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Silver tails ―少女は禍星の下を駆ける―  作者: 百七花亭
【Ⅱ】 魔法士と憑物士の因果
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35 不穏な噂と料理人シトロン

 薬屋をあとにして、一本角のあるロバ似の朱色魔獣が二頭立てでひく乗り合いバスに乗り、小一時間ほどかけてとなり町へと向かった。

 軍の追手の気配も遠いことから、宿屋の〈無骨な親父亭〉で部屋をとり、明日の朝まで休むことになった。

 あまり自分がうろちょろ外出なんかすると、返って相方が休めないと思い、ルーも宿から出ないことにした。午前中はいっしょに惰眠を貪り、お昼に起きたルーが食堂へ行ってふたり分の食事をもらってきた。

 ナッツを練りこんだパンと、花の蕾の酢漬けとリーフレタスのサラダと、鶏と茸のスープだ。もちろん茸の色は毒々しい蛍光ピンクではなく、目にやさしい素朴な色あいで美味しかった。

 サディスは起きなかったので、テーブルの上に置いておくことにした。

 さすがにルーは寝足りていたので、窓から真昼の通りをながめることにした。

 さっき食堂で食事を手渡してくれた若い女給が、宿屋の玄関先にいた。

 脚力のありそうなダチョウ似のひとつ目四つ羽魔獣がひく車の荷台から、重そうな木箱を両手でかかえて降ろしている。おそらく厨房で使う野菜かなにかだろう。

 ふと、反対側の通りの路地から、やけに身なりのいい男が出てくるのが見えた。

 軍服ぽい型だがやたら華美な意匠で、紅地の上着と同色のズボンには白と金糸の刺繍が遠目にもわかる。黒い革のひざ丈ブーツに黒い帽子には白と黄色の羽飾りがついている。

 腰のベルトには剣を佩いている。ハデだ。人目を引きまくっている。

 けっこう距離があるのにまっすぐに女給に歩み寄っていったので、知人かなと思って見ていたら、男が彼女から木箱を奪おうとして、彼女が怒ってそれをとり返している。

 なかなか彼女も馬鹿力のようで、両者で木箱をはさんでなにか押し問答しているようだ。


「なあっ、ねーちゃん! 手伝おうか?」


 ルーは二階の窓から手を振ってみた。


「来て!」


 彼女が即座に切迫した声で返したので、ルーはサディスに一声かけてから部屋をとびだした。




 宿の入口を出ると、男はこちらを振り返りつつも退散するところだった。


「ありがとう、助かったわ。どこのキザ坊か知らないけど、いきなり手伝ってやるから付き合いたまえ、なんて、ホント馴れ馴れしいのよ!」


 一緒にイモの入った木箱を厨房に運びこみながら、彼女は言った。

 目の前の女給はルーよりやや年上のようだが、なかなかに可愛らしい見目なので、どうやらナンパされていたらしい。

 ふと、ルーはなにか引っかかりを覚えた。

 すぐにそれに思いあたった。

「そうだ、この宿に来る前に、ファリフォン遺跡に行ってきたんだけどさ。そこの学者さんが遺跡近くの町々で、身なりのいい男たちが女のコをかどわかしてるって噂があるとか言ってたよ?」

「知ってるわ、それ。顔にケガ負わせたり、焼却炉に裸で放りこんだりってやつでしょ? だから警戒したのよ」

「上から見てたんだけどさ。なんかまっすぐ、ねーちゃんを目指して近づいてたよ?」

「うそっ、気持ち悪い! あ、ねーちゃんじゃなくて私の名はシトロンよ」

「おいらはウルだよ」

「ウルか。となり町の靴職人に弟子入りした弟を思い出すわ~。そこまでみごとな赤毛じゃないけど、弟の髪は赤みのつよい茶色なの。歳いくつ?」

「十四」

「あら、そうなの? ちいさいから弟と同じ十二くらいかと思ってたわ。わたしよりふたつ下だったのね。しっかり食べないと一人前の男になれないわよ!」


 うん。まあ、たいていの人には初対面でそう思われてるよ。

 女だって行く先々でバラすと、そのへんのギャップで追手が釣れるかもしれないんで訂正はできないけど。名前を名乗らないのは不自然なこともあるだろうからと、サディスと事前に決めていたものだ。逆さ読みで安直だけどな。


「さっきの話の続きだけどさ。危ないからひとりで出歩かないほうがいいよ」

「う~~~ん」

 シトロンは唸った。

「えっ、なんで困ってんの?」

「いま、噂の屋台がこの町に来てるのよね~、しかも真夜中しか店をやらないの! 父さんは近隣の宿屋主人の会合で今夜はいないし、一杯やりながらだから、きっと帰るのは明け方。屋台の目撃情報からすると、この近くにくるのは今夜なのよ」

「なんの屋台?」

「甘味屋台」


 それは珍しい。真夜中の甘味屋台。


 ルーはいたく興味をそそられた。

「でも、ほら。真夜中にしか店を開かないから、男性客しか来ないらしいのよ。この話も父さんから聞いてて、一緒に連れていってもらう約束だったのに……でも、こっそり一人でも行こうとか思っていたところだったのにな~……」

 彼女はそう嘆いた。

 イモの皮を一度も途切れさせることなくするすると包丁で剥きながら、宿屋の娘であるシトロンは、話の間にも夕食の下準備を着々と進めていた。

 木箱いっぱいにあったイモはまばたく間に剥き終わり、投げた瞬間に四つ切にするという芸当を見せてくれたあと、同量のニンジン、タマネギ、葉物も次々切り終えた。

 五十匹のおおきな淡水魚を華麗にサバいて、塩と砕いたドライ香草をふり小麦粉の衣をつけて籠に積む。鶏がらをぐつぐつ煮出して大鍋にスープをつくり先の根菜を放りこんだ。

 その手際のよさに途中で話すことすら忘れ、ルーはその手もとを驚嘆と尊敬のまなざしで見つめていた。

「ねえ、ウルったら聞いてるの?」

 大鍋のアクをオタマですくって透きとおるスープを完成させたシトロンは、腰に手をあててルーを見た。

「あっ、うん。次なに作るの?」

「も~、……あっ、忘れるところだった!」

 なにかを思い出したらしい。

 今度は砂糖とアーモンドを石臼でごりごりすりつぶし、それを葡萄の搾り汁を加えまぜて練りあげる。できた餡をちいさくちぎって丸めてこね指先とちいさなナイフの背で細工をいれてゆくと、六センチほどの淡い桃色をしたかわいい小鳥ができた。

「ガレッティパンよ。この国の郷土菓子なの。今夜の夕食のデザートにつけようと思って」

 彼女はやはり手際よく、次々と皿の上に小鳥をつくって並べてゆく。

「シトロンて器用だな~」

 溜息をつきながら、ルーは今しがたできた小鳥の大群を見つめる。

 一羽ずつ、小首をかしげたり俯いたり羽を広げたりと芸が細かい。

「うちの食堂は近隣の人たちも利用するのに、男性客がほとんどなの。店が父さんの趣味全開でオヤジ臭いせいね。私はもっと華奢でおしゃれな感じのする椅子がよかったのに切り出しの丸太だし、テーブルだって飴色に磨かれた薄い板がよかったのに丸太を半分にぶった切ったものだし。せめてテーブルクロスをかけようとしたら、どうせ汚れるんだからやめろ! だし。かわいい花の一輪差しを置こうものなら邪魔だ! なんて、ホント無骨すぎるわ。

 まあ、それは父さんの店だから仕方ないから置いておいて、私としてはなんとか女性客を呼びこみたいのよね。となればやっぱり甘味でしょ? 

 でも、私ができるものなんて、せいぜいガレッティパンの形と味を変えたものか、果物のフリッターぐらいなのよね。デザートの新境地を開きたいのよ。で、やっぱり噂の屋台には行くべきよね? そうでしょう! 一緒に行ってくれるわよね!?」

 料理人魂に火がついたらしい彼女は、美味しそうな小鳥を五羽、ルーの手の中に並べた。

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