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Silver tails ―少女は禍星の下を駆ける―  作者: 百七花亭
【Ⅱ】 魔法士と憑物士の因果
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36 闇夜の危険な路地裏

 件の〈真夜中の甘味屋台〉に、こっそりと宿屋の娘シトロンと出かけることになった。


 美味しい小鳥に釣られたわけではない。

 断ったらきっと、彼女は一人で行ってしまうような気がしたからだ。

 それは無謀だ。いくら華麗な包丁さばきができたとしても、それは食材に限りだ。


 でも、ルーに止める気はなかった。

 シトロンがそこまで切望する甘味に、自分も心惹かれたからだ。


 サディスに言えば反対されるだろうし、もしくはまだ疲れのとれてない体で護衛についてくるだろう。それは避けたい。余計な負担はかけたくないのだ。

 だから、こっそり行ってこっそり帰ってくる。


 夕方に起きて部屋に用意していた昼食分を食べていたサディスに、仲良くなったシトロンの部屋で夜中までおしゃべりすると言っておいた。

「シトロン……?」

「ほら、この部屋まで案内してくれた女のコだよ」

「宿屋の娘か」

 特に反対もされなかったので、ほっとした。

 また彼が寝たので、棍と財布をもち出すことにも成功した。





 9月15日、午前一時。


 屋台がくるのは隣区の広場だという。

 裏通りを歩けば二十分と距離的には近いが、あまり治安もよくないので避けたいところだ。大通りには三十メートル間隔で頭上を街灯がてらしている。

 蝋燭の入ったランタンだ。それほど強い光ではないが、これがあるのとないのでは大違いである。それに警邏隊の巡回もある。ただぐるりと大まわりするので一時間は歩くようになってしまうのだが、安全を優先させればしかたがない。

 しかし、いま二人は、危険な路地裏をランタンをかかげながら足早に歩いていた。

 なぜって、シトロンの部屋にはお手製の果物クッションがたくさんあって、それに転がりながら時間がくるまで二人でおしゃべりをしてたら、いつのまにかうとうとと寝過ごしてしまったからだ。

 屋台は真夜中にしかやってない。いつまでかは分からないのだという。だから急いだ。





 暴漢に会った。

 暴漢というか、おそらく辻斬りだろう。

 小汚いマントに頭から足の先まですっぽり覆い、両手に反りかえった細い剣をふたつ握って通せんぼしてきた。

 意外に背が低い。百五十センチぐらいだろうか。

 それを見た直後にルーは反射的に地を蹴り、棍を手に飛びかかっていった。

 向こうは驚いたようだ。驚きすぎたのか隙だらけで硬直していたので、カンカンと剣を空高く跳ね飛ばし、そいつの頭を容赦なく十発ほど殴った。

 そしたら棍が折れてしまった。

 ちっと吐き捨て、折れた先で脅したら、やつは逃げた。


 なんだ、剣がないと根性までなくなるのか。


 剣は四階の屋根の上につき刺さっているのが月あかりでよく見えた。


 回収は不可能だな。





 今度はナンパに会った。

 無論、少年の格好をしたルーにでなく、シトロンのほうが目的のようだ。

「やあ、こんな夜道に奇遇だね。一緒に飲まないかい?」

「けっこうよ、お酒は嫌いなの」

 彼女はゆるく波打つ金髪をふたつにわけて毛先を結び、スカーフでサイドが落ちないようまとめている。肩口がひかえめに膨らんだ長袖の白ブラウスに、前面の左右に分かれた身頃を紐でしめあげる袖なしの黒い胴衣ボディス、その下には足首までの茶のロングスカート。その上に薄桃のショールをはおり、布でつくられた小花のブローチで留めている。飾りのないシンプルな黒い布の靴。

 見かけは地味でほんわか大人しめのお嬢さんといった風情だが、中身はけっこう過激で、ルーが棍をもってるのを見て自分もホウキをもち出してきた。


 ナンパしてきたのは昼間、宿屋の前でシトロンを口説こうとして失敗していたやつだ。

 上品ぶってはいるが、つりあがり気味の目は獲物を見るかのように光り、無理やり唇のはしを引きあげてつくった笑顔が妙にウソくさい。

 軍服ぽいがそのくせ華美で、紅地の上着と同色のズボンには白と金糸の刺繍がはいり、黒い革のひざ丈ブーツに、黒い帽子には白と黄色の羽飾りがついている。

 そいつの後にひかえている青年ふたりも、同じものを着用していた。

 フラレ男が、がらっと態度を変えた。

「酒はダメか~、オレたち、メロウスターシャ殿下の近衛やってるんだけどさぁ。王都じゃ超有名なワケよ。休暇でこんな辺境まで来たけど、ヒマをもて余してるんだよね。遊んでくれない?」

「お断りよ、そこどいて。急いでるんだから!」

「い~や~だ~ね~」

「聞いたか? お断りよ! だって」

「ハハハ、見かけによらず気の強い娘だなァ」

 せまい路地を、三人の男が横ならびして行く手を塞いだ。

 シトロンが眉をひそめた。

「昼間の紳士ぶった口調とずいぶんちがうわ」

 ルーは三分の二になった棍を握りなおした。

「メロウなんとか殿下って?」

「ガレット国王の第四王子よ。まだ四歳だって聞いてたけど」

「そんなに小さいうちから、こんな頭の悪そうな近衛がつくのか? 気の毒な殿下だな」

「なんだと? オイ、そこのガキ! 今なんて言った!?」

「こんな頭の悪そうなチンピラふられんぼが近衛につくのかって言ったんだよ」

 蒸気を噴くほどに顔を真っ赤にしたフラレ男が、いきなり剣を抜いた。

 しかも、斬りかかってきた。

「民間人に刃を向けるとか」

 ルーが棍でそれを受け流すと、またやつは斬りこんでくる。

 それなりに鍛錬はしているらしい。だが。


「ふざけんなよ!」


 ギャンと剣が空を舞った。

 折れてないほうの棍の先で、腹を高速連打でどつき上げてやった。

 やつは口から黄色いものを吐いて後へ飛んだ。

 ガラスの割れる音がした。続く悲鳴。


「ウル!」


 他のやつがシトロンを肩に担いで逃げようとしている。落ちて火の消えたランタン。

 あたりがいっそう暗くなる。彼女が護身用のホウキでそいつの頭をバシバシ殴っているので、男はじぐざぐによろけながら走っている。

 そっちに向かおうとしたら、もうひとりいた顔中ソバカスだらけの男が剣を抜いた。

 その刃を避けて、顔面を棍で思いっきり殴り石壁に叩きつけてから、シトロンたちを追った。

 路地が入り組んでいて悲鳴は聞こえるものの、いつまでたっても姿が見えない。


「シトロン! どこだ!?」


「……っちよ! ……すけて!」


 方角はまちがってない。

 ルーはアリの巣のようないくつもの路地を、勘で走るしかなかった。

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