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Silver tails ―少女は禍星の下を駆ける―  作者: 百七花亭
【Ⅱ】 魔法士と憑物士の因果
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◆幕間⑤ 少年は禍根を摘む

少年剣士から見たルーたちと事件の顛末。

 目の前に、ハリネズミのように短い毛を立たせた男が突っ伏している。

 少年はそのかたわらに跪いてささやいた。


「時間をあげるから逃げなよ。キミを見捨てた仲間にも忠告してやるといい。夜明けまでにボクに見つからなかったら、見逃してあげる。ただし、見つかったら五体無事に済むと思わないことだね」


 ハリネズミ男が肩をゆらしてビクついた。

 無理やりあげたその顔には恐怖が張りついている。

 起きあがることも忘れて四つん這いになったまま、必死に手足を動かして月明かりの届かない、暗がりへと逃げていった。

 少年は背後を振り返り、そこにたたずむ少女ふたりをみて呆れた表情をした。


「それはそうと、またこんな夜中に裏通りを歩くなんて……」


 年頃の女の子が無防備に、ごろつきの吹きだまりでもある路地裏にいるのだ。

 このコたちの保護者はいったい何をしてるのか、と訊ねたくもなる。

 片方の赤毛のコとは以前にも面識があり、その無謀ぶりをいくらか知っていたため、自分の知り合いである甘味屋台を目指していたのだろうと察する。

 明かりのある大通りを通ればいいものを、それだと遠回りになるので、路地裏をつっきって近道しようとしたのだろう。


 ──あの馬鹿な男三人組を見逃したのは、失敗だった。


 棍術の心得のある赤毛のコと違って、金髪のコの方はごくふつうの女の子のようだ。

 赤毛のコが応戦しても三対一で、しかも路地裏で迷ったあげく、金髪のコが攫われていた可能性が高かった。

 お詫びも兼ねて甘味屋台へ連れていき、帰りも大通りまで送っていくことにした。

 その帰り道のこと。

「なぁ、名前、聞いちゃだめ?」

 ウルだと名乗った赤毛のコは訊ねてきた。

「誰しも、人には言えない事情があるものだよ。キミにだってあるだろう?」

 心当たりがあるのか、彼女は、うっと言葉をつまらせた。


 正直なコだな。


「……っ…そ、そうだよね……ごめん」

 すでに三度、会っていて、その度に助けられているのだから、名前ぐらい知りたいと思うのは当然かも知れない。

 だが、少年とて事情があった。あまり他人に深入りすることはできない。だけど。


 しゅうんとしたウルの顔が、ちょっと可愛かった。

 ストレートに表情が出て友達を助けるために奔走する。

 好ましくないわけがない。


 少年は顎に手をそえ、すこし考えるような素振りをしてから、「でも」と言った。

「もし、また会うことがあったなら何か縁があるのだろうね。その時には教えてもいいよ」

 彼女たちがランタンで照らされてほの明るい大通りに出たのを確認して、少年は路地裏の闇へと引き返した。


 ふたりのいる宿はこの路地を抜けてすぐ近くだと言っていたから、もう大丈夫だろう。


 彼にはこれから、やるべきことがある。


「ウルとはまたどこかで会うような気がするからね。挨拶は必要ないと思うんだ。さて、逃げる時間は十分与えてあげたし。腹ごなしも兼ねて、そろそろ鬼ごっこをはじめようか」


 先週の事件の被害者は、顔に焼きごてを押されていたという。

 二つ向こうの区にある路地裏で見つかった。暖炉のある場所でなければ焼きごてなど使えない。

 ということはその近辺の宿に泊まっているということだろう。もしくは空き家か。

 三ヶ月前、ファリフォン遺跡町とその周辺の町々で、五人の男が徒党を組んで何人もの若い娘に暴行を働いた。

 顔を抉るような傷をつけたり、腕を折ったり、焼却炉に裸で放りこんだり。

 その行動の理由というのが、初対面でナンパして自分になびかなかったからだ、というから驚きだ。色街ならともかく、被害者は皆、中流市民のお嬢さんだ。

 額に汗して働く親に習いそれを手伝いながら育っている。

 昼間からぶらぶら遊んでいるような男に、ナンパされてついてゆくようなゆるい貞操観念はもっていないだろう。

 実際、忙しいときに声をかけられた彼女たちは、仕事中に邪魔しないでくれと断っている。ついでに言えば身なりはよくても、集団で絡んできたりしつこく我を押し通そうとしたりするチンピラぽさが気持ち悪かったらしい。

 この五人の男は、ガレット国第四王子メロウスターシャの近衛だと、自慢していた。

 少年はガレット国には何度も来たことがあり、既知も多くその中には王族に通じる人間もいた。なので、第四王子は虚弱すぎるのと母親の身分が低すぎるがゆえに、王家では望まれない王子だと知っている。

 体裁のためか、重鎮のドラ孫どもの職斡旋のためやむを得ずなのか、適当につけられた名ばかりの近衛が、ろくに機能していないであろうことにも察しがつく。


 彼らにとっては間が悪いことに、少年が仮宿としていた空き家に侵入し、その留守中にひとりの娘をそこへ拉致監禁した。

 少年が帰ってきたとき、彼らが娘の長い髪を切りきざみ、笑いながら暖炉で沸騰した鍋の湯に頭をつっこませようとしている最中だった。

 もちろん娘は保護し、ぐらぐら煮立った湯はそこにいた主犯の二人にぶっかけてやった。残りの三人は剣をへし折り頭髪を一部削ぐと、すぐに降参した。

 まだ主犯の二人が痛みに悶絶しながらも、口だけは達者で三人をけしかけようとしたので、暖炉で燃えていた薪を剣で払い浴びせておいた。

 そのあと、例の王族に通じる知人を介して、事の顛末をガレット近衛軍統轄の将軍に知らせておいた。五人とも縄でふんじばって〈下僕〉に命じていっしょに送っておいた。

 もとよりこの五人は王都でも権威を振りかざしての狼藉が酷く、下級兵士に難癖つけての無体や、民間の店などでのトラブルや苦情が相次いだため、暇を出されていたらしい。

 即座にクビを切られなかったのは、国王を支えてきた古い重鎮らの孫であったため。

 だが、折りよく国王の長子が新国王となり、若く新しい宰相ともども世代交代した時期だった。


 柔軟かつ戦略的思考をもつ新国王は、地方の町々での犯罪を見とがめ、躊躇なく、彼ら近衛の任をとき城から追いだした。彼らの各家に近衛でありながら王家の体面に泥をぬったとして、その責任をもとめる改易を行った。

 監督不行き届きという名目で、その祖父にあたる重鎮どもの強制引退、その息子たちの領地縮小。

 容赦ない弾圧に各家の長は、ことを起こした馬鹿息子とは縁を切り、無関係であると公言して家から放りだすことにした。

 無論、それで改易が撤回されることなどありえないのだが。

 新国王はこの機に、宮中の膿となる権力者の勢力を大幅に削ぎ落としたのだ。

 主犯の二人は大火傷で、いまや歩くこともままならない。

 山奥の施療院で、寝台から出られないありさまだと聞いている。

 主犯とおなじ穴の狢であった、のこりの三人。

 相手が町娘であり、男たちが貴族であったがため、犯罪の代償は牢への拘束ではなくすべて金での解決となった。しかし、被害者が死んだわけでもないからなのか、城からの見舞金など微々たるもの。

 近いうちにせっついてやろうかと思っていたところだった。

 城からも実家からもたたき出され領地にすら帰れない。もとは貴族のぼんぼんたち。

 市井で働いて生きるなど思いもつかないだろう。


 まあ、あのナマクラな腕では傭兵としても、雇ってもらえるレベルではない。

 型は一応出来ているがまったくの経験不足だ。

 どれだけ甘やかされて育ったかがよく分かる。

 つまり、か弱い婦女子にしか刃を向けられない屑ということだ。


「火つけ犯は火事場に戻るとはよく言ったものだけど、すべてのことの起こりを自らに省みることなく、その場所でまた憂さ晴らししようだなんて、どこまで卑小な脳みそなんだろうね」


 少年は胸のポケットから、ちいさな飴のようなガラス玉をとりだした。

 魔力がなくとも、精霊言語さえ詠えれば使うことができる簡易魔道具。

 このガラス玉に封じた〈下僕〉を、呪文ひとつで呼びだした。

 両わきがレンガ作りの建物でせばまる路地裏で、月光もわずかにしか届かぬ暗い場所に、ゆらり身をよじるように現われたのは宙にうかぶ水の狼。

 そう、精気やどり金色に燃える眼以外はすべて水でできている。

 その両眼の光が水狼の全身をあわく光らせていた。

 百三十センチほどの少年の背丈よりも五倍はゆうにある。

 少年は左腕をさしのべた。水狼はその腕が届きやすいようにおおきな頭を下げる。

 その額に手のひらをあてながら、彼は件の三人の男たちの姿を明瞭に脳裏に思いうかべ、そして告げた。


「この三人を追っておくれ。いいかい、殺すんじゃないよ?」


 自分の記憶を読ませ、三人の男の追跡を開始する。

 水狼は、猛々しくも禍々しいその顔で重々しくうなずいた。

 そして、自分なりに主のことばを解釈した。

 命をとらなければ何をしてもいい。てことは、爪を引っかけたり牙を引っかけたりぐるぐる振り回したり甘噛みしてもいいんだね。ひゃっほう。と。

 もとは魔獣の水狼。無邪気に曲解してるようにみえて、実は正しく主の意図を汲んでいた。





 夜明け前。

 すっ裸で広場の銅像にくくりつけられている男たちが三名、朝市を立てにきた人々によって見つかる。

 蒼ざめてげっそりとやつれて見える彼らの足もとには、一枚の板切れが立てかけてあった。それには文字が記されていた。



〈この者たち、悪行により貴族身分を剥奪されしもの。

 次なる罪状においてこの町に裁きを求む。

 一、とある少女の顔を傷つけた罪。

 一、とある少女の腕を折った罪。

 一、とある少女を焼却炉に捨てた罪。

 一、とある少女の髪を切り刻んだ罪。

 一、とある少女の顔に焼きごてを押した罪。〉



 時間が立つにつれ、人だかりは増えてゆく。

 水狼に追い回され食われそうな恐怖を味わったがゆえに、髪色が白くぬけ魂を飛ばしていた三人も、やがてあたりの不穏にざわめく気配に我に返った。

 人垣がすぐ間近までせばまり、朝日の逆光を受けた人々の目だけが冷たくひかり、彼らを見おろしていた。





 朝市が立ちにぎわうころ、銅像前からは人垣も三人の男も告発板も消え、何事もなかったかのように人々はせわしなく行き交った。

 地面にのこる赤いものも、近くで魚売りをしていた女が何気なくやってきて、手にした木桶の水をぶちまけて洗い流し、去っていった。


 ──まあ、妥当かな。


 屋根の上から風呂敷包みと大剣をまとめて背負った少年が、町人たちの怒りの制裁を一部始終見ていた。殺されても自業自得と思っていたが、町人らの怒りは殺したぐらいじゃ気がすまなかったようだ。

 特にこの町で犠牲になった花屋の娘は、求婚者もあとを立たないほどの美人で気立てがよかったと聞く。気の荒い若者たちによって多少の流血騒ぎにはなったが、家畜用の焼きごてを顔に押されるぐらいですんだようだ。

 喧騒の中から「男前が台無しだね! あんたもこれからそのツラで生きるがいいのさ」という罵声が聞こえてきた。

 もっとも、そのあとすぐ駆けつけた役人に三人組はしょっぴかれて行ったが。

 ……三人とも顔の原型は留めてはいなくて、ちょっと変な方向に手足は曲がっていたが。すでに貴族ではないので牢送りは免れないだろう。

 罰金を支払って出ることも可能だが、彼らは無一文だ。


「さて、これらを売ったら、彼女たちのお見舞金ぐらいにはなるかな?」


 男たちの着ていた衣装や剣。そして、実家からの手切れ金なのか、あるいは、強奪したものなのか定かでない宝飾品や金貨。それらが詰まった風呂敷をかついで、少年はぴょんぴょんと軽い足どりで屋根から屋根へと跳んでいった。

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