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Silver tails ―少女は禍星の下を駆ける―  作者: 百七花亭
【Ⅱ】 魔法士と憑物士の因果
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43 失踪した子供たちの帰路

本日、二話連続更新。43とおまけ。

 そうして、ものの十分もしないうちに破壊活動を終えた白銀の水鳥は、サディスのもとにひらりと宙を舞いもどってきた。

 くちばしに銜えていたシャボン玉の中には、ぐったりした女の子たちがいた。

 七歳から十二歳あたりだろうか。着ているものは絹やサテンの上等なドレスやワンピースで、凝った髪飾りやレースのリボンをつけお人形のように可愛らしい。

 異様なのは、みな首に同じ黒い革製の輪をはめていること。

 つなぎ目がなくぴったり首にはりついている。ナイフで切るのは難しそうだ。

 そして、目は虚ろで元気がなく座りこんでいた。

 説明される間でもない。誘拐された子たちだろう。

 首輪の先には引きちぎられた鎖が垂れている。


 白銀の水鳥が強引にちぎってきたのだろうが、猛然と突撃する水鳥の標的になったショックで魂ぬけちゃったとか……?


「もう、大丈夫だよ。家に帰れるからねっ」


 ルーは手前の子に話しかけた。だが、うつむいたまま聞こえてないかのように反応がない。ほかの子もだ。こっちを見ない。

「ええーと……どうしちゃったのかな……?」

 不安に駆られて、となりにいるサディスを仰ぎ見た。

「幻覚香の匂いがかすかにするな。常用すると夢と現との境があいまいになり、無気力となり、思考する能力が著しく低下する。原因はその首輪か。はずせば元にもどる」

 サディスはひととおり見まわすと、倒れている一人の子供に目をとめた。

 男の子だ。ひとりだけ混じっていたらしい。

 その子だけ薄汚れた身なりで、顔や手足にアザや切り傷が無数についていた。

 首輪は、ない。この中でも一番ちいさくて七歳ぐらいと思われる。

 ルーは人数を数え、九人いるのに気づいた。

「窓から逃げようとして落ちて死んだ子がいるって、あの大男言ってたけど……まさかそのコ?」

 巨大なしゃぼん玉を難なくくぐったサディスが、よこたわる男の子の唇に手をかざし首筋の脈をたしかめてから、「衰弱ははげしいが、まだ間に合う」とつぶやいた。

 ルーは、ほっと胸をなでおろした。屋敷のまわりはたくさんの緑に囲まれていたから、落ちたときに庭木がクッションになってくれたのかも知れない。

 サディスが折れた背骨や足の骨を魔法で仮留めして、布であつく巻き固定してる間、言われるまま彼の手荷物から乾燥した薬草をいくつか出し、ちいさなすり鉢でつぶしておいた。そこに彼が空中の水分を魔法で集めてそそぎ沸かす。


 この世界じゃ〈癒しの魔法禁止〉という、魔法使いにとって犯してはならない禁断の不文律があるという。文字どおり癒しに直結する魔法は使えない。

 その手の呪文を記した書物さえない。

 なんでも古代に天の神に敗れ、地中に槍でぬいこまれた邪神がいて、それが自分の傷を治そうと、癒しの魔法ごと、それを行う術者を地中に引きこむからだという。

 邪神の魔力は槍で封印されてるので、その代わりに強烈な怨念が襲いくるというから驚きだ。

 しかし、いまだ禁じられたはずの癒し魔法をどうやってか習得し、こっそり試して行方不明になる人が後を立たないので、眉唾物とバカにはできない。

 まあ、そんな便利な魔法がこの世のどこかにあるにも関わらず、それを伝説にも名をのこす孤高の精霊〈銀彗〉をあだ名に冠する魔法士が使わないって時点で、その危険性は証明されてるようなものだと思うけどね。

 でも、血止めとか骨の仮留めとか解熱とか痛み止めとか、そういった容体をやわらげたり、あるいは悪化の進行を止める間接的な魔法なら問題はないらしい。


「キャラベの斥候ついてきてる?」

「追跡の術をかけてきたから遮断しておいた。優秀な奴じゃなくて幸運だったな」


 サディスと比べたら、たいていは優秀とは言えないと思うよ。

 まあ、ほんとにサディスが優秀と思うようなやつは、絶対追ってこないでほしいけどね。面倒だから。


 つくった即席の薬湯をルーが受けとり、男の子に飲ませると、ちょっとだけ苦しそうにむせた。氷のように冷たかった手足や顔に、すこしずつ血色がもどってゆく。

 疲れきってやつれた男の子の額をなでなでした。

「何をしてる?」

 サディスが不思議そうに訊ねたので。

「おいらの元気を分けてあげてるんだよー」

 彼は小馬鹿にしたように、フッと鼻先で笑った。

 女の子たちの首輪は、サディスの魔法によりこっぱみじんに砕けた。

 それでもまだ意識が朦朧としている彼女たちと、重体の男の子を運び、攫われた子どもたちであることを話して、町の薬師に預けた。

 薬師から男の子が町の有力者の孫だと知った。

 すぐに彼の家に連絡するので待っていてくれと言われたが、こちらは追われてる身なので、男の子の症状を伝えるとさっさと立ち去った。





 そのあと、国境に向かった。

 サディスの横顔をながめつつ、まだ緊張の色もみえないことから、追ってくる敵はまださし迫ってはいないと知る。


 これが魔力の格差とでもいうのか、敵はサディスによる転移・攻撃といった強い魔法痕跡などを見つけないと追えないけど、サディスは人の内にある魔力そのものを感知できる。

 距離的には中ぐらいの国一つ分ぐらい。だいたい二千キロメートルらしい。

 いまいちどのぐらいか分かりにくいが、同じ国内にいたならサディスにとっては敵の行動は筒抜けって感じなのだろう。でも、敵以外にも魔力もちってのはいるからね。

 やはり、見分けのポイントは怪しい行動ということらしいけど。

 町の外に魔法通信送ってたやつとかね。

 まあ敵も〈追跡〉の魔法を使ってなら、魔力持ちの人を見つけることはできるけど、これも術者としての能力が上手であるほうがブッツリ遮断できるんだって。

 でも、なるだけ使うのを避けていた移動の魔法を使ったので、進路方向はバレちゃってるんだけどね。

 べつに魔力や魔法痕跡にたよらなくても、目撃情報で地道に迫ってくることもあるから侮れないし。

 それはさておき。

 いずれ、言わなきゃいけないことだ。後回しにしてどうする。

 

 そう自分を叱咤して、口をひらきかけた。

「あの、サ」

「ルー」

 ほぼ同時だった。

 タイミング悪っ、と思ったが、相手に先を越されてはならない。

 すぐに続けて言った。というか叫んだ。


「ごめん! アレなかったことに……いやちがっ、その、変更してもらいたいんだけどッ!」


 彼はきれいな翠緑の双眸をまばたきもせず、こちらを見ていた。

 三拍のち、「あぁ」と言い、なにに対しての発言なのか察したようだ。


 というか、さっきのアレでなにか分かるってのもすごいな。

 それともやはり、脳にきっちりインプットしてたってことかな? 

 だよね。サディスって超生真面目だもんね。うぅ。


「間違っても怪しい奴にのこのこついて行くな……この命令をあっさり破った件についてのことだな」


 正確に察しすぎだよ。

 もうちょっとボケてくれていいのに。


「う、ハイ」

「おまえが〈約束〉破ったら、好きなだけビンタでも蹴りでも入れていい……と言ったはずだな」

「そ、それについてぜひ変更をッ」

「……」

 無言で見据えられた。


 睨まれてるわけじゃない。ただ見てるだけなのに蛇の前にいるカエルの気分だよ。

 やな汗でるんだけど。何考えてるかわかんなくて。


 と一瞬、固まっていたら彼の口が開きかけたので、反射的にまた叫んだ。


「あのさ、蹴りに威力ありすぎだって! ビンタ力も押してはかるべしだろ! 無理無理無理! マジで再起不能になっちゃうよ! というわけで命令無視に対するバツの変更お願いしますッ!」


「わかった」

 あっさり承諾された。


 いや、まぁ、気にいらない相手なら容赦ナシの場面を山ほどみてきたので、問答無用で再起不能にされるかもと思っていたので……ひいじーちゃんにもこの約束はチクらないとも宣言していたので。


 正直、ちょっと拍子抜けした。

 彼は銀の髪をさらり揺らして顎にかるく右手をあて、すこし考えるようなそぶりをした。


 なんとなくだけど、何かすでにそれに対する一案はあってそれをどう効果的に言おうかなって、思考を巡らせているような気がするのは……おいらの気のせいだろうか?

 いや、そんな意地悪しようとか考えてないよな?


「たしかに、意識不明の荷物をかかえての移動は面倒だしな。今後は命令に反したその都度、適したペナルティを課すことにする」

 ルーは生唾を飲みこんだ。

 サディスは、フイと銀球の移動方向に顔をむけた。


 なんだペナルティなカスって。

 なんか前むく瞬間、口角あがってるように見えた気がしたんだけど。

 なんていうか楽しいこと思いついちゃってつい、みたいな。

 ──ちょっと寒気したんだけど。


「具体的には、雑用だな」

 彼は淡々と言った。さっきの笑みはもうない。


 錯覚……だったのかな?


「……雑用? 買い出しとか? 一人でやるってこと?」

 ルーは首をかしげた。

 なにそれ、簡単じゃん。とか思ってしまったが。

「とりあえず、プルートス大山脈を越え、次の目的地でもあるリデッド遺跡につく前にやってもらう。ところで質問があるんだが」

 真面目な顔でふりかえったので、ドキッとした。

「……なにかナ?」

「あの下着はノアが持たせたものか」


 疑問符ついてないよ! 確信もって言ってるよな!


 こくんと、うなずいたルーに、彼は「そうか」と冷ややかに返答した。

 ついで「処分しておけ」と、これまた剣呑な声で命じられたが、もちろんそれに対してはまったくもって異論はない。

 この後、国境を出る前の市場で買いとってもらい、せいせいした。

 何故、曾祖父がそんなものを鞄の底にしのばせたのか……結局、ルーには謎のままだった。

 それと同市場でとりあえず、飾り気のない地味な下着を買っておいた。

 上は袖なしの肌着、下はかぼちゃ型のドロワーズ。ともに麻製。丈が腿の半分ぐらいまでなので、これならズボンをはくのにそんなに支障はないだろう。


 布地が少々かたいので、あとでしっかり叩いてもんでおこう。


 やわらかくて上質のリンネル製のものもあったが、麻製の六倍の値段だったので、新しい武器を買うまでは極力、よけいな出費はしたくないルーだった。





 ガレット国の国境で通行手形を提示し、難なく徒歩でくぐりぬけた。

 まさか、自分たちが敵の最中ともいえる北方諸国を目めざしているとは思わなかったのだろう。待ち伏せはされていなかった。

 ふいに頬に冷たい風を感じた。

 はるかに見えるなだらかな丘陵に、山の方から白いベールが被さり広がっている。

「敵の追跡は遮断したが、先の町から国境までの距離はわずか数十キロ。目撃情報で追われるのも時間の問題だな」

 彼は魔法による移動の痕跡をかく乱させた。

 移動球の中に自分たちの幻影を映しこみそれを八方に、無数に飛ばしたのだ。

 それからふたりは移動球で、プルートス大山脈のすそ野をおおう雪原を飛んで、人けのすくない自炊宿に泊まった。

 薬屋ネリンの教えてくれた案内所は近い。

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