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Silver tails ―少女は禍星の下を駆ける―  作者: 百七花亭
【Ⅱ】 魔法士と憑物士の因果
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◆幕間⑧ ナゾの洗濯女の使命

本日、二話連続更新。幕間⑦と幕間⑧。

最新話にアクセスした方は前ページ(幕間⑦)から読んでください。


 9月16日、午前八時。


 城の敷地内にある洗濯小屋でせわしなく働きながら、ふと若い洗濯女が思い出したように言った。


「最近、あのお馬鹿な殿下見なくなったわね」


 汚れたシーツを両手にかかえて持ちこんできた年かさの女中が、どうでもいいことのように返した。

「またお忍びで城下に出て遊びほうけてるんだろう」

 でも、と若い洗濯女は首をかしげる。

「いつもは三日と空けずに城内で鬼ごっこしてたでしょ? 特に洗濯物干し場にちょろちょろ来てたし。たしか、お役目で国を出て帰城してからもう十日も経つけど、厨房や裏庭でも見てないって、料理番や庭師のおじさんが言っていたわ」

「ああ、そりゃあ、離宮で謹慎中だからだよ」

 洗濯物を干し終えて、カラの編みカゴを手にもどってきた太った洗濯女が口をはさんだ。

「謹慎中?」

 またいったい何をやらかしたのやらと、若い洗濯女は思う。

 彼女は以前、背後からいきなりスカートをめくられたことがあった。

 鬼ごっこで隠れた相手を探していた子供が、不自然にゆれるスカートの中だと思いこみめくったという。


 裾に猫が入りこんだのに気づかず、洗濯をしてた私もなんだが、わざわざ尻の位置までがっつりめくるヤツもどうなのか。


 ゲンコツを落としたあとで、その子供が、いい歳したわが国の第一王子ドナルド殿下だと知った。ちびっこ過ぎて実感なかった。

 ちびの上に、灰色の付けヒゲや丸メガネといったおかしな変装をしていた。

 よく見ればすごい童顔で、背は百六十八センチある私の肩より下だった。

 謝るどころか権力をカサに盛大に威張りちらし見下してきたので、洗濯女といえど未婚の女のスカートに手をいれるのは戦争にかこつけて略奪をおこなう蛮人と同じだ恥を知れと言ったら、ものすごい狼狽して殊勝にあやまってきた。


 馬鹿だが意外にすなおな王子でよかった。


 一応、そのあとすぐ荷物をまとめて、いつでも逃げ出す準備はしておいたのだが、杞憂だった。

 翌日、けろっとした顔で洗濯場に現れ、鬼ごっこを誘ってきたからだ。

 もちろん、ていねいに辞退した。

 そしたら、その後も頻繁に洗濯場に出没するようになり、しつこく誘ってきた。

 しかし、そのうち仕事があるからととりあわないでいると、どうあっても構ってもらえないことを学習したらしい。

 誘うのはやめたが、それでも三日に一度は来て一方的にくだらないことをしゃべって、大臣を追いまわして洗濯場をぐるぐる走り回ってから去る。

 ということが日常化していた矢先だ。


 あんなのが世継ぎで大丈夫なのかと、この国の未来を憂えたが、私の尊敬する人生の大先輩たるババさまの言葉では、キャラベ国の王族の中でアレが一番まともなのだという。

 なにかあったら、陰ながら助けてやれと命じられた。

 つまり、私はババさまの指示で洗濯女に身をやつしているわけだ。

 あぁ、貴重な青春が湯水のごとく流れてゆく幻影がみえる。

 面倒だからやりたくなかったが、私がババさまのたっての頼みを断れるはずもない。

 殿下との接近は偶然だったが、軌道修正するほどの誤算にはならなかった。

 それにしてもアレが一番まとも……ねぇ。鬼ごっこする十七歳が。

 まぁ、たしかに、甥をけ落とそうと度々刺客を送っていた腹黒い王妹や、王族すべてを殺そうとしていた毒殺未遂犯の腹ちがいの弟に比べたら、マシなのかもね~。

 優秀な部下に恵まれているようで、参謀とその弟ひきいる魔法士団第十六部隊がすべて未然に防いでいたのだけど。

 たぶん、本人守ってもらったことにすら気づいてないんじゃないかしら。

 いつも危機感の足りない顔してたから。


「謹慎って? あの殿下、王様に怒られるようなことでもしたのかい?」

 年かさの女中が聞き返すと、太った洗濯女は得意そうにうなずいた。

 若い洗濯女はささいな情報ひとつも聞きもらすまいと、そちらに目を向けた。

「ホラ、ポトリの殺人鬼をとり逃がした罰だって。番兵が話してるの聞いたんだ」


 ポトリってなんだ。

 もしや〈クトリの殺人鬼〉のことか。


「ちょ……、あんた、番兵の話って……王様のお庭にまで入ったのかい!? 首が飛ぶよッ」

 女中は驚いたように声を上げた。

「洗濯物が突風で飛んじまったからさ~、夢中で上見ながら追いかけてたから、気づかなかったんだよ。王様のお庭じゃないよ、離宮の裏庭」

「殿下のお庭じゃないか!」

 でへへと太った女は笑ったが、洗濯女というものは城の中、使用人の中でも最も地位が低い。見つかったら問答無用で手討ちにされてもおかしくない。

 他人のことはいえない若い洗濯女だが、自分と彼女ではまったくちがう。

 自分なら、この軍城においても逃げだす算段はちゃんと用意していた。もちろんそれは秘密だが。

 青ざめる女中と若い洗濯女にむかって、楽天的な彼女は、大丈夫だって! と肩をすくめてみせた。

「なんかすごく立てこんでたみたいでさぁ、番兵に睨まれて、さっさと行けって追い払われただけだよ」

 それはものすごく運がいい。

 若い洗濯女は一回りは年上の彼女に、それを忠告しておくべきかと口を開きかけたが、おでぶさんの方が早かった。


「あっ、そうそう、でもなんかおかしなコト言ってたよ! ここ三日ほど参謀殿を見ないって。殿下が離宮から出ないのは当たり前だけど、参謀殿まで出てこないのは変だよね~あたしファンなのに~」


「あっきれた、あんたまさか一目見たくて侵入したのかい!?」

「あはは、バレた~?」

 三日前から、姿を見せなくなった殿下と、彼の守り役でもある参謀のロリン・ロビン。


 これはマズイ。


 若い洗濯女はすすいだシーツを適当にしぼってカゴに積み両手でかかえると、洗濯物干し場へ行くふりをしてその場をあとにした。


 ババさまの危惧したことが起こっているのかも知れない。

 急いで彼らを探さなくては。

 ──生きていてよ、ドナルド殿下。


次回、【Ⅲ】本編に戻ります。

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