34 足止めのあとの貴重な情報
どうやら本当に疲れているらしいサディスは、カウンター脇の壁に背をもたれて、もらった飴を口に含んでいた。
ネリンはかるく溜息をついて、語りはじめた。
「一年前にこの店を開いたですが、あのハゲは薬を買いもしないのに常連を名乗って、一日中ここに居座って営業妨害してたです。さっきみたいに。三日でお客様が誰も来なくなってしまったです。それでご近所の人たちに相談して、皆で袋叩きにして、あたしに近づかないよう念書を書かせたです。でも三度同じことを繰り返したので、今度は常連になってくれた町長さんから、お役所に手を回してもらってブタ箱に放りこんでもらったです。
七日ほど餌をやらないようにしてもらったら、よほど懲りたのかここ半年ほど町に下りて来なかったですが……」
「ネリンちゃん! ネリンちゃん! 誤解だ! ぼくはきみが心配でッ」
執念深く、二人の青年を引きずりながら小人ハゲは舞いもどってきた。
娘店主はもう片方の下駄を投げた。
ドゴッとすごい音がして、下駄は垂直にはねた。
当たった目の上がみるまに腫れあがる。
「あ、いた……ッ!」
はっ、としたように目を輝かせた。
まるでココに来る正当な理由を、たった今思いついたと言わんばかりに。
「く、薬ください!」
「金のないやつにやる薬なんてないです」
「ひ、ひどい……知ってるんだよ! やさしいネリンちゃんは、貧乏人にはタダで薬を渡してるって!」
「なに寝言ほざいてるですか。女手ひとつでやってるこの商売、そんなナメられた真似してたらやってけないですよ」
「そうかっ、ナメたマネするヤツがいるんだな! ぼくがこの店の番犬になって守ってあげるよ! いい考えだろうネリンちゃんッ」
その胴に縄をくくり青年たちが必死に店の外にひっぱるが、またいいことを思いついたとでも思ってるのか、顔を蒸気させ興奮しながら店の奥にいる彼女に詰め寄ろうとする。
餌に突進するブタのようだ。いや、こんなやつといっしょにされては、ただ生きるために餌を食べるブタがかわいそうだ。
「年齢詐称のぷー太郎三等身ハゲなんかに生涯、用などないです」
「な、なに言ってんだよネリンちゃん」
「この程度のこと、町の人に聞けばすぐ教えてくれました」
「そ、そっか、ぼくって意外と人気者」
「不審者のまちがいです。あちこちで幼い少女に対し、ワイセツな言葉をかけたり拉致ろうとして失敗したりしてるですからね」
「そ、それはきみが構ってくれないから淋しくてつい!」
「変質者に構ってるヒマなどないです。このさいだから言うけど、おまえなど生ゴミレベルで興味ないです」
「……わかってるよ、そ、それってだめなぼくを叱ってくれるツンデレなネリンちゃんの愛情だよね!」
「現実逃避するでないですよ生ゴミ野郎」
なんか口論がヒートアップしてきた。
警邏の青年が業を煮やしたらしく、さらに縄で全身を縛りあげて巨大な蓑虫にしている。それでも、足の力だけで店内に踏みとどまるしぶとい根性。
その情熱をもっと別のことに使えよと、ルーは思った。
戸口からのギャラリーもかなり増えてきた。
近所の人たちだろうか、おじさんやおばさんがホウキや調理棒を手に怖い顔をしている。
袋叩きするために待機中といった感じだ。
「あたしが興味あるのは大魔法士ノア・バーム様だけなんですよ」
意外なところで曾祖父の名が出てきて、思わずルーは目をまるくする。
「……って、あの…大陸五指にはいる……? あ、あんな老いぼれジジイ!」
「無職無能無一文のおまえと一緒にするでないですよ。あたしが自立し調薬の腕を日々研鑽してるのは、彼につりあう立派な魔女になるためなのです」
「ええ? き、きみが大人になる頃にはあのジジ…」
キッと睨まれて、小人オヤジはあわてて言いなおした。
「いや、ジーサン生きてないと思うけど……だって、たしか百歳越えてるって」
「ノア様の御歳は九十八! べつに覚えなくていいですよ。三十過ぎてもぐだぐだ食っちゃ寝だけのプーの腐った脳に刻むなんて、ノア様を侮辱するようなものです」
「だ、だから、きみが大人になる頃には生きてないジーサンのことなんて」
「しつこいです。彼の時を巻きもどす秘薬をつくってるから問題ないのですよ」
うん、いろいろ突っこみどころのある会話だけどさ。
勘違いストーカー野郎キモ過ぎとか、ひいじーちゃんの強烈なファンすご過ぎとか。
でも、表に袋叩きしたい人たちの数がハンパなく増えてきたから、そろそろ引き渡したらどうだろう。戸口が人で塞がっちゃって、相方が苛々し始めてるの感じるからさ。
ふと、床に踏んばってる小人オヤジの足をみた。裸足だ。
脂汗が引きずられた分だけ、ナメクジのように組み木細工の床に染みついている。
掃除が大変そうだな。
ルーは棍で、ていっとその足を払った。ごろんとやつはひっくり返った。
ゴンと、またでかい頭をぶつけ白目を剥いて失神した。
でも復活早いんだよな、どうするかと思っていたら、カウンターから出てきたネリンが手にした丸薬みたいなものを、ぱかっと開いたままの奴の口に放りこんだ。
「一時間は寝てるです。今のうちに連行お願いするです」
町の人が二輪の荷車をもってきたので、警邏の青年たちはそれに人騒がせな小人オヤジを放りこむと、さっさと去って行った。
やっと人垣が分散して、戸口が風通しよくなった。
ネリンがちいさな頭をこちらに向け、深々と下げた。
「足止めさせて悪かったですー。お兄さんたちはどこへ向かってるです?
ガレット国内なら知り合いたくさんいるですし、地理の情報にも詳しい方ですー。
多少のお役には立つですよ?」
それで不機嫌一直線に落ちかけていたサディスが、もたれていた壁から身を起こした。
さっそく、プルートス大山脈を越えるための案内所について、あまり知られてない民間営業の穴場を知っているかと問うた。
案内所とは山越えの装備をそろえ、危険を回避するルートを確認するために設けられた、プルートス大山脈の麓にある山小屋のことだ。
国営や市営の案内所は数多くあるが、そこは追手のキャラベ軍が押さえやすいから避けたいのだと、ネリンが案内所までの地図をカウンターの奥で書いている間に、ルーは彼から教えてもらった。
しばらくして、ネリンが地図を手にもどってきた。
「さっきのハゲと同じコォルタ族が経営してるですー。が、とっても有能なガイドで商売人ですよ! 名はガルボ。ここの案内所からつづく大山脈への道は、もっとも地形の険しい難所ですー。ここを好んで通るのはワケアリとかー、おたずね者とかー無法者だったりしますー。かちあったりするとバトルになったりしますが……へーきですか?
腕に自信ありなら、この案内所はおすすめですよ。ガルボはあたしの姉が経営する魔道具屋から品を仕入れてるんでー。お兄さん魔法使いでしょ? 結構いいものそろってるから見て損はないですよ!」
サディスは魔力の気配を断っているので、何故わかるのだろうと思い聞いてみたら、ただの勘らしい。
ネリンも魔力持ちなのだが、彼女の魔力が彼より高くて、魔力の漏れを感じたというわけではないようだ。客商売をしてると、その道に進む人は魔力を隠していても、どこかしら常人とは雰囲気が異なるのだという。
ただそれが〈魔法士〉か〈魔獣召喚士〉か〈錬金術師〉か〈薬師〉かまでは分からないので、魔法使いと呼ぶらしい。
「武器は?」
サディスの問いに、彼女は答えた。
「武器も有名な鍛冶職人のものそろえてますよー、けっこう値がはるですけどね」
その後、サディスが買ってくれた滅菌薬のおかげで、ルーの鞄にピンク茸が生えることもなくなった。




