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Silver tails ―少女は禍星の下を駆ける―  作者: 百七花亭
【Ⅰ】 クトリの呪詛
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8 難攻の呪詛解き

 庭の四阿で曽祖父ノアと朝食をとった。

 あのフリル衣装の山は、彼が届けてくれたものだという。

 なんとなく、そんな気はしていた。〈女の子らしゅー〉が好きそうなので。

 記憶がないのは何かと不便だ。少しでも自分と周囲について把握しておこうと、食後のお茶を飲みながら曽祖父から話を聞いている。


「実はな。おまえさんの乗っておったガンドル号は、ずいぶん前に見つかったんじゃがの。すでに難破船のごとくぼろぼろで、乗組員は誰もおらんかった。もしやと、禁忌の海域に近いキャラベ国に、黒髪に碧瑠璃の瞳の娘が漂着したら保護して欲しい、との要請を出したんじゃが……それは出来んとつっぱねられての。侵入者に寛容であっては国は守れぬとの一点張りじゃ。しかも、一番弟子たるサディスは、半年以上前から旅に出ておって所在もつかめんし。〈銀彗の魔法士〉ゆうてな、今じゃあ、わしより人気あるからの。きっと、あちこちでひっぱりだこなんじゃとは思うが……なにも音信不通にならんでもよかろうに」


 ぶちぶちとぐちり始める曾祖父に、ルーは言葉の意味がわからず問うた。

「ギンスイってなに……?」


「このクレセントスピア大陸につたわる伝説の精霊の名じゃよ。〈天駆ける銀の箒星のごとくうつくしくかつ強大であるかな〉。魔法士の仕事というのは元来、悪魔憑きとよばれる憑物士の殲滅での。その憑物士の生みの親であり、元祖ともいわれるのが女人ララ・ギネ。彼女はよろずの悪魔を身のうちに召喚し、大陸を焦土に変えてしもうた。まだ魔法士がおらなんだ時代のこと、人々はただ祈るしかなかった。その願いにこたえ、ララ・ギネを滅したのが銀彗といわれておる。あやつが冠するにふさわしい呼び名じゃろ」


「………うん」

 一瞬だけ、脳裏に、まっくらな夜空の闇をかけぬける銀の箒星を見たような気がした。

 ルーは目をぱちぱちとまばたく。


 幻? それともなくなった記憶なのか。


 ふうとノアが息をついたので、ルーはそちらへ意識を向けた。

「……とゆーわけでな、捜索はかんっぜんに行きづまっておったんじゃ」

「でも、サディスが助けに来てくれたってことは、旅から戻ったんだよね? 偶然?」


「そうなんじゃ、ほんとにもぉ、ダメダメかと思っておった時に、絶妙のタイミングでな! しかも、館内外の弟子らに告知しておいた褒賞すらいらんと断りおるし」


「……ほーしょー……?」

 カラになったティカップに給仕少年がお茶をそそいでくれたので、ルーはそれを手にとり口に運んだ。

「わしの全財産をやるゆーたんじゃが」

「…………ぅえぇっ!?」

 思わず背後の白亜の館をふりあおいだ。でかい。六階、いや八階はある。

 しかも東西にまた別の棟がくっついていて、さらに、あちこちに渡りの回廊なんかがあって複雑に天に伸びている。のちのち増改築を思うにまかせてできたという感じの巨大な建物だ。おまけに、たしか魔法学園の出資者だって聞いた。


 金持ちだ。とんでもなくべらぼーな金持ちだ。


「まー、あやつも子供の時分から半端でなく稼いでおるしの。もともと俗物に興味はないたちじゃし」


 やはり、見てくれも浮世離れなら中身もそうなんだ。


 そう感心していると、ノアは小柄な体を、皿の片づけられたテーブルのうえに乗りだしてきた。

「それがルーのために戻ってきて、あの隠匿体質の残虐キャラベから奪還し、あまつさえ仲良うしてくれるとは、わしは感激じゃ────!」

「……別に仲良くはないよ?」


 記憶がない分、会ったばかりのようなものだ。

 仲良くしたいのは山々だが。


「客間にいっしょに泊まっておったじゃろ」

 ノアは口もとに手を当て、こしょとささやいてきた。その言いようと含み笑いに、なにか変に邪推されてるような気がして、ルーはむっとした。

「廊下の灯りを消すの早すぎなんだよ。おいら、ほかの部屋で寝るつもりだったのに! まっくらで迷子になりかけたんだぞ」

「……なんじゃ、偶然かいの。すまんが深夜零時には全館消灯なんじゃ。それでもよく追い出されんかったのぉー」

「熟睡してたからね」

 すると、ノアはごま粒のようにひかえめな目を皿のように、くあっと見開いた。

「熟睡!? それはありえん!」

「ありえんって……」


「あやつは根深いトラウマ持ちの人間ギライなんじゃ! おまけに神経質でな、他人のおる場所で無防備にくつろいでおるとこなぞ見たことない!」


「あぁ、それで。なんか〈近寄るな〉オーラが出てると思ったんだ」

「うむ、さすがルーは勘がええの」

 じゃが、とノアは思った。

「捜索に大貢献したことといい、ルーとおなじ部屋で熟睡しとったとなると……やはり、これは───」

「いちいちサルの置物ごときに神経質になるか。第一、寝ていたのはとなりの部屋だ」

 光る糸が、ふわっとルーの頬に触れた。

 ふりむくと椅子の斜めうしろにサディスが立っている。

 ひとつにしばられた銀の髪がほつれて、朝の清しい風に舞っていた。

「……サルの置物?」

 そんなものあったかなと思いかけ、はたと気づく。視線があった。

「──おいらのことか!?」

「他に誰がいる」

「って、なんか今朝からサル呼ばわりばっかされてんだけど! サルで野性児とかまっくろのブスザルとか! 失礼だろっ」

 なぜなのか。ここにくる前、廊下で会った知らない金髪少女にも言われた。

「……たしかに黒いな」

 彼はルーのとなりの椅子に腰をおろす。

「日焼けしてるんだよ」

 ゆうべお風呂にはいったことで、ルーは自身の胴体部分だけが象牙色であることに気づいた。浅黒いのは地ではないのだ。

「知っている」


 ……知っているのか。五年前に面識があるなら当たり前か。


 給仕少年からお茶を受けとりながら、彼はテーブル上に正座しているノアを見た。

「さっきここの書庫へ行ってきた。クトリ王国に関する資料がまったくないぞ」

「なに? 閲覧禁止室じゃぞ?」

「そこも司書に開けさせた。魔法史の蔵書は質量とも他に類をみないと自慢していたのが、聞いて呆れるな」

 ノアは、ばんとテーブルを叩いた。


「いーや、そんなはずはない! クトリに関する書は、わしが若かりし頃に、かなり無茶をやらかして手に入れた逸品なんじゃ! ないわけ……────」


 はたと、ノアの動きが止まった。

「待てよ……もしかして……」

 なにか思い当たることがあるらしい。白ヒゲをなでつつ記憶をめぐらせながら、ようやく彼は答えに辿りついた。額に汗をにじませ、ひょっと右手をあげサディスに謝る。

「す、すまんの、書庫にはない。ずいぶん昔に強奪されての~」

「誰に?」

「…………バルフレイナじゃ」

 サディスは眉を顰めた。

「難航しそうだな」

「うむ」

「二人の知ってるヒトなのか?」


「ノアの元恋人だ。六十年以上前、ほかの女と結婚した腹いせに、この館を襲撃して弟子の半数を負傷させ、慰謝料としていろいろ強奪していったらしい。弟子の間ではいまでも語り草だ」


 サディスが師匠に冷やかな視線を投げる。

 かるく咳払いしつつ、ノアはお茶をすすった。

「え…っ、襲撃ってまさかそのヒトが一人で?」

 ルーが問うと、ノアは唇の端をひくつかせ笑った。

「魔法武器を専門につくる錬金術師なんじゃ」

「そうとうスゴイんだ。……いまでもその書物持ってるかな」

「おそらくの。アレも貴重と知っておろうて」

「じゃ、おいらが頼んでもらってくる! おいらとは面識ないから、きっと大丈夫だよ」

 二人は同時に、なにか言いたげな視線をむけてきた。

「……なに?」

「バルフレイナはキャラベの魔法士軍専属でやとわれている身だ。むろん王都に住んでいる」


「日もおかずに、あの国に潜入するわけにはいかんからの。ルーを探しとったわしが行っても疑惑の目を向けられようし、拘束されるやもしれん」


 昨夜の魔法士の一団にかこまれた場面を思いだす。

 あれを突破したわけだから、警備はさらに厳重強化されていることだろう。

 リスクが高すぎると、ルーも思った。

「じゃあ、この呪詛について調べるのはどうするの?」

 右腕の封印帯をさししめすルーに、サディスは自分でもあまり効率的とは言えない提案をするしかなかった。


「とりあえず、その手の蔵書をもっていそうな学者からあたるか。あまり期待はできないが。どのみち、もともとが古すぎて有力な情報がないのだからやむをえまい」


「わしも大陸各地に隠遁しておる古代マニアの知人どもに、連絡をとってみよう。それと、禁忌の海域の潮流にちかい国々ならば、呪詛をとく手がかりになるものがあるやも知れんな。幾人か派遣してみよう」


 よいしょと、ノアがテーブルから降りると、サディスも優雅に席を立った。

 ルーは、はしっと彼のそでをつかんだ。

「おいらも行く!」

「おまえはここにいろ。一歩も出るな」

 翠緑の双眸に見おろされて、強い口調で言われた。というか威圧的に命じられた。

 ちょっと、かちんときた。

「なんで? 自分のことなのにっ」


「キャラベの連中が、逃がした獲物を諦めると思うのか? 追跡してるに決まっている。攪乱はしておいたがノアが要請したこともある。関連を嗅ぎつけるのも時間の問題だろう。うろちょろするより結界のあるこの島にいたほうがいい。クレセントスピア大陸五指に名だたる大魔法士が張っているんだ。ザコごとき破れはしない」


「……なんだ、そゆこと」

 ほっとしたようなルーに、彼は怪訝そうな表情をした。

「何がだ?」

「一緒に連れてくのは面倒とか、足手まといとかってゆーのかと」

「実際そうだろう」

「あのさ、そうは思ってもちょっとは否定しろよ」

「何故?」

「そんな言い方されたら、おいらダメ人間みたいじゃん」

「違うのか?」

「そんなだから友達いないんだよ」

 そんなやりとりを微笑ましく見つめつつ、ノアは「わしは先に出かけるぞい」と、給仕少年といっしょに館へと歩いて行った。

「そういや、ひいじーちゃんのほーしょー断ったんだって?」

「特に不自由はしてないからな」


 ううむ、やっぱり稼ぎがいいと欲が出ないものなのか。

 これは、ますます自分がきっちりお礼をしなくては……!

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