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Silver tails ―少女は禍星の下を駆ける―  作者: 百七花亭
【Ⅱ】 魔法士と憑物士の因果
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◆幕間⑦ 仕組まれた陰謀と殿下の悲劇

本日、二話連続更新。幕間⑦と幕間⑧。

追手サイド・殿下の処遇の話…と見せかけて獅子身中の虫発覚。


 9月13日、午後三時。


「むあああっ、納得いかーん!」


 軍国キャラベの王城敷地の片すみにある〈森の離宮〉にて。

 ドナルド殿下は吠えていた。なんせ自由気ままがモットーの第一王子である彼が、もう八日もカゴの鳥となっているのだ。

 しかも、まだあと二十二日も離宮から出られない。王命だからだ。


「あの厳格で威厳に満ちていてカッコよくてガタイよくて勇ましくてたくましくて堂々としていてシャレや冗談のひとつも通じない、言おうものならとぎ澄まされた巨大な両手剣のような威圧と視線でバッサリ斬りすてられる。父上の命令だからだッ! 

 そもそもこの国で余に命令できるのは父上だけだ。──だから、よけい納得いかぬわ──ッ」


 ことの起こりは、わが国から逃亡した〈クトリの殺人鬼〉をとり逃がしたせいだ。

 こやつは古代クトリ王国の呪詛を受け、手当たりしだい生き物を殺傷することからついた名であるのだが、わが国にはたびたびこのように物騒なものが海岸に漂着する。

 禁忌の海域が近いせいだ。

 禁忌というからには聞いての通り、ヤバイ海域ということだ。

 ほかにもいろいろ漂着するが、とり逃がすと一番厄介なのが〈クトリの殺人鬼〉なのだ。

 これを狩ることは国の長子たる、余の努めなのだ。

 いや、でも実際、狩るのは余の部下たる魔法士どもなのだが。

 でも、こやつらがしくじると責任は余にふりかかる。

 余の部下どもの半数近くは、もとはどこの組織にも国にも属さぬ野良魔法士だ。

 金で釣りはしたが、腕はみなたしかなのだ。現に、〈クトリの殺人鬼〉は、もともとちゃんと捕まえていて廃棄塔に放りこんでいたのだから。


 じゃあ、なぜ逃げたのかといえば、クレセントスピア大陸でも超有名な、〈銀彗の魔法士〉が逃亡手引きをしたからだ。

 その恩師である大魔法士ノアの曾孫が〈クトリの殺人鬼〉だと知り、スターブレス島まで手勢をひきいて追いかけたまではよかったが──そこにはいなかった。その上、連れていった七十名の魔法士が、あの老いぼれクソジジイのおかしな術でクラゲのごとく骨抜きにされてしまった。

 さらに奥の手としてもちこんだ大量の新式魔法武器まで破壊されてしまった。

 銀彗の魔法士に。

 これはマズイ、開発に莫大な国家予算がかかったものなのに。

 だが銀彗があれほどの美形であったとは。眼 福 天 国。

 いやいや、父上に無能呼ばわりされるかと冷ややかな罵倒の幕があがるものと予測して帰国したが、意外にも使えない部下どもはおとがめナシ。

 そう聞き喜んだのもつかの間、余には離宮で一ヶ月の謹慎処分。

 厳しすぎると抗議したが、あっという間に王の間からほうりだされてしまったのだ。

 余の参謀であるロリンが「これ以上にない温情ですよ。表向きは」と言っていた。

 ということは、ウラを返せば温情ではない、になるのではないか。

 え? それはいつもの冷徹で冷酷無比な父上の判断と変わらないということなのであろうに。なにがちがうのか。


「殿下のこのたびの失態は、王位継承をねらう者たちにとってまたとない好機。いま、殿下ご自身が動かれないほうがよいのです。足下をすくわれかねません」


 余の知らぬところで、余をケ落とそうとゾウリムシどもがうごめいてるのはわかった。

 しかし、そんなのは今にはじまったことではなかろ。

 余はゆいいつ正妃の子であり、正統な世継ぎの君なのだ。

 父上も大臣もこれまで、その世襲制度に異論をとなえたことなどないではないか。

 だが、〈クトリの殺人鬼〉の追撃は、腹ちがいの弟に引き継がせるとの王命がでた。

 アレを狩るのは国の長子の務めではなかったのか。

 余以外がやってどーする。それじゃ、まるで………。





 ノックが聞こえた。

 ドナルド殿下が応じると、筋骨隆々とした男がはいってくる。

 手にはうすい白木の箱をいくつか重ねもって。

「なんだ、バドウェン隊長か。何用だ」

「いやぁ、城下で流行の菓子を買ったんで。長期休暇をいただいた礼にと、殿下にお持ちもうした」

 使いこまれた革製の鎧を、いつも普段着のように着用している。

 無骨さ丸だしの傭兵といった風体で、似合わぬ丁寧語をつかう。

 テーブルの上に菓子箱をおいた。

 白木の蓋には〈アマンチュール〉という店名が焼き印されている。

 そういえば、今年の王都の菓子コンテストで一番だった店だ。女中たちが休暇で城下町におりても予約待ちで、なかなか買えないものだと話していたのを思いだした。

 その話題の菓子が目の前に。


 菓子は好きだ。一日三食菓子でもいいほど大好きだ。

 とは言え、さすがに先ほどまでの考えに重く気が沈んでいるためか、手をのばす気にもならない。あとで食えばよいか。

 ……うむ。余にしてはめずらしい判断かもしれないな。


「おや? お食べにならぬので? いつもならすぐ飛びつかれるのに」

「余はそんなお子サマではないぞ、謹慎中でも考えねばならんことが山積みだからな。菓子を食ってるヒマなどないのだッ」

 ムッとして睨みつけたものの、男はニッと笑って悪びれた風もなく言った。

「それは失礼いたした」


 こやつは魔法士団第十九部隊隊長バドウェン・ゾル。

 余のもつ魔法士団は第十六部隊から第二十部隊までの五つある。

 ぜんぶで二百五十人。一部隊五十人編成で各隊長がいる。

 第十六部隊がいわゆる精鋭なのだが、前回のスターブレス島で全滅。

 隊長のガジュが大ケガで動けない。あやつはロリンの弟でもあるのだが、兄とちがって黒髪女を拷問したがる粘着質なヘンタイ……まあ、それでも、魔法士としての腕は余の部隊の中では一番なのだが……使えないのでは、いたしかたない。

 ロリンに今は動くなと言われたが、そーゆうわけにもいかん。

 余がいまだかつてないピンチに立たされている自覚があるからだ。

 いや、今までもピンチらしきものはあったと思うが、そのたびにロリンがなんとかしてくれていた、気がする。

 苦労ごとはまったく報告してこないので推測にはなるが。

 余がものすごく不愉快な思いをしたり、命の危機を感じた相手は、いつのまにか城を出ていったり失踪したりしていたので、たぶん、彼がなんらかの対策をした結果であろう。

 こまかいことは知らんが、とにかくそのぐらいのことはあのやさしい笑顔のウラで、朝飯前にやってのける手腕はあると信じておる。

 でも今回、ロリンは動かないことを選んだ。

 余が動いてはならないということだ。

 でも、部下をこっそり動かすぐらいならよかろう。

 いろいろあって余の手持ちの魔法士軍は、現在、半分以下しか使いものにならない。

 銀彗の魔法士が〈クトリの殺人鬼〉を逃亡手引きしたときに、目潰しをくらって視力回復に十日以上もかかったり、スターブレス島でジジイの罠につかまって以来、いまだ夢現にぼんやり状態になったままの者たちがいるからだ。


 目の前の、革鎧をつけていてもなお筋肉の隆起があつくるしい男をみる。


 腕は、ガジュの次には立つはずだ。

 こやつの部隊は先日まで休暇だったため、スターブレス島での作戦に参戦はしなかった。こやつでよいか。


 バドウェンが、きょろきょろ辺りを見回しているのに気づいた。

「ところで今日は参謀殿はどちらに?」

「弟の見舞いに行っておる」

「そうですか」

「なんだ? ロリンに用があるのか」

「いえ、いつもなら参謀殿は殿下の子も……うしろに控えておられるので……めずらしいなと」

「別にめずらしくはないぞ。ロリンはよく働くからな」

「そうですか」

「バドウェン」

 できるだけ威圧がふくまれるよう重々しくその名を呼ぶと、彼は「はい?」と笑顔で返事をした。

「そちに命じる。〈クトリの殺人鬼〉を始末せよ!」

 目の前の、大男の笑顔が固まった。ついで瞬きを二度する。

「……は? それは確か、メイリィ殿に王命が下ったと、先ほど聞いて参ったが」

「バカ者め! アレは余の務めじゃ! 市井育ちのモヤシなんぞに手柄を奪われてたまるかッ」

 つい激昂して怒鳴った。すると、バドウェンはかるく頭を垂れた。

「お引き受けいたそう」

「おおッ、そうか!」

「と申したいところですが、残念なことに」

 顔をあげたバドウェンの、口角の片はしを歪めたなんともいえない不遜な笑顔に、おもわず一歩うしろに引いてしまった。

「え?」

「某の身柄はすでに殿下のものにあらずなのです」

「それは、いったい……」

「先日付で王命を拝しもうした。某と以下第十九部隊をふくむ、殿下の現配下にいる魔法士全軍二百五十名の解散。希望する者のみメイリィ殿下の部隊へ移籍をゆるすとのこと──」

 すぐに、頭が回らなかった。

 バドウェンはほかにも何か言ってたようだが、気がついたら離宮をとびだしていた。


 このときもっと落ちついて、冷静になり、ロリンがもどるのを待てばよかったのかも知れぬ。だが、余はこの国の第一王子で、王位を継ぐべき立場のはずなのだ。

 余の部下をぜんぶもぎとるなど、父上はなにを考えて───。





 八日ぶりに王の間を訪ねた。というか、入口で押しとどめようとする兵たちの足下をかいくぐって、必死に転がりこんだ。

 父王は、高い玉座の上からガラスのように冷めた虚ろな目で、無言でこちらを見おろしていた。


 ふいに、コレは誰であろうかと思った。

 これまで当たり前のように父上だと思っていたが──

 昔からこんな風だっただろうか? 

 なにか……なにかよくわからないが、違和感を感じる。


 そう考えて足踏みする間にも、兵たちが外につまみだそうと押しよせてくる。

 たまらず玉座への段差をかけあがり、父王に飛びついた。


「父上、余は父上にだいじな話があって」


 とたんに違和感の正体がわかった。


 距離だ。いつ頃からかあまり近づかなくなった。

 やけに刺々しくなった。怖くなった。

 いや、もとから怖い人だが。

 罵倒がひどくなった。遠くから見るようになった。

 だけど、昔はとなりに座って食事したり話すこともあった。

 それは大切な記憶のかけら。

 その腕にとりすがり声をかけたとき、雰囲気や匂いが、昔のそれとまるきりちがうと感じた。

 以前の彼は、万年凍土から削りだされたような荒々しく巨大な氷の刃のようだった。

 銀彗の魔法士を見たとき、すこし似てるとも思った。

 なのに、目の前にいる王冠をかぶった男は、灼熱のひからびた大地から噴きたぎる溶岩のようにどろどろしている。

 本物にはまなざしの中に威厳と知性があった。

 この男には底のみえないほどに暗い欲望が渦まいている。


 イメージ的なものしか浮かばないが、すべてをひっくるめて、言いかえることのできる言葉はただひとつ。悪寒。


 これは父上ではない……?


 我に返ったのは、兵たちに四方から引きはがされそうになったとき、とっさに手のひらに力をこめた。布の裂ける音。男の豪華な左袖がやぶれた。

 そこにあるはずのない、あってはならないものを見つけた。


 まがまがしい鮮紅色の、三叉の矛に串刺しにされた海ヘビのアザ。

 それは、古代クトリの呪印。〈クトリの殺人鬼〉たる証そのもの。


 おどろいたのは殿下だけではなかった。

 その場にいた十人近い兵が声もなく息を飲んだ。

 いきなりドナルド殿下の頭は、がっしりとした大きな手でつかまれた。

 キャラベ王の顔をした男の口が、野獣のように歯を剥きだして笑うのが見えた。


 うぬぅっ、ニセモノ決定だ! 

 高貴な生まれの父上がこんな下卑た笑いをするわけがないッ!


「さてもさても困りましたな」


 老人の声が近くで聞こえた。

 頭をつかまれ押さえられてるせいで、腰より下の長衣しか見えないが、このしわがれ声には覚えがある。王の腹心ググヌ。王宮魔法士。


「片付けろ」


 ニセモノが父王と同じ声で命令した。

 ググヌは「御意」と答えた。

 しろい閃光とともに焼きつき焦げる脂のにおいと、一瞬にして消されたとりかこむ兵の悲鳴。

 ドナルド殿下の意識も、まばたく間に閃光にのまれて消えていった。

幕間はあと短い一話分で終わりです。

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