。

 賊との戦いにしちゃ大地の受けた被害がひどい。地形の変わっちまったところもあったからな。プルートス大山脈向こうの国境管理人にも問い合わせた。すると、魔力のない面々だけが、無事に到着してたっていうのさ。魔法のにおいに惹かれて襲ってくる野良魔獣もいるらしい。それが一年前から山に棲みついた可能性もある。

 オレ自身は魔法使えねえからな。目撃するもはち合わせることもねえ。試しに白火石をもってうろついてみたが、何も出てこなかった」


「ハクカ石?」

 ルーが首をかしげると、ガルボはパイプをもった手で、暖炉で燃える石を示した。

「魔法をこめて発火する暖炉用の石さ。この辺じゃ薪も湿ってて使えねえからな」

「へえ~、そんな便利な物あるんだ」

「知り合いに魔道具屋がいるのさ、頼んで届けてもらってる。精霊言語が詠えるなら、ちいさいヤツも売っている」

 拳大の青い石塊がテーブルに小山を作っている。燃えると白くなるらしい。

 残念だが、ルーは精霊言語を知らない。

 以前、ムーバ国の牢で会った盗賊が、魔道具を使うための二単語を習得するのに三日もかかったと言っていた。


 つまり、精霊言語を覚えるにも、ある程度の資質が必要ということなんだろう。


 サディスが青い石塊を手のひらで転がしながら訊ねた。

「山越えには何日かかる?」

「健康な人間の足で六日。険しい山歩きに慣れてるヤツなら四日だな」

 それで、サディスが白火石をふたつ購入することに決めた。

 精霊言語のできる彼に感謝だ、と思ったルーだが、数が足りないことに気づく。

「二つでいいの?」


 三泊四日だから、三つ必要ではないのだろうか?


「極寒の山中で三泊もするつもりはない」

 彼は先に買うことに決めていたプルートス大山脈の地図をひろげ、宿泊のための山小屋や洞窟の位置を確認している。


 ……三日で大山脈を越える気だ、このヒト。

 その計算には、おいらの歩く速度もちゃんと含まれているのか?


 いささか頬を引きつらせて彼を見ると、その心の不安を読み取ったのか、「心配しなくても、おまえなら出来る」と言われた。


 コザルにとって険しい雪山は障害にもならないってことかな。

 いやいや、この旅で山道や獣道は歩き慣れたけど、さすがに、おいらでも厳しいと思うよ? なんたって視界が利かないし、雪にずぼずぼ足を取られるわけだし。

 だが、彼がそう言うなら、ついて行くしかあるまい。


 ほかに何が必要になるだろうかと考えた。


 食料はある。じゃあ小物とか。

 厚めの手袋は昨日、防寒着といっしょにサディスが用意してくれていたし、縄もある。

 傷薬もあるし、コンパスはたしか彼の愛用の懐中時計についてたはず。

 寝袋は防寒マントがあるのでいらない……そうだ、明かり。


 ルーは棚に置かれたオイルランタンに手をのばす。

 細い鉄枠で鳥かごのような形の、落としても壊れそうにない頑丈なつくりのやつだ。

 ちいさなランタンなら自分の鞄に常備しているが、蝋燭をいれるタイプだし吹雪ですぐにかき消されてしまいそうなので、買おうかと思った。

 一応、聞いておこうかと彼に視線を向けると、彼もこちらを向いていた。

 彼はいま、フードマントについた防寒ベールで顔面を覆っている。

 こちらからはその表情をうかがうことはできないが、目元部分だけが特殊な透かし織になっているので視界は塞がれていない。ルーも追われる身であり、染めた赤毛も敵にバレてるので、一応はフードを目深にかぶってはいるのだが。

 彼はこちらの言いたいことがわかったようだ。

「正体不明の襲撃者は白火石には反応しない。その石には光と火のα霊がこめられている。つまり同じα霊を用いる灯の術は使えるということだ」


 灯の術は使える。じゃあこれは必要ないか。


 ルーはオイルランタンを棚にもどした。しかし、そこで気づいた。

「魔法で火を起こせるなら、白火石いらないんじゃ……」

「雪山に燃やせるものはない」


 ハイ、そうでした。暖をとるのに一晩中、灯火魔法みたいにつけるわけにもいかないか……いや、できるんだろうけど、いくら魔力の強い彼でも、なにが起こるかわからない雪山じゃ、よけいな消耗は避けたいってことだよな。

 追手との戦闘がないともかぎらないし、山越えによる体力落ちもあるだろうし。

 あ、それに白火石があれば明かりと暖の両方とれるのか。


 近くのくもった窓を手でこすり、ルーは外をみた。

 依然として山の影形すらまったくみえない。

 地図や明かりをもったとしても、あんなに視界が悪くてはいくらも登らないうちに道をはずれて遭難しそうだ。

「あの奥へ歩いて行くのかぁ……」


 ちなみに、ここまでは自炊宿から雪の中を二時間かけて歩いてきた。

 まだ平原に近いので足はそれほどとられなかったが、向かい風雪はけっこうきつかった。はぐれないように、サディスのマントのはしっこをずっと掴んでいた。

 山上はもっと気温も低いし吹雪くし積雪も多いだろう。

 いくら体力がある方だとはいえ、視界がろくに利かないのはやはり不安だ。


 ガルボが棚からゴーグルをふたつ出してきた。

「これかけて外を見な」

 緑のガラスがはめこんである。

 ルーはサディスにもそれをひとつ渡し、もうひとつを自分の目の位置で固定させた。

 窓を見れば吹雪の向こうの岩場、木々、山の形がくっきりと見える。

「便利だろ、それも魔道具屋の仕入れ品さ。目にあてると同時に遠景透視の魔法が起動する仕組みだ」

「……あれ? 精霊言語は?」

「そいつは一度起動させておけばいいヤツだからな。詠唱はサービスでやっておいたのさ。目からはずすと休止、あてると起動を自動でくりかえす。あぁ、そうだ。起動中の魔力量がすくないせいか、そいつに襲撃者が反応することはないからな。安心しろ」


 なるほど、魔道具すごいな! 

 魔力のないおいらでも使えるなんてサイコー。

 これなら足を踏みはずして、氷雪の割れ目に転落することもなさそうだ。

 と思ってはずしたら、すみっこにべらぼーな値札がついてるんだけど。


 ガルボは、にやりとパイプの煙をはきだした。

「レンタルするならふたつで大銀貨一枚だ。山向こうの国境手前にある案内小屋に、返却してくれればいい。ただし、壊したら買いとりで金貨ニ枚な」

 もちろん借りることにしたが、サディスは「必要ない」と言い、ポイとそれをガルボに投げて返した。背の低い親父は、ちょいと踵をあげてそれをキャッチした。

 ちょっと、金貨一枚ムダになるから投げるのやめてくんないかな、と仮に壊れて支払うのが相方であっても心臓に悪い。

「なんで借りないんだよ」

「感覚でわかる」


 なにそれ超感覚? あの猛烈な吹雪で地形わかるの? 

 もしや、彼には第三の目でもあるんだろうか。


 とりあえず頭の上にゴーグルは装着したままで、会計は必要なものをそろえてからまとめて払うことにして、手ごろな武器を選ぶことにした。


 長い棒状の武器が欲しいのだが、棍棒とかハンマー、メイスっていうトゲトゲ鉄球のついた柄の短いものしかない。槍はあったけどね。

 刃物は基本的においらがあつかいにくいんだよ。

 近接戦だと体格的に不利なことが多いから、柄の短いものはイヤだなぁ。

 やっぱり棍がいいな。

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