33 ファリフォン遺跡町の薬屋ネリン
一時間半ほど歩くとちいさな町にでた。ファリフォン遺跡町だ。
時刻は午前五時半。朝市の準備をしてる人たちが、ちらほらいた。
大通りからでも遺跡らしき丘がみえる。近そうだ。
その方角へと路地裏をすすみ、しばらくすると幅のある長い石段があった。
それをのぼっていくと、時の風化でその機能をうしなった要塞跡にたどりつく。
二千百年前の遺跡だ。城の部分はすでになく、のこっているのは広大な森林をかこむ三重の頑丈な城壁だった。
城壁の内側にテントがふたつあった。考古学者が滞在するためのテントらしい。
まだ起きてる人はいないようで、もうすこしし待つかなと話していたら、その声でテントから人が出てきた。
賊とでもまちがえたのか頭に鉄ナベをかぶり、手にフライ返しをもっている。
動揺していたらしい。石にけつまづいて転んだ。
近寄ったルーに気づいて「こども?」と言ったあと、見上げたまま硬直した。
フードを目深にかぶっていたサディスの顔を、下から目撃してしまったようだ。
みるみる顔がゆであがった蛸のように染まった。瞬時に誤解は解けたとみた。
まだ駆けだしの考古学者の彼いわく、ごくたまに遺跡の中を根城にしようと、賊が侵入することがあるので警戒していたのだという。
アビ・ゼルハム氏の消息を訪ねたところ、胸を患っているとかで、先月、プルートス大山脈を越えてリデッド遺跡に寄ってから、エッジランド国の自宅にもどると言っていたという。流浪癖のあるゼルハム氏だが、一応、家は持っていて、古くからの友人に住んでもらいその管理を任せていたらしい。
サディスの顔が曇った。
「北方諸国か」
なんと、次の遺跡はキャラベ国の支配権が強い北方諸国にあるらしい。
敵の真っ只中に行くようなものだ。
ルーは悪寒が走った。
どこぞの執拗な〈世界中の黒髪女を滅亡させたいほどに憎悪する拷問フェチ〉を、思い出したからだ。最近の追手の中にそれらしきやつはいなかった。
以前、けっこうなケガを負っていたことを考えれば、復活もそろそろかも知れない。
お礼を言って立ち去ろうとすると、呼び止められた。
「お二人だけの旅でしょうか? でしたら、暗くなってからは出歩かないようにしてください。この遺跡近くの町々で辻斬りや、上流貴族のような好い身なりで、若い女性をかどわかす男たちの乱行が噂になっています。命までは摂らないそうですが……顔に傷を負わされたり腕を折られたり……ほかにも、町外れの無人の古屋敷にあるゴミの焼却炉に裸で放りこまれていたことも。
無人と言っても、週に何度かは町の人たちが町のゴミを集めてそこで燃やしていたので、大変なことになるところでした。ここは辺境ですので、夜廻りの警邏隊の数も少ないですから。十分、お気をつけて」
遺跡町にもどると、ひっくり返った荷車の下敷きになってるおばさんがいた。
はがれかけた石畳に乗りあげたせいらしい。
ルーがすぐに駆けより助け出そうとしたが、果実や野菜の乗った荷車はそうとう重い。
難儀してたら、横からひょいと、サディスが片腕だけで持ちあげてくれた。
ルーは呆気にとられて彼をみた。
……おいらを苦もなく抱えてたこともあったので、見かけに寄らず力持ちなのは知っていたけど、ここまでとは思わなかったよ。いや、でも、変だろ?
「いまの、どうやって持ちあげたの?」
「見てなかったのか?」
「見てたけど……なんかコツがあるんだよね?」
「そんなものはない。術を扱うのに体力は必要だからな」
つまり、もともと鍛えているからだという。一体どんなトレーニングをすれば、そんな細腕でこんな馬鹿力が出るというのか、羨ましい限りだ。
そういえば、以前の寝ぼけ事件で彼に抱き枕にされたとき、意外に締まってて筋肉がついてるらしいということは分かったが……外観的にそれがそうと見えないので、隠れ筋肉でももっているということなのだろうか。
しかし、その力があれば、自力であの筋肉食人末期悪魔の腕を振り払えただろうに。
それで、ぜひ特訓してくれと頼んだら、フと笑われ「おまえには無理だ」と一蹴された。
それより武器を変えろ、手に合ってないだろうと見透かされた。
「棍を見せてみろ」
言われるままに棍を渡した。
「やはりな。材質はよかったが、もう持ちそうにない」
あわててそれを取り返し、じっくり調べてみたが、特にヒビや傷は見当たらなかった。
「べつに壊れそうでもないよ?」
「近いうちに壊れる。次はもっと使えるものを選ぶんだな」
不吉な予言をされてしまった。
何でもお見通しの千里眼魔法士には、内部の損傷でも見えるのだろうか?
「赤毛のぼうやたち、ほんにありがとねぇ」
おばさんがお礼に果物をたくさんくれたので、それを広場の噴水のふちに腰掛けて朝食としてとった。最近、干し物ばかりだったので生き返った気分だ。
となりを見れば、彼も黙ってもくもくと食べていた。
午前七時。
広場に朝市が軒並みに立った。
鞄の底にまたピンク茸を見つけ、ルーはげんなりした。
これではもらった果物も、夜の間に食べられなくなる可能性が高い。
なので、できるだけ食べて減らして余った分を、サディスの荷袋に預けた。
果物屋のおばさんから何かを聞いてきたサディスにくっついて、大通りを歩いた。
陽も高くなりにぎわいはじめる朝市の人ごみから、こちらを窺う自称二十二歳の小人オヤジのうすい頭髪が風にそよいでいた。本人は隠れてるつもりらしいが、でかすぎる頭が人の影に入りきらないようだ。どうやら自分たちを尾行してるらしい。
眠り茸は効かなかったのか?
まあ、洞窟に一人暮らしじゃあんまり寝不足になりそうもないしな。
好きなだけ寝てそうだ。
サディスが向かったのは、手と小瓶を胴板にレリーフした看板のある薬屋だ。
まだ時間が早いせいなのか開いてない。薬屋というと、大抵そこには薬師がいるわけだが。
ちりりん、ちりんと、かすかな鈴の音が近づいてきた。
「お客さんですかあ?」
八、九歳ぐらいの女の子が、おおきな麻袋を両手に抱えてうしろに立っていた。
ルーが見たことのない奇妙な衣装だ。四角く垂れた両袖に、前あわせで足首までおおう円筒状のワンピースを、胸下でかなり太い帯で締めている。
のび放題の黒青の髪には、鈴とたくさんの赤い綾織のちいさなリボン。
「滅菌薬はあるか?」
「はいー、少々お待ちくださいませー」
ちりりん
かろやかに鈴を鳴らしながら、扉をあけて中に入って行った。
彼女はさっき仕入れてきたのだと、カウンターに荷物の中身を広げはじめた。
手馴れたようすでてきぱきと品を寄りわけている。お手伝いなのかと思って聞いたら、なんと彼女がこの店の主だという。
「ご、ごめん、まさかこんなちっちゃいコが……と思って」
「いいのですよ。初対面のお客さんは、一度はそう言いますからー。ところで滅菌薬の用途は? 使うものによって濃度を調節したほうがいいのですー」
眠り茸の胞子がついたものを滅菌するためだとサディスが言うと、ちいさな店主は小首をかしげてつぶらな飴色の瞳をまばたいた。
「そうですかー、でもお客さん、そうとー寝不足でしょ? 茸ちゃんの言うとおり、ちゃんと寝ないと体が持ちませんよー」
ルーは目をぱちくりさせながらも、「でも目覚めなくて困るんだけど」とつけ加えた。
起こすのに毎回苦労するのはルーなのだ。
「疲労の度合いがひどいから、深い眠りにいざなわれるんですよー、茸ちゃんはこれ以上寝てないと危険だと言ってるんですー。だから眠らせるんですー。そんな時には、蹴っても殴っても起こすのは難しいですよー」
「どうりで」
心当たりは大ありだ。
サディスが豪速魔獣の顔が腫れるほど軽く叩いていたが、まったくダメだったし、サディスに至っては何が起きる原因かもよくわからない。
「ところでこの茸ちゃん、どこでくっつけてきました? この辺りでは見ないものです」
「砂漠の近くの村だよ」
ちいさな娘店主は不思議そうな顔をする。
「それは変ですねー。この茸は熱気や乾燥に弱いから、砂漠の近くなら昼の間に全滅するはずですが……」
えっ、それって…。
「まあ単純に考えるなら、鞄の中の胞子が生き残ってたってことでしょうねー」
「おはよう、ネリンちゃん。いつもの薬を頼みたいんじゃが」
そこへ、常連らしい客のじいさんが杖をつきながら入ってきた。
「ちょおっと待っててくださいねー」
彼女は笑顔で応対した。
バンッ!
乱暴に扉が開き、小人オヤジが踏みこんできた。
「そ、そいつらは強盗だ! ゆうべ、ぼ、ぼくの家に侵入して、そっ、その棒でぼくを殴り倒したんだ! ネリンちゃん逃げて!」
じいさんはハッとしたように、ルーのもつ棍を見た。が、すぐにとなりのフードを目深にかぶっているとはいえ口許だけでも美人と知れる連れを見て、また小柄でやせっぽちの子供のルーを見て、目をぱちぱちしてる。どうも腑に落ちない。そんな表情だ。
だが、急に無表情になった娘店主ネリンを見て、杖をつきつつも、よたよた大急ぎで外に出ていってしまった。
「滅菌薬はこれねー、はいお釣りでえーす」
小人オヤジを無視して彼女は接客をつづけた。
かぱっと、床につきそうなほどにアゴをはずした小人オヤジ。
「なっ、なんで、聞こえてないの!? ネリンちゃん! そ、そこの赤毛のガキと銀髪の女は、きょっ、凶悪なんだよ! いたいけなぼくの寝こみを襲った強盗なんだってばあ!
こ、ここここっちに逃げてよ、ネリンちゃああん! はやくっ、はやくこのぼくの胸の中に!」
胸より腹が大きくつき出しているのだが、そんなことは本人は気にならないようで両腕を広げて待っている。
大声で騒ぎ立てるので、開け放ったままの扉向こうの通りにいる人たちが、何事かと足をとめ店の中をうかがっている。
「ちょっと待ってて、いいものあげるです。そっちのお兄さん、ほっとくと倒れそうですからねー。はい、試作品だけど、うちの常連さんたちにはけっこう評判いいよ。疲れのとれる飴。でも無理しないで、今夜は早めに寝てくださいねー」
がびんと擬音のつきそうな驚愕の顔で、小人オヤジはサディスを背後から刺すように凝視した。
「な、な、な、なんだってえええ!? ぼくをだましたのか!? うつくしい顔でネリンちゃん一筋のぼくを誘惑しておいて! デートしてやってもいいかなと思わせておいて! よくもッ……ハッ! そうか、始めからネリンちゃんが狙いだったんだな! ネリンちゃん、そんなケダモノ二匹から早く離れて危ないよ! こっ」
うるさく喚き立てるその口の中に、四角いなにかが投げこまれた。
白木でつくられた綾織のリボンで足の指をとめる、シンプルなサンダルだ。
下駄というのだとあとで聞いた。ネリンの履物だ。
「お客様に無礼なことを言うでないです」
怒りのためか無表情に、低い声で言った。
「あと、あたしの名を呼ぶこと、この店の百キロメートル以内に近づくことは禁じたはずです。連呼するなキモハゲ」
そこへ警邏の青年が二人、さっき店にきたじいさんに連れられてやってきた。
でかくて重い頭をしこたま床にぶつけたせいか、まだ下駄をくわえてひっくり返っている小人オヤジの両腕を、両脇から二人でつかんで店から引きずり出してゆく。
そんな彼らに、ネリンは笑顔で「ご苦労様ですー」と手を振った。
誤解されてはないようだが、一応ここを騒がせてしまった経緯を話しておこうと、ルーは手短に夜明け前のことを話した。
「そんなことだろうと思ったです。お二人とも災難だったですねぇ」
彼女には気の毒そうに言われたけれど。
いや、あんなものに付きまとわれてる君ほどじゃないよと、ルーは思った。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
当作品「Silver tails」は、現在、2chRead対策を実施中です。
部分的に〈前書き〉と〈本文〉を入れ替えて、無断転載の阻止をしています。
読者の方々には大変ご迷惑をおかけしますが、ご理解の程よろしくお願い致します。
(C) 2015 百七花亭 All Rights Reserved.
掲載URL: http://ncode.syosetu.com/n0709co/
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※




