41 下着の重要性とα霊の突然変異
まばたき数度のち、空中にいることにルーは気づいた。
銀色に輝く透明な球体の中にいる。魔法の移動球だ。
五十メートルほど下で、巨漢が砂煙をあげて突進したものの獲物を見失い、きょろきょろしているのが見えた。
「何やってるんだ、おまえは」
風雪よりも冷ややかな声音が上から降ってきた。ぎょっとした。
そろりと顔をあげると、銀髪の美貌主がいた。
その鋭利な視線は、地上で変な雄叫びをあげ、剣を抜いてふりまわし憤慨している大男に向いている。
ルーは自分が直視されないことに、ホッとした。
だってスケスケなんだよ、このシュミーズ。
すそは膝まであるけど、下穿きの布も少なすぎだし、やっぱり透けてるので見られると困る。頼むからそのままこっち向かないでほしい。爆死しそうだ。
このときほど、下着の重要性というものを思い知ったことはない。
スカートより断然ズボン派だしわりと生地の厚いやつはいてるし、上は重ね着するからシュミーズとか必要ないし。ふだんからあんまり気にしてなかった。
以前にも、そのことに関してカトリーンに、「これだから野ザルは!」と罵られたことがあるが、よく考えてほしい。女物の下着、とくに下のほうは、ドロワーズというフリルつきのだぶついたものが、昨今の女性用下着として主流だ。しかも、膝より下の長さが標準。
活動しやすい膝丈ズボンとか好む自分には、合わせることができない。
裾がはみでちゃうし。長めのズボンのときだって、お尻から腿のあたりがごわごわかさばるんだ。重いし動きにくいんだよ。だから、はかなかったんだけどさ。
じゃあ、男物の下穿きにすればいいじゃんてことになるんだけど、記憶喪失でひいじーちゃんの家に滞在してる身だったので、外出許可がおりず、自分で買いにいけないというのもあった。ちなみに、女の子用の新品下着があったのは、女の子専用の〈化粧の間〉という部屋があって、そこに女の子には超甘いひいじーちゃんが、最新流行もののドレスや化粧道具といっしょに仕入れていたからだ。
それで、ひいじーちゃんに男用の下着を買ってほしいと頼んだところ、絶叫号泣されたのであきらめたんだけど。
旅に出てからも別段気にならなかったから、買うのも忘れていた。
でも、今後はつけるべきだと痛感したよ。もちろんスケてないやつ。
さすがに下着まで脱がす人はいないと思うから。……たぶん。
小型ナイフを鞄におさめつつ、サディスをちらりと窺うと、ばさっと頭に布がかけられた。彼が身につけていた枯れ葉色のマントだ。
濁緑の長そでチュニックと黒ズボン姿になった彼は、銀の球体からすり抜けて、ふわりと風に運ばれ地上に降りていった。
大男の背後に立つや否や、やつが気配を察しふりむく間もなく、強烈なまわし蹴りを喰らわせた。
大男はふっとんだ。轟音とともに豪快に岩壁にめりこんだ。
泡くって逃げようとした老婆は、大男の落とした剣を手にした彼によって、白いマントフードを木にぬいつけられた。
ルーを乗せた銀の球が降下し、サディスのもとに着くと、しゃぼんのように消えた。
彼は老婆を見据えて言った。
「町で噂を聞いた。十歳前後の子供がよく行方不明になると。ここ三ヶ月で九人」
「えっ」
「うち何人かは、老女を介抱しながら路地裏にはいったのを目撃されている」
木に磔にされたままの老婆は、あからさまに目を泳がせていた。
それで、ルーもその内容に思いあたった。
「ああ、そういえば、なんかさっき、あの大男とばーちゃん、そんな話してたよーな……? おいらで十人とか、逃げ出そうとしてひとり窓から落ちて死んだとかなんとか」
彼は鋭く舌打ちした。そして、老婆に問うた。
大男は見る間でもなく意識の回復は見こめそうにないと判断したので。
「子供たちはどこに売られた」
老婆は「へっ、知るもんかい」と、そっぽを向いた。
彼の手が老婆のフードにつき刺さる剣の柄にかかった。
そのままグイと刃をさらに押しこみ、角度を変える。
老婆の首をはさむぎりぎりの位置まで。
「そうか、残念だな。あの世で知らなかったことを後悔するがいい」
「わあああっ、待ってサディス!」
「ギャーッまてまてまてまてぃ!」
無情にも、サクッと刃を老婆の首に押しこもうとする彼の手を、全力でしがみついてルーが止めるのと、同時に老婆は絶叫した。
「ほんとだよ、あたしゃ知らないんだよ! でも、あたしゃの子たちならきっと知ってるはずだ! そいつに攫われて、御館様とやらの屋敷に何度も出入りしてたはずだからね」
本当にしぶしぶといった体で、そう言った。
「子……? あ、もしかして孫?」
「あたしゃが母親だ!」
ずいぶん歳くってる母親だナ。
どうがんばっても七十より下には見えないよ?
「あたしゃが人生で、ただ一度だけ生みだすことに成功した魔法生物さ」
「へぇー……って。魔法、生物?」
おいらは目の前のミイラっぽい老婆を、しげしげとながめた。
「えーと、てことは、ばーちゃん錬金術師とか?」
「フンッ、凡人は崇めるがえーわ」
ぜんっぜん、そんな感じしないんだけど。
なんてゆーか錬金術師って、頭そーとー良くないとなれないんじゃなかったっけ?
「おや、なんだいその目は? 疑っているんだね? そうやって世間のだれも彼もがみな、あたしゃの才能を妬んで信じようとしないんだよ。アホ面下げてみてるがいいさ」
老婆は岩壁にめりこんですっかりおとなしくなった大男の体を、あちこち触りはじめた。しばらく探していたが、どうにも見つからないらしくうめくような悲鳴をあげた。
「このどチクショウめ! あたしゃの子たちをどこにやったんだい! まさか殺したんじゃないだろうね! いったい何のために町のガキども攫ったと思ってんだい! 返せ、返せよ! このクズめッ」
なんか思いっきり犯罪告白してるよ。
サディスがなにか思いついたらしい。
大男の革鎧の背中部分をつかんで、ポイッとうしろに放り投げた。
力持ちだよね。細身の美人だからつい忘れてしまってたよ。
まさか、蹴りひとつにあれほどの威力あると思わなかったし。
そういや、昨日、果物を山ほど積んで倒れた荷車を片手で持ちあげてたっけ……
むしろサディス、魔法なくても戦えるんじゃ…………
ああっ、どーして、おいらあんな約束しちゃったんだ!?
みごとに鼻がまがり頬骨が陥没し、顔面崩壊した大男を見ながら、ルーはおののいていた。
老婆がそいつの上半身から頭までを念入りに調べると、ぼうぼうの縮れ髪の中から小ビンがでてきた。老婆が封じの紙をはがし栓をぬくと、ポンと音を立てて光とともに、手のひらサイズの羽をもった女の子と男の子がでてきた。
なんだか懐かしいような、すごく知ってる気配だ。
例えるなら朝の澄んだ風、水のせせらぎの音。
「あ」と思いあたる。
それらは、サディスを常にとりまく気配に似ていた。
護りの力。魔法士や錬金術師ならば、かならず多かれ少なかれついているα霊〈アルファ・スピリット〉。同属性の者に対し従属、あるいは庇護する性質がある。
魔力に応じてあつまる量も個人差がある。これも、ひいじーちゃんに教えてもらったことだ。
サディスには膨大な数のα霊がついていると。
おそらく、クレセントスピア大陸の大魔法士五指に迫るほど。
「これってα霊だよね? 姿形があるとは思わなかったけど」
そう言うと、老婆が顔をまっかにして怒った。
「魔法生物言うとるわ! そんな最下級のクズ精霊といっしょくたにするんじゃないよ! あたしゃがフラスコの中で五十年かけて育てたんだ! 物の価値もわからない頭でっかちの友人の研究室からこっそり種をくすねてな」
それドロボーじゃないか。欲しいものなら躊躇せず盗むタチなのか。
お金より、おいらの衣装にまっ先に手をつけたのはそのせいなのか。
でもそれ、元はひいじーちゃんのもので、その好みが全開にでてるから配色もオレンジとか紅とか金で意匠もかなりハデなんだけど。
おいらでもマントで隠そうかなって思ったぐらいなんだけど。
なんてゆーか…その、…ミイラが道化衣装着てるようで滑稽というかなんというか。
って、今はそこをつっこんでる場合じゃないか。
α霊は精霊としては最下級に位置する。個たる意思もない、芥子粒のような存在で微力だ。だが、先にも述べたように数が寄りあつまることで強力な守護の壁を築いたり、主の魔法発動時にレベルの底上げもしてくれ、なかなか馬鹿にはできない存在だったりする。
「ええと……おいら魔力ないから実際、α霊の姿ってよくわかんないんだけどさ。なんか、そのちっちゃい二人どうみても……」
サディスを見てる。
すっごい見てるよ。まんまるな豆みたいな目で。
まるで吸いこまれそうにうっとりした表情だ。
「そんなことどうでもええわ。可愛い子たち、母様の胸にお帰り」
老婆が両手をひろげてしわしわの満面の笑みで、ちいさな子たちにやさしく声をかけた。しかし、二人は彼女に見向きもしない。
そして、互いが互いの顔をみてうなずきあうと、強い光となってはじけて消えた。
その光の飛沫はサディスを慕うようにしばらくとり巻いていたが、やがてそれも消えた。
老婆はぽかんとした。
「五十年無駄にしたな」
どうでもいいことのように彼はそうつぶやき、ルーは肩をつかまれ引き寄せられた。
いつもひっぱられる時は襟首なのだが、さすがに下着の上にマント一枚はおってるだけのこのかっこうでは猫のようには扱えないらしい。
老婆は、ハッと我に返った。
「ど、どういうことじゃ、待てっ、あたしゃの子に何をした!?」
「何も。ただの突然変異。偶発的な要素がかさなってα霊が凝縮し、結果、人に似た姿をとっただけにすぎない。同属性によるつよい熱量に近づけば、自然と個は本来の無へと回帰する。おまえの友人はそれを盗まれて返せとは言わなかっただろう。
そして、人に擬態する以外の能力も顕現させなかった」
老婆は息をつまらせたようにうめいた。
「若造が知ったふうな口を……」
言葉は尻すぼみになった。
常は魔力の気配を断っている彼は、これから転移を発動させるためにあわい銀光に包まれている。腕はお粗末な錬金術師といえど魔力はあるのだろうから、魔力の発動とともに、彼によりしたがう膨大なα霊は視えるのだろう。
そして、その美貌と銀髪を注視して、枯れた唇が驚愕にわなないた。
「まさか、……銀、彗の……?」
はなれた獣道から複数の人間がやってくるのが見えた。
町役人とおなじ灰色の制服を身につけている。
なんでこんな山奥に?
そう思いかけたときには、いつのまにか空中にいた。
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