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Silver tails ―少女は禍星の下を駆ける―  作者: 百七花亭
【Ⅱ】 魔法士と憑物士の因果
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39 約束破りのため戦慄している

「おいらが〈約束〉破ったら、好きなだけビンタでも蹴りでも入れていいよ」


 たしかに言った。

 旅の始まりのあの日あの時まちがいなく、おいらはそう答えたよ。

 ちなみにその〈約束〉の内容っていうのは、呪詛を解く方法を探す旅の間、〈彼の“命令”は絶対として聞く〉ことだ。

 そもそも、助けてもらったお礼としてこちらが言いだしたことだし。

 そもそも、命令聞けなんて言葉は悪いものの、好奇心に引きずられてトラブルに巻きこまれやすいおいらを心配しての、釘刺しみたいな意味合いがふくまれてるんだと好意的に解釈してしまったので、先のセリフのような快諾をしたのだ。

 約束を破るつもりはなかったんだ。だから言えたことなんだ。過去形だけど。

 よもや、それを恐怖とともに後悔するときが、こんなにも早々くるとは思わなかった。


 スターブレス島を発って十日目のことだ。プルートス大山脈の案内所まで、国境をはさんで一歩手前の町までたどりついたところだった。





 目の前で、身の丈二百三十センチほどの大男が、頭から体半分ほど岩壁にめりこんでいる。

 つい先ほどまで、ムキムキに隆起してこちらを威嚇していた丸太のようにぶっとい手足は、いまや力なくだらんと弛緩している。あれでは顔面陥没はまぬがれないだろう。

 たった一撃の回し蹴りで、自分よりはるかにガタイのいいそいつを再起不能にした彼は、大男がふっとびざまに落とした、先がややそり返ったばかでかい刃の剣を拾うと軽々と投げつけた。


「ヒイッ」


 こっそり逃げようとしていた、仲間らしき老婆の首ギリギリの位置をフードごと木に縫いとめた。

 天才魔法士と世間で呼ばれている彼が、魔法のひとつも使わず、あざやかに悪党をシメるこの状況に、つい見惚れてしまった。

「すごい蹴りだな~」

 そう口に出してつぶやいたとたん、例の約束を自分が破ってしまったことを思いだし、肌があわだつほど戦慄した。





 9月15日、正午。


 ルーは仲良くなったシトロンに別れを告げ、〈無骨な親父亭〉をあとにした。

 そして、旅の装備の充填をするための買い出しにゆく。

 この先、北方諸国にはいるため、まずその手前にあるプルートス大山脈を越えなきゃならないので、防寒着や保存のきく食料が必要だった。

 呪詛持ちのルーを排除したがる、軍国キャラベの追手の気配も近づきつつあるので、急ぎ買い出しを済ませるべく二手に分かれることにした。ルーは食料担当だ。

 ふと、衣装サイズのこともあるし、やはり一緒に行ったほうがいいんじゃないか……と言いかけて、そういや以前、彼がサイズぴったりのワンピースを買ってきてくれたことを思い出した。それなら問題はないか。

 あのときは近づく追手にバタバタしていて聞き忘れていた。

 なので、なぜ、サイズが分かったのかと訊ねたら、ただ一言。「目測だ」と真顔で返された。


 さすが天才と称賛すべきなのか。いや、しかし……

 脱いでもないのにサイズばれとか、なんか地味にこっ恥ずかしいよ………?


 そんな微妙な羞恥のこもった視線に、彼が気づくことはなかった。


 彼の優秀な頭脳はきっと、〈コザルの体型を目測した〉と情報処理してるのだろう。

 決して人間の、ましてや女のコの体型を目測したわけではないから何も問題はないのだ。


 ルーは気にするだけ時間のムダだと思うことにした。

「買い終えたら人通りのある広場にいろ。間違っても怪しい奴にのこのこついて行くな」

 サディスは、そう〈命令〉した。

「そんなの言われなくったってわかってるよ」


 追手は三日前にとおった岩山の迷路で巻いたが、そこから北へ向かうルートにある町や村に斥候が先回りしている可能性もあるのだ。

 殺人鬼化するという厄介な呪詛のせいで、賞金首になるのも時間の問題。

 キャラベの属国ばかりがある北方諸国にはいる前だから、まだそこまで情報は伝わってないかも知れないけど、油断しないほうがいいに決まってる。


 とまあ、そんな状況なので知人もいないはじめての土地で、誰かについていくなどありえない。まったくの杞憂だとルーは思っていた。





 午後一時。

 彼女が必要なだけ食料を買いそろえ、待ち合わせ場所である広場にもどろうとしたときだった。

 脇のほそい路地で倒れている人がみえた。

 何十年も着古したボロボロの衣装からはみでたミイラじみた手足から、どうやらお年寄りのようだ。具合が悪くて倒れてるのかも知れない。そう思い声をかけた。

 案の定、老婆は足にケガをしていて動けない、町はずれのちいさな森にある家まで送ってほしいと、すがりついて頼んできた。

 ちいさな孫がお腹をすかせて待っているからと、涙と鼻水を流しながら。

 あまりに憐れを誘うし、ここから歩いて三十分ほどだというので、鶏がらのように軽い老婆を背負って、近道だという路地裏をぬけ森の中の家についた。

 炭焼き小屋のようだが、おかしなことに生活感がなかった。

 小屋のあちこちにクモの巣がはっている。いまは初秋だが、ここは大陸でもやや北寄りの地域でもあるので、体感的には晩秋といった感じだ。

 昼の日差しはあたたかいが風が冷たい。森の中なら朝晩の冷えこみは町よりきついはずなのに、暖炉の中は埃がたまっている。

 そこでやっと、マズイと思った。

 ルーが背中の老婆を下ろそうとしたとき、首筋にちくっと痛みが走った。

 いきなり天井がぐるっと回った。そこからしばらく意識が途切れた。

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