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Silver tails ―少女は禍星の下を駆ける―  作者: 百七花亭
【Ⅰ】 クトリの呪詛
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7 ぐるぐるの朝

 うーん……なんっか……く、……くるし……

 首がしまる……体……いた……い…ぃ……


 まっさらな光のベールが降りそそぎ、小鳥のさえずりが朝を知らせる。

 ルーはいまだ眠りの底にいた。

「おい、起きろ」

 頬にかるい衝撃。ぱちっと彼女の目が開く。

「!」

 すぐ真ん前に、銀光にふちどられたこの世ならぬ美貌が。

「────!?」

 びっくりして声を上げたつもりが出なかった。

 夢かと思っていたが本当に喉が苦しい。

「動くな、よけい締まる」

 わけがわからずにいると、彼が屈みこんで頭の下にそっと手を差しいれ、すこし浮かせてから、首にびったり幾重にもまきついている何かをとり外した。

「…は……っ」

 息が楽になった。

 上半身を起こし外されたものを見て、ぎょっとした。リボンだ。

 しかも、まだ胸や腕、腿にもふくざつに絡まりながらまきついている。


「げっ、なにコレっ」


 動揺してふりほどこうと両腕をあげると、いっきに胸と胴がしめあげられ気が遠くなって、バタッとのけぞった。

「動くなと言ったはずだ」

 あきれたようなため息が聞こえた。

「寝相が悪いのにこんなもの着るからだ」

 どうやら、昨夜のフリルとリボン満載のワンピースが元凶のようだ。

 結び方がわからず、そのままだらりと放置していたせいらしい。


「だいたい何故、部屋を出たはずのおまえがここにいる?」


 昨夜、もう少し話がしたくて同じこの客間に入ったものの、サディスが眠そうだったので、ルーは別の客間へと向かったのだが──

「廊下のあかりが急に消えちゃって、どこに客間があるかわからなかったんだよ」

 サディスはあかりをつけたまま居間で寝てたので、そこにルーはもどった。

 となりの寝室を借りたわけだが、さらにその奥にお風呂があったので、これ幸いと使わせてもらった。


 ──湯張りの音とかうるさかったし、ちょっとぐらい気づいてるかもと思ってたのに……ほんとうに熟睡してたんだ。けっこう無防備なんだなぁ。


「だったら起こせ」

 眉間に一本しわを寄せ、ちょっと不機嫌そうに言われた。


 そりゃあね、寝起きでこんな手間かけられちゃね。

 でもほっとかないんだ。


 そのことが嬉しくなってつい頬がゆるんだ。

 すると、すぐに気づいた彼が頬をぐにっとひっぱった。

「何がおかしい」

「ひえ、なんれも」

 お手間とらせますとなんとか言うと、頬から手をはなしてくれた。

「……面倒だな」

 さっきルーが動いたせいで、さらにきつく手足にリボンは食いこんでしまった。

 団子になったもつれを解こうとしたものの、もはや指一本分のすきまもない。

「切ってくれる? なんか体にシマシマ模様がつきそうだし苦しいし」

「何故、夜着を着ない」

 そう言ってテーブル上の山積み衣装に目をやる。

 たしかに、探せば夜着ぐらいあったかもしれないが。

「あー……、とりあえず着れればなんでもいいやって、選んだから」

 ほんとはフリルとリボン過多にどん引いたが、あのときはひどく疲れてたので考えを放棄していた。

 廊下からばたばたと足音が聞こえてきた。客間入口の扉が乱暴にあく音。

 つづいて、バーンと寝室の扉がひらかれる。


「ノア師の曾孫が見つかったって!?」


 そこに一人の青年が立っていた。

 ノア弟子がそろって着るあの紺道衣。ちょっとちがうのは縦に白いラインが三本入ってることか。そういえばと、サディスだけちがっていたことに、今さら気づく。

 上着、ズボン、マント、靴、すべて白で統一していた。

 乱入した彼は飛びこんだままの格好で、目をまんまるにして固まった。

「ノックぐらいしろ」

 サディスが睨みつけると、彼はハッと我に返った。

 そして、動揺を隠せないようすで、指先をぶるぶる震わせながらつきつけてきた。


「サディス、あ、あああアンタ……朝っぱらから何やって……っっ!?」


 寝台の上でリボンでぐるぐるまきにされたルーを見て、なにやら激しく誤解したらしい。


「きれいな顔に似合わずなんて大胆な……いや、ヒトの趣味に文句つける気はさらさらないけどさぁ、やっぱ師のうちではマズイんじゃない? 他のヤツに見られたら変態の噂流されるって!」


 おいらのせいで、サディスが変態!?


「そんな噂をまっ先に流すのはおまえだろう」

 サディスの切り返しに、にまっと彼は口許だけで微笑んだ。

「混ぜてくれるんなら黙っておくけど?」

「妄想中毒者がなにを言おうが、真にうける馬鹿はいまい」

「んなこと言ってっと、噂に尾びれ背びれつけちゃうよ?」

 そう言いつつ部屋の中にずかずか踏みこんで、ルーの前にやってきた。

 すこし腰をかがめ、寝台に転がったまま身動きままならないルーを、じっくりと足先から頭まで検分するかのように見つめる。目が合った。

 彼は顎を引き右手を添え、ちょっと考えるそぶりをしてから口を開いた。


「めずらしい碧瑠璃の瞳……もしや、キミが件のルーちゃん?」


 くだんって何だろ? しかも初対面らしいのに、ちゃん付けって……


 そう思いつつも、首だけは自由に動くので、こくっと頷いた。

 彼は急に、でれっと相好をくずした。

「オレはアスター・ホーン。よろしくね?」

 にこにこしながら、リボンに絡まった手をぎゅうとにぎってくる。

 さきの会話で下世話な感じがしたが、近くで見ればわりといいとこ育ちの青年といった風体だ。襟足までのカールのかかった栗毛の髪。香水……なのか、ちょっと甘くて清しい香りがほのかにする。整えられた眉の下の紅眼はやさしげで、すっと通った鼻梁の甘いマスクをしてる。サディスに先に会っていなかったら、アスターみたいなのを美形の代名詞ととったかも知れない。


 いや、ちがうか。そもそもサディスの美貌自体がこの世ならぬ領域に達しているのだ。比較すべくもない。


 アスターはサディスに向かい意見した。


「すげーカワイイ子じゃん! 昔、面識があったってゆーから聞いたのに、どこがサルで野性児なんだよ? ははーん、さてはオレに関心を持たせないようにか?」


 ルーはサディスに目を向けた。

「嘘は言ってない」

「こんなふうにリボンまきされても、おとなしくしてる子を捕まえてかい?」

「記憶がないからだろう」

 説明も面倒なのか、彼は投げやりにそう答えた。


「……へぇ、記憶ないんだ? そういや、どこぞの古い呪いを受けたんだってね! かわいそうに! オレでよかったら力になってあげるよ?」


「そ、それはどうも……あの、それより、近すぎるんだけど」

 アスターは顔を大接近させ、ルーの右手を両手で包みこむようになで回していた。

 次の瞬間、彼は宙を跳んだ。

 寝室と居間の開いたままの扉を抜け、ドゴンとすごい音がして廊下の壁にぶつかる。

 アスターの意識は旅立った。

 ルーは目をまるくして、寝台わきにいる人を見つめた。

 たった今、片腕一本で彼をぶん投げたのはサディスだ。


 ───……すごい馬鹿力。女物のドレスでも着れそうな細腰で、筋肉隆々って感じでもなさそうなのに……意外だぁ……


「書庫に行ってくる。おまえはノアと食事をしていろ」

 サディスは寝台からはなれると、結った銀髪をひるがえし廊下へと向かう。

「ちょっ……待って! 行くならこれ切っていって!」

 ぱたんと扉は閉ざされる。

 同時にぱらっとリボンが切れて、やっと自由の身になった。


 バラバラに切断されたリボンの切れはし。魔法だろう。それはまあ、わかった。

 理解不能なことは、たいてい魔法だからだ。


 でも、コレ……目の前でやってもらったら、かなりヤバかったのでは? と冷や汗が出た。前身と後身の布がいっきに分解したからだ。

 リボンで複雑に縫いとめられていたらしい。

 落ちかけた布切れを胸の前でだきとめたが、これではあまり意味がない。

 それから、急いであのフリルの山から着やすそうなものはないかと探した。

 女の子の格好はどうにも苦手だ。動きが妨げられてしまう。

 ようやく見つけたのは、すその折り返しとポケットに細いレースがあしらわれた渋緑の膝丈ズボンと、低い立襟に半そでのクリーム色のブラウス、刺繍のはいった布靴。


 金持ちのお坊ちゃんぽいが……お嬢様な格好よりは、まぁ許容範囲だ。

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