0 プルートス大山脈すそ野の自炊宿にて
少女の名はルー・クラン。
彼女の右上腕部にはまがまがしい真紅のアザがある。
それは古代クトリ王国の呪詛印。
悪しきものとして排除すべく追うキャラベ軍国の魔法士軍。
伝説の孤高の精霊〈銀彗〉の名を冠する天才魔法士サディスを護衛に、彼女は呪詛解きの旅に出た。
古代資料があると思われる〈幽玄図書館〉を探して。
〈幽玄図書館〉とは、この世から失われた本があるという、何処にあるとも知れぬ不思議な図書館のことだ。その入館証をもつ考古学者アビ・ゼルハム氏を追いかけ、ガレット国内の遺跡を巡っていた。
先月、ゼルハム氏がプルートス大山脈を越えて、リデッド遺跡に移動したことを知った。
その遺跡はキャラベの支配権が強い北方諸国にある。
ふたりはまず、白銀一色に染まる美しくも険しい大山脈を越えることになった。
9月15日、午後八時。
すきま風がふきぬける、朽ちかけた自炊宿での夜。
結界をはり冷気を閉めだしたサディスが、ふと、思い出したように言った。
「〈幽玄図書館〉は入館証をもつ者が望めば、いつでもその扉は開かれる……らしい」
「えっ」
「あと、入館証は本マニアである館長自らが、同類と見なした相手にのみ訪れ発行するとのことだ」
「そんな重要な話、いつのまに仕入れたんだよ!?」
ルーは仰天した。
これまで、霞をつかむほどに現実味のとぼしかった〈幽玄図書館〉。
眉唾じゃないかとさえ、時々疑いたくもなった。
まさかの具体的な入館証の入手方法があったとは!
しかも本マニアのみって、なんかすっごい偏ってるな!
「情報源は……例の神出鬼没の薬屋だ」
「えぇ? だってあのとき、有力な情報なかったって言ってたよね?」
責められても顔色ひとつ変えることなく、淡々と彼は話を続けた。
「ゼルハム氏の入館証に、〈有効期限消失〉と記してあっただろう。あれは何らかの理由で、入館資格を剥奪されたということらしい。つまり、使用不可だと」
「そうなんだ? でも、それって最初にカード見たときにわかってたことだよね? ……って、それじゃあ、ゼルハム氏を追うのって意味ないんじゃないか? 大山脈越えだってムダ骨に」
そこまで言って、はたとルーは考える。
じゃあ、どうやって〈幽玄図書館〉へ行けばいいんだ?
入館証が使えなくとも、ゼルハム氏なら何処にあるか知っていると思っていたから、彼を捜していたのに。そういや、あのとき、サディスがストーカーぽい薬屋に、場所を聞いといてもよさそうなものだったんだよな。
たぶん聞いて、その答えがそれだったんだろう。
「つまり、〈幽玄図書館〉への扉を開くには、何が何でも入館証が必要ってことなんだよね? それも、他人のじゃなくて自分の」
本を枕にしそうなおいらよりも、断然、勉強好きそうな彼の方が館長のお眼鏡に適いそうだが。しかし、そんないつ来るかわからないものを待っているわけにもいかないと思うのだが。
「別に自分のものでなくてもいいだろう。要は扉さえ潜れば問題はない」
……このヒト、押し入る気だ。
おそらく入館拒否されても、魔法で扉をぶち壊して突破するつもりかも。
すました顔の相方の強引さに、ルーは戦慄した。
「ゼルハム氏は博識で人望もあり学者や博士の人脈が幅ひろい。入館証をもつ者がいる可能性も高い」
あぁ、たしかに学者さんなら本好きそう。
館長の類友がいるかもってことなんだね?
「でも、言っちゃなんだけど、本好きって世の中にたくさんいるよね?」
「それこそ闇雲に捜していてはきりがない。すでに〈幽玄図書館〉とのつながりのある人物からたどる方が、こちらが見落としている入館の手がかりを見出せる可能性もあるはずだ。よって予定は変更しない。大山脈越えの準備は明日の朝からだ」
──とても理路整然と言われたが、なんとなく釈然としない。
闇雲に捜してもきりがない。それはわかるが、入館証が使用不可で〈幽玄図書館〉との縁が切れた人のまわりで、ほかに入館する方法なんて見つかるのだろうか?
根が正直すぎる彼女は、それが思いきり顔に出てしまったらしい。
借り部屋の隅にあるたたんだボロ毛布を、ぼすっと顔に投げつけられた。
「疲れを残さないよう、早めに休んでおけ」
労わりのことばとは裏はらに、彼の手は正直だ。
おそらく彼とていくらか、自分の台詞の無茶ぶりに気づいているのだろう。
それだけ難題にぶつかっているということだ。
ところでいま、ふたりは色違いのおそろいの衣装を着ている。
室内なのでマントは畳んで荷物の上に置いているが、サディスが調達してくれた老舗衣裳屋バルデンモーアの防寒着だ。
毛織のシャツ、ズボンの上に、ゆったりとした立て襟の膝丈ジャケット。ルーが茶色でサディスが灰色。色合いも上品で保温性にも優れている。
何故、同じ型にしたのだろうと思い聞いたら、防寒着の中で一番シンプルなのがこれだけだったかららしい。追われる身なので目立つはよしとしないため。
「おそろいだとなんか兄弟みたいだね」と言ったら、「それは断る」と、即座にお断りされた。
その後もなかなか寝つけないので、話をぽつぽつ続けていたら、彼が子どものころに、訪ねてきた幽玄図書館の館長を浮遊霊と勘ちがいして、三ヶ月もスルーし退散させていたことが発覚。
そんな子どものころから人間ギライ発揮しなくていいのに!
そうすれば、今ごろとっくに………いや、よそう。人生、間の悪いときだってある。
しかたないじゃないか。おいらだって、真夜中に家にはられた結界をたたき続ける……そんな変質者まがいな登場のされ方をしたら、どん引いて見なかったことにするかもしれない。
浮遊霊だと思ったのも、目を血走らせ長い髪をふり乱し不気味だったからだと、彼は言っていた。
うん、たしかに目をそむけたくなるよね。
──それに回り道だって、そんなに悪くはないはずだ。
すきま風はないし、買ってもらった上質な防寒着はあったかいし、ついでに寝ぼけておおきな左手でつつむようにつかまれた右手も温かい。
廃棄塔で出会ったころより格段に仲良くなれてるのは、勘違いじゃないはずだ。
……と思いたい。
外の吹雪が木板の窓をたたいている。
さきほど魔法の灯火を消したせいで部屋は闇の中。
隣接しているせまくて簡素な寝台で、すでに眠りの国へ向かってしまった彼は寝息すらとても静かで、手を握られてなかったらそこにいることさえ忘れてしまいそうだ。
あれ、そういや、手首じゃなくて手なんだ?
だからどうしたと自分にツッコミをいれながら、ルーもうとうとしはじめた。
ふいに、乾いた砂地をおしあげて地下から清んだ泉が湧きだすように、心の奥の深い深い場所からひとつの声が届いた。
そう、きっと……〈今度〉はだいじょうぶ。
〈彼〉ならきっと、最期の時まで傍にいてくれるはず。
もう、独りになることはない……
ルーはぼんやり「そうだね」と、つぶやき返して、そのまま眠りへと落ちていった。
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