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Silver tails ―少女は禍星の下を駆ける―  作者: 百七花亭
【Ⅱ】 魔法士と憑物士の因果
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◆幕間⑥-2 恋わずらいは霹靂のごとく

「──そっちの方がよいですよ」

 やわらかい微笑のまま顔を近づけて、兄ロリンがのぞきこんでそう言った。

「?」

 突然なにを言われたのかわからず首をかしげたら、顎から脳天に痛みがつきぬけた。


 いったい、いつになったら治りやがるのか……ッ。


 掛け布に頭をつっこむようにしてガジュが痛みに耐えていると、後頭部をそっとなでられた。それで髪のことだと気づいた。

「手術に邪魔だと、薬師殿が問答無用で切りましたけどね」

 願掛けで腰まで伸ばしておいたはずが、いつのまにかバッツリ肩の下までになっていた。


 銀男の攻撃に巻きこまれた時にでもやられたのだろうと思っていたが、薬師ジジイだったのか! あんの老いぼれミイラめ! ヒトの断りもなく!

 ガキのころから知ってるせいでオレを恐れもしない。むしろ天敵というヤツだ。

 殿下専属の薬師でこちらが手が出せないことをいいことに、見下すは、鼻先であざ笑うわ……いつかきっと、あの三本しか毛のない頭に煮えたぎった油をぶっかけてやる。


 そんな殺意が沸いてるなか、兄は目をほそめて珍妙なことを言った。

「薬師殿に感謝しなくては」


 ……………は? いまなんと言ったか兄上?


「そっちの方が爽やかでいい感じですからね」


 ………サワヤカ? いったいなんだ? なんのことだ? 

 前髪まで短くされたせいで、やけに視界が広いが……それといい感じとなんの関係がある。


 また首をかしげかけて、思いとどまった。


 いかん、また激痛が走る。


「ひさしぶりに、わたくしの弟の顔を見た気がします」

 なでなでと両頬を、壊れ物をあつかうかのようにやさしくなでられた。


 兄上の顔は柔和でととのっている。なんというか、例えるなら草食系小動物に似ていて癒される。性格も物静かで、頭もすこぶるいい。

 あの傲慢非常識な殿下を手玉にとり、本気かどうか知れないが愛でつつもあやつって、孤児たる自分たちの居場所をちゃっかり王城内に確保したのだから。

 魔法士団の第十六部隊隊長も、兄上のおかげで得た役職だ。

 オレと血縁というのが冗談のように、よくできた世渡り上手な自慢の兄上だ。


 なでる指先の感触がちょっと気持ちよくて、うっかりほんわりしかけて、はっと我に返る。兄の目が微笑んでいるようで、こちらを探っているのに気づいたからだ。

「ところで、ガジュ。スターブレス島でなにがあったのです? 殿下の命令にも応じず、かと思えば、いつのまにか撤退する軍の魔獣車の中で、たいへんな怪我をして転がっていましたし」

「……」

「とはいえ、怪我の悪化のさまから推測すると、ずいぶん時間も経っていたようですから……正確にはスターブレス島に着く前からですね。貴方に傷を負わせることができるとなると限られますから……やはり、サディス・ドーマですか?」


 まさか、狙った獲物にフイをつかれてやられたとは、いくら兄上にでも言いたくはない。しかも、相手はチビでガリで野蛮なサルのような黒髪女だ。

 この事実にいまもって信じられない心境なのに。

 尊敬する兄上にダメ出しされるのは痛すぎる。


 すると、兄は困った顔をした。

「顎を固定していてしゃべれないとはいえ、首を振って答えるぐらいできるでしょう?」


 無理、痛いのだ!


 じいっと見つめて目で訴えてみた。

「え、まだ無理なんですか?」

 勘のいい兄は察してくれた。


 あの黒髪女については、兄上に再びツッコミを入れられる前に片をつけよう。

 だから今は聞かないでくれ。


「しかたありませんね。じゃあ、安静に養生してください」

 あきらめた兄の横顔がちょっと憂えていた。


 なにか心配ごとがあるのか。


 兄はためいきをつくように言った。

「殿下の指揮下にある第十六部隊から第二十部隊の過半数は、今しばらく使い物になりません。逃亡中の〈クトリの殺人鬼〉については、王命で、メイリィ殿の部隊が追うことになりましたから」


 メイリィ? ……あぁ、あの。


「新式の魔法武器の損失や、〈クトリの殺人鬼〉の国外逃亡を阻止できなかった今回の不手ぎわをふくめ、殿下は離宮にて一月の謹慎処分を言い渡されました。魔法士部隊へのお咎めは不問にするそうです」


 ……謹慎処分だけですんだのか。

 あの厳格なキャラベ王にしては、ずいぶん甘い処罰だ。

 部隊には減給か降格ぐらいは食らうだろうと思っていたのに。

 外海の侵入者や未知の危険生物の流入、および、北方諸国を支配下におくがため、その政治手腕はつねに「非情であれ」が王の信条だ。

 身内だから甘やかすということはありえない。なにか、ほかに目論みが? 

 ……思い当たるのはやはりアレか。

 メイリィといえば、一年ほど前に下町で見つかったばかりの王の隠し子であると聞く。

 王位継承順では七番だったか。〈クトリの殺人鬼〉を排するのは、この国の嫡子が担うべき重要な任のひとつだ。無論、動くのはその直属部下、とりわけ精鋭ぞろい(だったはず)の第十六部隊になるのだが。

 その代役に、いきなり下町育ちの王子を任命するとは、王もずいぶんと気前のいいことをする。これで任務完遂でもすれば大出世はまちがいなしだ。

 おそらく王位継承順位も繰りあがるはず。それにより第一位の殿下の降格、あるいは廃嫡もありうる。というか、むしろそれが狙いなのか。

 キャラベ王は世襲制だ。たしかにドナルド殿下に王位を継がせるのは不安だろう。

 オレよりわずか二歳下の十七歳のはずだが、頭に花が湧いたような万年お子様では、国の未来を憂い早々に見切りをつけたくなる気持ちもわからんでもない。

 だが、なぜその代わりがメイリィなのか。


 ガジュはまだ本人を見たことはない。彼が城内に住んでないからだ。

 兄すらもまだ一度も見たことはないと言っていたし、おそらく城勤めのだれもがそうだろう。王とその側仕えと殿下をのぞいて。

 メイリィの希望で、王宮敷地から近い貴族街に住居を与えられていると聞く。

 一年前に一度だけ直に会ったという殿下が、


「日陰で育ったモヤシのようにひょろりとしておったぞ。顔は凡庸すぎてうまく説明できんが、街中にまぎれこんだら探すのはさぞ難しいであろうな」


 と言っていたので、よほど特徴のない平民顔ということだろう。

 しかし、それは正式に王に引き合わされたわけでなく、殿下が大臣相手に鬼ごっこをしていて、城の裏庭で迷子になっていたメイリィと偶然ぶつかったことで知ったのだという。

 毎月さいごの日に、王家の血縁につらなる者が、定例会議のため城に集まる。

 つまり殿下にとっての叔母や従弟といった親戚だ。

 夜は一族へのねぎらいもこめた晩餐会がある。

 使用人から厨房で見知らぬ者に会ったことを聞いた兄が、殿下の昼の食事を止めた。

 城のあちこちから悲鳴がとどろいた。

 城づとめの大臣や長老たちが血を吐いて倒れた。毒物による即死。

 王家の一族は、途中で飽きてぬけだした殿下も含め、定例会議で昼食がずれこんだのが幸いし全員助かった。


 疑わしいのは厨房にまぎれこんでいたと思われるメイリィだ。

 殿下が彼と出会った裏庭は厨房のすぐ側だった。

 だが、彼が犯人である確証はない。証明できない。

 なにせ毒を入れた場面を見たわけでも、証拠があるわけでもないのだから。

 結局、料理長以下十五名の料理人たちが、文字通り首を切られ、すべてうやむやになった。一介の料理人風情が王家に仇なすとは考えにくい。なのに王は、詳しく調査させるでもなく、メイリィについてはまったくのお咎めなしで終わった。

 だからこそ、この件に関しては王に対し、一族に根強い不満が残っている。

 自分たちも危険にさらされる寸前だったのだから当然だ。

 王がメイリィを庇っているようにもとれた。

 そして、いまだに公に姿を見せないメイリィに到来した大きなチャンス。

 つい、不審げな目つきになったガジュに、兄はうなずいた。


「ええ、嫌な感じです。王位継承上位の方々をすっとばしての御指名ですから」


 そう、現キャラベ王にはいまだ独身の同母妹、既婚の異母妹とその子どもが三人いる。

 継承順に言えば、上から王直系の子→王妹→王妹の子になるので、殿下とほぼ同じ時期に生まれた愛妾の子であるメイリィは、本来なら二番目に来なくてはならないのだが──。

 彼が生まれてすぐ、継承争いを好まぬ身分の低い愛妾は、赤子を連れて後宮を去った。その赤子には、王とおなじ楓のアザが首にあったという。

 それが唯一の証拠として去年、王宮に迎えられたメイリィだが、いかんせん王族としての教養、知識が皆無ということで、現段階での継承順位は末尾の七番となったのだ。

 ガジュはひとつ息を吸いこんだ。


 ここは、オレが手柄を立てるしかあるまい。

 メイリィの率いる部隊よりもはやく〈クトリの殺人鬼〉───あのいまいましい黒い雌ザルの首を獲って、王の御前に献上するしかない。


 そう心に決めたときだった。

 さすがは兄というか、以心伝心とでもいうのか。

 彼は自分のことをよくわかっていた。

「貴方のことですから、動けるようになればすぐにでも、単独であの娘を追うつもりでしょう」


 もちろんだ。


 ふいに、扉がノックされた。

 兄が答えると、淡い金髪をきっちり頭の上で結いあげた、壮年の女中がはいってきた。

 手にした盆には粥と思わしきスープ皿。

 寝台のすぐ脇にあるちいさなテーブルに手際よくセットすると、一礼して出てゆく。

 なんとなく、その後姿が扉の向こうに消えるまでながめていた。

 すると、兄が訊ねてきた。

「どうかしましたか? ガジュ」


 なにが?


 意味がわからなくて兄の顔をみた。

「彼女が部屋に入ってから出てゆくまで、じっと見ていたでしょう」


 ……いや。べつに。


「あぁ、もしかしてあの女性が気になるんですか?」


 ババアに興味はないぞ、兄上。


「ちがうのですか? 人並に恋してもいい年頃なんですけどねぇ…」

 兄はつまらなそうに息を吐いた。


 子守に忙殺されている兄上には言われたくない言葉だ。

 というか…………なんだ、恋って。ただ、少々、さっきの女の金髪が気になっただけだ。 そう、気になったのは髪の色で…………………………ナゼ………?


 また、スターブレス島で会ったあの顔色の悪い病弱そうな、でもって強そうな意思をやどす瞳の金髪娘の姿が、あざやかに脳裏をよぎった。

 一度思いだすとなかなか消えない。

 すると、また疑問のループも復活する。


 名を聞いておけばよかったとか。会いたいとか。

 会ってどうする。なんのために。

 拷問したいのか血を見たいのか。

 いや、ちがう。ぜんぜんちがう。

 ただ、そう、もう一度会いたい、それだけだ。

 会って、それから……?


「そうだ、金髪……」

 兄が、ふと思い出したかのようにつぶやいた。

 なにか見透かされたような気がして、ギクッとした。

「〈クトリの殺人鬼〉たるルー・クランですが」

 そして、思いもよらない情報がその口からもたらされた。

「スターブレス島では〈金髪の病弱な娘〉に変装していましたから。今後は、そういった誤魔化しも視野にいれて追跡してくださいね」


 ────いま、なんと?


 いつのまにか暗雲がたれこめ暗くなった窓の外で、ひとすじの稲妻が落ちた。





 いつまでも寝ていられるか!


 その日のうちに薬師ジジイの元へと這ってゆき、いますぐ支障なく動けるようにしろと呻き声だけで脅したところ、「どおなっても知らんぞ」と、強力な痛み止めと怪しげな液体を何本か注射されて、ようやく上下の顎骨を固定する金属糸が抜かれしゃべれるようになった。

 そして、まだ夢の中を彷徨っている部下どもにも、覚醒薬を投与させて無理やりたたき起こし、戦線復帰の準備を整えた。


「待っていろ、黒髪女め!」


 謀られた怒りとはまた別に、胸中にかかる靄がなんなのか、気づかないままに彼は行く。

 この日、わずか数時間のち───同じ王城の敷地内で、敬愛する兄とおまけの殿下が失踪するとは思いもよらずに。

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