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Silver tails ―少女は禍星の下を駆ける―  作者: 百七花亭
【Ⅱ】 魔法士と憑物士の因果
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40 嘘つき老婆とハンターと絹の下着

 気がつくと、両手両足を縄で縛られて、さるぐつわを噛まされ目隠しまでされていた。

 しかも、やたら体が冷える。


 なんかものすごい薄着になってる気がする。まさか衣装を脱がされた? 

 ちょっと待て。おいらは下着をつけない主義だ。単に面倒だから。

 覚えてるかぎり、カトリーンにお嬢様風ワンピースを着付けられたとき、強制的にその下にキャミソールとドロワーズをはかされたことがあるぐらいだ。

 床と体のこすれ具合から、なにか薄いものを身につけてることだけはわかるんだけど……?


 ブーツも脱がされてるようで、足の裏に冷たい空気が当たっている。

 とにかく目隠しをはずそうと、床に顔をこすりつけつつ何とかずらすことに成功した。

 さすがに年寄りの腕力では、そんなにきつく縛れなかったらしい。

 これなら手足の縄もなんとかなるかも──そう思いかけて、愕然とした。

 視界にあわいぶどう酒色の絹のシュミーズが映る。

 フリルと透かしレースの入った胸の谷間の切れこみがきわどい悩殺的な……。

 なぜか知らないが、曽祖父が勝手に自分の鞄に忍ばせたモノだ。

 最初に中身を点検したときには、同じぶどう酒色のヒモとレースのみという変な形の布切れがはいっていて用途がよくわからなかったが、どうやら下穿きだったらしい。

 それはあきらかに布面積が足りなさ過ぎるシロモノで、尻の半分以上をのこす形で腰にまといついている。

 そのうち、サディスのいない時にでも、こっそり古着屋に売って旅費の足しにでもしようと考えていたそれらを、なぜ、いま、この状況で自分が身につけているのか。




 ほどなくその謎は解明された。

 近づく人の声に目線をそちらに向ければ、小屋の戸口のすきまから誰かと話しているらしい、あの老婆が見える。見覚えのある道化的衣装がまぶしい。

 あかるいオレンジの七部袖シャツに、ヴェスト、同色の膝丈のズボンには、紅・茶・金で幾何学もようの刺繍がある。衣装の形やふくらみ切れこみがかなり奇抜。いつもならマントですっぽり覆って隠しているから気にならない、曾祖父からの借り物だ。あと、白いフード付マントを手に抱え、かかとのない革の茶ブーツを身につけていた。


 ……ばーちゃんに身ぐるみはがされたのか……。


 そして、裸で転がされるのと、きわどい下着で転がされるのと、どっちが恥ずかしいだろうかと思った。微妙だ。


 それにしても、追剥とかドロボーとかなら、この高級下着を売ったほうが金になると思うんだけど。


「さあ、これで十人目だよ! はやく返しておくれ!」


「おいおい、まだ九人目じゃないか。前にアンタが連れてきたヤツは、逃げ出そうとして三階の窓から落ちて死んじまったからな」


「なんだって!? 逃げられたのはそっちの不手際じゃないか! 約束は約束だ! 今度の子供と引き換えだよッ」


 背筋をまっすぐのばして仰向くような姿勢で相手を見あげ、ぎゃんぎゃんと吠えている。


 なんだ、あのばーちゃん、えらいピンシャンしてるな。足のケガも嘘か。

 孫が待ってるっていうのもかな。

 ずいぶん切迫した演技だったから、疑う余地もなかったんだけど。

 もしかしなくても、これって身売り交渉?


 自分が少年にしか見られないことは知っている。


 身ぐるみ剥いだらついてるものがない→荷物あさったら女物の下着がでてきた、なんだ実は女か! →高級下着つけたほうが商品価値上がるかも~とでも思ったのか? 

 あるいは女部分をアピールするほうが高く売れると思ったのか。

 胸とくびれと尻のない自分に、それはものすごく無駄なあがきのような気がするが。


「そんなにアレが大事かい? あんな役にも立たねえゴミみたいなのがよ」

 げらげらおかしそうに笑う野太い男の声が聞こえる。


 今のうちになんとかしないと。


 ルーはごろりと床を転がりながら、小屋を見渡す。

 ほかに出入り口はないかと探す。裏手にちいさな木板をおろした窓がある。

 自分なら通りぬけできそうだ。錆びついた四本鍬が立てかけてあったので、そこまで這ってゆき、手首の縄の結びめに、ぷすっと差しこんでひねるとすぐに縄はほどけた。


 やっぱり、あのばーちゃん握力弱いんだな。


 自由になった両手で両足の縄をほどき、さるぐつわをはずした。

 立ちあがってもう一度、あたりを見まわす。

 見慣れた肩掛けの鞄が、ボロいテーブルの上に置いてあった。

 その周りに中身のモノがすべて雑然とひろげられていた。

 水筒、財布、通行手形の木札、ちいさなランタン、タオル、細縄、小型ナイフ、羊皮紙の世界地図……それから、さっき町で買ったばかりの食料だ。

 財布のヒモがゆるんでいたので、ムッと顔をしかめた。すぐに中身を確認する。

 曾祖父が金貨銀貨をたっぷり入れておいてくれたので、抜きとられてないか心配だったのだ。しかし、どうやらまだ手つかずのようだ。


 物色中にあの男がきたから、そのままにして出たのかな? 

 それとも単なるうっかりサンか。

 まあいいや、大事な旅の軍資金が無事でよかった。


 旅に出てすぐのこと、とりあえず護身用にと何度か棍を買ったのだが、どれも長持ちせず折れてしまった。

 サディスが言うには、その棍が〈威力負け〉したせいだという。

 自分の技量につり合ってないから、武器に負荷がかかりすぎて壊れたのだと。

 もっと素材のいい武器を選ばなきゃいけないらしい。当然ながら素材のいい武器というのは、すごく値がはる。いま手元にある財布の中身がごっそりなくなるぐらいには。

 硬貨が音を立てないよう財布のヒモでくるっと巻きつけて固定し、すばやくすべてのものを鞄に片づけた。

 そして、そそそと足音をたてずに小屋の奥へ移動し、そっとちいさな窓の木板をあげて外へ出る。先に鞄を茂みに落としてから自分も抜けだした。

 鞄を肩からななめ掛けにし、背の高い草生えの中をかきわけつつすみやかに小屋からはなれ、駆けだした。まだ外はあかるい。

 気を失ってからそんなに時間は経っていないのだろう。



「オイ、いねーぞ!」



 すぐに怒声が追いかけてきた。

 町への方角とは逆方向に走ることになった。

 だって、そっちに向かうと草生えが低くて、視界が開けていて見つかるし。

 けわしい登りをひたすらせまい獣道を選んで進んだ。


 やばい、登りばっかだから息があがる。


 はるか後ろからものすごい勢いで、木々の枝をへし折り突進する獰猛な大型獣のような気配が追ってくる。

 唐突に思いだした。

 スターブレス島の曾祖父の館に滞在していたとき、曾祖父と夕食を食べる機会が何度かあって、そのときに、この世界のいろいろな事情を知った。

 いろいろが多すぎて、たまにしか思いだせないが───。


 あれってハンターだ。

 金になるなら、人でも悪魔でも魔獣でも精霊でもつかまえて売りさばく。

 魔法士崩れや傭兵崩れがなるとかなんとか。

 魔法を仕掛けてこないところをみると後者か。

 一度、標的にしたもの=金なので、それはもう執拗なまでに追ってくるのだとも聞いた。


 すこし開けた場所に出たと思ったら、断崖絶壁がぐるり半円状に周囲をさえぎっている。

 ざっと見まわす。上にはもう登れない。行き止まりだ。降りる場所を探す。

 さっき自分が登ってきた獣道しかなさそうだ。

 強い風で黄色い砂ぼこりが舞った。

 はためくシュミーズのすそを邪魔に思いながら、鞄から小型ナイフを出す。

 刃渡り十センチ。主に旅の道中、野外での自炊などに使用。心もとない武器だが。

 刃物のあつかいは不慣れなのだが。むしろ棒きれのほうがいいのだが。

 残念なことに見わたす範囲につごうよく落ちてはいない。手ごろな石もない。


「みぃーつーけたぁー」


 背後からやつは来た。

 ふり返って確認した距離は十五メートルほど。それだけ離れているというのにずいぶん近く感じる。そう錯覚するほどそうとうな巨漢らしい。

 さらに後のほうから、息もたえだえに走ってきたらしい老婆がいた。


 ……足腰は強いんだな。


 巨漢は遠目にもムサかった。ぼうぼうに広がった黒っぽいちぢれ髪にのばし放題のヒゲヅラで、でかい鼻と下品にでかい口。それ以外の顔パーツが見えない。

 この辺りわりと涼しいというか、冷たい山の空気に囲まれているのに、革鎧から出たムキムキの手足から湯気が立ちのぼっている。

 暑苦しいので近寄らないでほしい。

 そうは思っていても、大股でどかどかと近づいてくる。

 その腰のベルトには、先がややそり返ったでかい剣を帯びている。


「こっち来やがれ、痛い目みたくねーだろが」


 早足だ。どうする? 

 降りる道はこいつの向こう側だ。

 いちかばちか、フェイントをかけてすり抜けるしかないか!?


 小型ナイフを胸の前で構えたままそう思ったとき、大男はいきなり加速した。

 いっきに間合いをつめてつかまえる気だ。こっちも正面突破するつもりで駆けだそうとしたら、いきなり肩を強くうしろに引かれ、風に包まれた。

 瞬間、なにが起こったかわからなかった。

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