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Silver tails ―少女は禍星の下を駆ける―  作者: 百七花亭
【Ⅱ】 魔法士と憑物士の因果
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38 去りゆく夢時間と待ち受ける雪嵐

 シトロンはこの甘味の虜になったようだ。

 「うちの食堂メニューのデザートに仕入れさせてください!」と、熱心に頼みこんでいた。

 仔栗鼠のようなつぶらな目で見あげられて、一生懸命お願いされている屋台オヤジは丁寧に、だが頑として断っていた。なにやら一匹狼にこだわっているらしい。

 聞くところによると、彼は昔、海の向こうのクインフォウ大陸で王宮菓子職人をしていたという。不幸な事故でいまのような化物じみた姿になってしまい、それが原因で王宮を辞すことになったが、その後も新しい雇い主によって、ありもしない濡れ衣を着せられ投獄されたりしたのだとか。

 それから脱獄して、クレセントスピア大陸へと逃亡。

 やはり菓子作りが忘れられず、心機一転、一から自分の店をと屋台を始めた。

 材料は金を払えばなんとか手にはいったものの、この姿のせいで肝心の客がまったく寄りつかず。警邏隊にまで追われて、夜にこっそり出すしかなくなった。

 さらに、人目につかなくなり四ヶ月も開店休業状態。手持ちの金も尽きかけていた。

 そんなとき、お腹を空かせた少年がふらりとやってきた。臆することなく食べ物を催促されたので、菓子をあげがてら、いろいろ愚痴を聞いてもらったのだという。

「うん、あのときはお金をもってなくてね~」

「旦那が客を呼んでくれたんですよ。感謝しております」

「ただ、ボクは毎日、キミの屋台でタダ食いしてただけなんだけどね。あとは知り合いになった人を数名連れて行ったくらいかな?」

「えぇ、とても顔の広い方たちを」


 もし、少年が案内役でいなかったら、たとえルーでも警戒して、すぐには屋台に近づけなかったかもしれない。ひとりで行く気だったシトロンならなおさらだ。

 回れ右で逃げ帰っただろう。こんな可愛い男の子がわきあいあいと化物オヤジと話していたら、近づいても平気なんじゃないかと、はたから見ていた人たちの警戒心はうすれたのかもしれない。近づけばお菓子の甘い匂いも手伝って、足をより運ばせやすくしてくれるだろう。

 人脈のある人を紹介したなら、真夜中の美味しい甘味屋台の噂はあっという間に広がったはずだ。なかなか策士だな、少年。


 ちなみにホルスタイン柄エプロンと赤い格子の三角巾は、常連さんからのプレゼントらしい。

 それはそうと、ルーの隣に座る少年は、信じられない量の甘味をたいらげていた。

 先の山クレープを五皿、それと同量のボリュームのある新作十品×五皿。つまり五十五皿。

 ルーですら驚愕した。あの大量の甘味は、彼女よりもさらに小柄な彼の体のいったいどこに消えたのか。彼の胃こそ、底のない異次元ホールにつながっているにちがいない。

 ちなみにシトロンは新作十品から一切れずつもらい、のこりをルーが完食した。

 あれだけ食い倒して店は潰れないのか気になったが、彼は少年の食いっぷりに感服しているだけだったので問題はないようだ。





 少年に宿屋の近くまで送ってもらうことになった。

 帰りも路地裏を通った。手にはお土産のシナモンドーナツがはいった包みがある。


 外出がバレると困るがサディスにも食べて欲しいので、シトロンに預けて明日の朝食にさりげなく出してもらおう。


 屋台で借りたランタンをかざしながら、少年が訊ねてきた。

「ウルは旅の途中だろう?」

「うん、そうだよ」

「この町にはどのくらいいるんだい?」

「今日、買い出しして……たぶん、お昼か夕方ごろには発つ予定」

 それを聞いて少年は、視線をシトロンへと向けた。

「じゃあ、問題は金髪のキミの方か。アルベルトに交渉するのは構わないけど、絶対ひとりで行かないようにね。今夜はたまたま、ウルがいてボクが通りかかった。

 キミが攫われなかったのは運が良かっただけ。それを忘れないように」

「あの方、アルベルト様って言うのね……」

 ぽわわんと、いつまでも素晴らしいお菓子とその料理人のスゴ技披露の余韻にひたっているシトロンに、少年は「キミ、ちゃんと聞いてる?」と、うちの相方のようなドスの利いた冷ややかな声音で言ったものだから、彼女は瞬時に夢の狭間から帰ってきた。


「はっ、はい! ええっ、もちろん! 今度はちゃんと父さんと行くわ! 今日はいろいろありがとう、名も知らぬ不思議な少年!」


 シトロンは両手で少年の右手を包んで、ぶんぶん振りながら握手した。

 少年はびっくりしたようにおおきな目を瞬いてから、すこしだけ苦笑していた。

 ルーは、ちらと横目で少年を見た。


〈今夜はたまたま、ウルがいてボクが通りかかった〉


 たまたま通りがかったとは思えない。

 屋台オヤジは帰りが遅いから心配した、と言っていた。

 彼はすでに一度、屋台にいたということだ。

 きっと、シトロンの悲鳴を聞きつけて助けにきてくれたのだろう。


「なぁ、名前、聞いちゃだめ?」

 少年は闇のようにつややかな肩までの黒髪をゆらして、ルーを見た。

「誰しも、人には言えない事情があるものだよ。キミにだってあるだろう?」

 心当たりがありすぎて、彼女は、うっと言葉につまった。


 クトリの呪詛持ち、キャラベ軍に追われる身、そのために染めた髪、偽名……。


「……っ…そ、そうだよね……ごめん」

「偽名もありだろうけど、ボクは偽るつもりもないからね。好きに呼んでくれてかまわないよ」

 少年は顎に手をそえ、すこし考えるような素振りをしてから、「でも」と言った。

「キミはガレットの国境から、ずっと北に進路をとっていたんだろう。ボクもそうしていた。だから、これまでの出会いは必然的なものとなる。ボクは今後、プルートス大山脈を目指すけどキミは?」

「……同じだよ」

「大陸を横断する大山脈越えの案内所は数多くあるし、そのルートも多岐に渡る、ガレット国から行けるすそ野だけでも百箇所以上はある。それでも、もし、また会うことがあったなら何か縁があるのだろうね。その時には教えてもいいよ」

 さすがにそれは無理な気がすると、ルーは思った。

 路地を出て別れの挨拶をしようと振り返ると、もう少年はいなかった。




「夜遊びは終わりか?」




 いつのまにか、月明かりを背にしたサディスが目の前にいた。

 マントを身につけてない彼は、膝に届きそうなほどに長い銀の髪が冴え冴えとした光を放ち、その顔はまるで氷の彫像のように無表情だ。


 心臓が縮むかと思った。


 ただならぬ殺気を感じとったシトロンがあとずさり、「さ、先に玄関開けてくるわね」と、そそくさとルーを置いて宿へと逃げていった。二階をみれば借りた部屋の窓があいている。どうやら彼はそこから飛び降りて出てきたらしい。

「何処に行っていた?」


 こ、これは……怒りを鎮めるためにも白状したほうが身のためかもしれない。


 辻斬りとかシトロン誘拐未遂はふせて、甘味屋台に行ったこと、例の黒髪の少年剣士に送ってもらったのだと話したら、彼は不審そうに路地奥の闇をしばらく見つめていた。

 シトロンに渡しそこねたシナモンドーナツで彼のご機嫌をとりながら、嘘をついて出かけたことを謝った。

 だがしかし。

「おまえは自分の立場を分かっていない。観光でもしているつもりなのか?」


 ち、やっぱドーナツじゃ誤魔化されないか。


「そうは言うけど、レア屋台なんだよ! 今夜のあの時間、あの場所にしかいなかったんだよ!」

 彼はその月さえ霞ませる美貌のこめかみに、びしっと青筋を立てた。

「おまえは……食べ物ごときで理性を失うから人間以下なんだ!」

「ぐっ」


 なんてこった、この行動がさらにおいらの評価を人間から遠ざけていたのか! 

 このままではコザルから進化するのは一生ムリな気がする。

 あくまでサディスの価値基準の中でだけど!


 ちょっとムカッときたので反撃することにした。

「だいたい、今回は何も命令なんかしてないだろ! おいらがどう行動しようと勝手じゃん!」

「……ほう」

 低い声音で鋭い眼光を浴びせられた。

 一瞬にして周囲に雪嵐の幻影が。


 いやいや、寒い。かなり寒いよ!? 

 前々から思っていたが、彼の魔力は怒りのゲージが上がる度にだだ漏れて、凍気と化しているのではなかろうか?

 言葉の選択を誤った気がするが、あとには引けない。


「やはり魔力で繋いでおく方がいいということか?」


 いや、やっぱり引くよ。心覗かれるオマケコワイ。


 そこで、ふと思いついた。


 魔力で繋ぐということは魔法を使うということだ。

 魔力消費のおおきい術を使えば、いまごろ血眼で自分たちを捜し回っているであろう敵への狼煙になる。ここにいますヨって。


「ちょっと待てっ、素人考えでもそんなおっかない術が、明かりや治癒の補助魔法レベルみたく魔力消費が少ないわけないよな!?」

「そうだな」

 あっさり肯定した。

「だったら! そんなことしたら追手に見つかるだろ! 自分で墓穴掘る気!?」

 彼は平然とした表情を崩しもしない。そして。

「結界内でならば、術を感知されることはない」

「へ?」

「術の大きさに限らずな」

 右手首をつかまれ強く引きよせられた。

 銀光の飛沫がはじけ、ふたりの周囲に結界がはられる。


 マジ、やる気だ。


 真正面からガッと片手で両頬をつかまれたルーは涙目で戦慄し、まだ夜の明けきらぬ空に叫んだ。


「ごっ、ごめんなさい~~~~~~~~!」





 実は、温泉町での一件を彼が猛省していて、その対策にルーの財布をふくむ鞄の中身すべてと棍に、〈対末期悪魔用の防御結界〉をかけていたのだが───

 ルーが知るのは、もう少し後のこと。

 結界は人のいる村や町で、対憑物士と対魔獣用にさまざまに仕掛けられているので、その術を使ったところで追手には気づかれにくい。

 人間の暴漢程度なら、ルーの棍だけで対処可能であると彼は思っているが、それとこれとは別問題。こっそり出かけたのを許すわけにはいかないと、彼は思っていた。

 そこへ、涙目で頭にたんこぶを作り首根っこをつかまれたシトロンが、〈無骨な親父亭〉の主である筋肉隆々な親父に引きずられて玄関から現われた。

 娘がまだ子どもである客人を巻きこんだことを、誠心誠意、謝罪され、彼はルーに向けた矛先を収めざるを得なくなるのだった。

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 当作品「Silver tails」は、現在、2chRead対策を実施中です。

 部分的に〈前書き〉と〈本文〉を入れ替えて、無断転載の阻止をしています。

 読者の方々には大変ご迷惑をおかけしますが、ご理解の程よろしくお願い致します。 

 (C) 2015 百七花亭 All Rights Reserved. 

 掲載URL: http://ncode.syosetu.com/n0709co/


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