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Silver tails ―少女は禍星の下を駆ける―  作者: 百七花亭
【Ⅱ】 魔法士と憑物士の因果
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◆幕間④ チャウダー遺跡にて悪魔の薬屋と

サディスが遺跡にひとり向かった時の話。

 チャウダー遺跡に到着したサディスは、その岩山地帯で三分もしないうちに縄で魔獣一頭を捕獲した。

 もってきていた鞍と手綱を装着していると、ふいにまわりが暗くなる。

 頭上をみあげれば、移動する巨大な影があった。

 青い空にぷかりと浮かぶ銀色の魚。見覚えのある飛行船だ。

 これに関わるとろくなことがないことを、彼はよく知っている。

 早々に温泉町へもどろうと、二頭の魔獣を連れて引き返そうとした。とたんに、おとなしかった魔獣たちが土をけたてて興奮する。それを手綱で制し、なんとかなだめた。

 魔獣から視線を進路方向にうつした先、幅のほそい眼鏡をかけた紫髪の男がたっていた。

 サディスはちいさく舌打ちした。憮然と言いはなつ。


「毒気をあてるな、魔獣たちが怯える」


「ひどい言われようですねぇ」


「こんな所まで何の用だ」


「美しい貴方のお顔を拝見するのに、理由なんかいりませんよ」


 寒々しい台詞はいつものこと。

 断言してもいい。この男が理由なく現われた試しなど、過去において一度たりとない。


「何の用だと聞いている。薬屋フェナカイト」


 つめたい氷河の風を背後にふぶかせる銀の魔法士に、紫髪の薬屋は笑顔で答えた。

「いえね、貴方のさまよう心の嘆きが聞こえてきましたもので、お役に立てればと天を駆け参上したしだいです」


 さまよってもないし、嘆いた覚えもない。


 半眼でにらむ彼を前に、ひと呼吸おいてつづけた。

「幽玄図書館をお探しなのでしょう」

「……また、どこで盗み聞きしてきた?」

「人聞きの悪い! 貴方の窮地に駆けつけるのは、貴方に至高の愛をささげる者の使命ですよ」

 聞かなかったことにして、がたがたと震えつづける魔獣の首を軽くたたいて落ち着かせる。獣は正直だ。本能で目の前の男を警戒している。

「用件があるならさっさと言え。ないなら去れ」

「相も変わらず冷たい。そんな貴方が」

 追手をまくため、移動も攻撃の術もむやみに使えないのが残念だと、サディスは思った。とくにいまは後者が。結界を周囲に張り追手に悟らせぬよう攻撃できないこともないが、近くにいる魔獣を巻きこんでしまう。

 ふと、フィア銀の剣を所持していたことを思いだす。

 ああ、これでもいいかと隠しておいた空間から召喚したら、奴はあからさまにあわてて、本題にはいった。


「お困りのようですので! 私が知っている幽玄図書館の情報をお教えしようかとッ」


 刺す理由がなくなってしまった。


「いま、残念とか思いました? さすがにそれはシャレにならないのでしまってくださいオネガイシマス」

 頬をひきつらせて奴は言った。

「──で、何を知っている?」

「実は私、幽玄図書館の入館証を持っていました」


 いました。


「過去形だな」

「ええ、ずいぶん前に失くしてしまいまして」

 比類なき美貌といわれる天涯の高位精霊すらけおとしそうな、銀髪白皙の麗しの君は片眉をはねあげた。

 しかし、不機嫌モードに突入するのを踏みとどまり、まばたきの間に思案する。

「やはり、入館証がないと入れないものなのか? そもそも何処に存在している?」

「入れませんねぇ。噂のとおり、何処とも知れぬ場所にあります」

「答えになってない」

 フィア銀の剣鞘を払いかけると、奴は真面目にあわてた。


「いえいえ本当ですって! 入館証をもつ者が望めばいつでも、その扉は開かれるんですよ!」


 つまり、入館証さえあれば、幽玄図書館を探しまわらなくてすむということか。


「それと、入館証についてですが、あれは発行してもらった本人にしか使えません」

「有効期限消失というのは?」

 アビ・ゼルハム氏の所有する〈宝石のルチルをうすい板状にしたような美しいカード〉には、その文字があらわれていた。

「何らかの理由で、入館資格を剥奪されたんですね。もちろん使用できません」

「おまえが幽玄図書館を利用したことは?」

「ありますよ」

「この世から失われた本があるというのは真実か?」

「ええ、まちがいなく。四千年ほど前の薬と毒の製法書を読んだことがありますので。いまの時代にはない植物が載ってましたね」

 青すぎる空と切り立つような岩山地帯の間を、おだやかな風が吹きぬける。

 上空に飛行船は停泊したままだ。

「どうやって入館証を手に入れた?」

「幽玄図書館の館長は、筋金いりの本マニアなんですよ。自分と同等、あるいはそれ以上に知識欲旺盛で本を愛し、大切にする者に、自らおもむいて入館証をくれるのです」

 サディスはつい最近、大量の古書をナメクジの餌食にされたことを思いだした。


 自分の非ではないとはいえ、ノアの館に大量の古書を知人らから集めたのは自分だ。あの一件を知られていたら来る気にもならないだろう。


「それにしても、意外ですねぇ」

「何がだ?」

「幼い頃から勉強好きで本に埋もれていた貴方が、入館証をもってないことが……ですよ」

 さらりと、風がサディスのまっすぐな銀の髪をゆらした。

 こんな場所でこんな奴と昔話をする気分でもないが、なにかが頭の隅にひっかかった。

 見失わないうちに記憶をたぐり、そして、たどりつく。

「──そういえば、十歳ぐらいだったか。ヘルゲート山に移住を始めてしばらく、真夜中に家のまわりに張った結界をしつこくたたく影があったな」

 ヘルゲート山。それは現在も彼の住みかがある場所だ。

 肉食魔獣が棲みついているせいで、世間では魔獣の巣窟山とも呼ばれている。

 よって、めったなことでは人間が寄りつかない。

 人間嫌いの彼にはちょうどいい場所だ。

「きっと、山にはいろうとして魔獣に食われた人間の浮遊霊か何かだろうと、気にしてなかった。三ヶ月ほど毎晩続いたが、そのうちぱたりと来なくなった」

「姿は見ましたか?」

「一度、窓から見たがくすんだ長い金髪に痩身の男だった」

「おそらく館長ですね」

「……」

 衝撃は時として言葉を失わせるものだと知った。

 しばらくの沈黙のあと、サディスは息を吐きだすように、その感想を述べた。

「本来ならば、知識の宝庫への鍵をくれるありがたい来訪なのだろうが……なにやらストーカー臭いな」


 おそらく時を巻きもどせたとしても、自分が館長を受けいれることを選択できたかは甚だ疑問だ。


 フェナカイトは苦笑した。

「三ヶ月も通ってくれば、ふつーはそう思いますよねぇ。浮遊霊だとかたくなにスルーしつづける貴方もすごいですが」

 ふいに、じっと見つめられ、彼は不快げに「なんだ」と問い返す。

「ところで、あのチビとは泊まる部屋はべつにしているんですよね?」


 質問の意図がわからない。

 あのコザルをひとり部屋に置くなど、危険物放置も同然だ。できるわけがない。


「何故そんなことを聞く?」

「いえね、……貴方すごく寝相が悪かったので」

「なに?」

「昔、貴方が大ケガをして、うちの飛行船で手当てしたときのことですよ。寝惚けてうちの使用人に抱きついてたでしょう? 枕代わりにして朝まで放さず」

「……」

「……まさか、未だに気づいてなかったんですか?」

 そのときだった。

 何かがすごい勢いで一直線にこちらに近づいて来る気配。

 意識を向ければ憑物士だ。大した強さではない。それがやってきた向こう、つまり温泉町に、また別の憑物士の気配がある。こっちは問題だ。

 すぐさまサディスは転移を発動させようとした。

「やめた方がいいですよ。ここからすぐ近くの町に、キャラベ軍が来てますから」

 フェナカイトはやんわり忠告してきた。

 対する彼は一瞥しただけで、その親切をけとばした。

「百も承知」

 目の前に迫りくるのは、耳まで割けた口をひらき、高笑いをしながら蝙蝠の羽をひろげて宙を滑空する憑物士。

 それを放った銀光の魔法弾で一撃粉砕。悲鳴をあげる間もなく消滅する。

 次の瞬間、まだ温泉町にいる危険そうな憑物士の気配が、ふっと消えた。


 何があったのか。

 おそらく、それは末期悪魔だったはず。ルーが棍で倒せるランクだとは思えない。

 術の波動も感じなかったが、何者かの助けがあったのか。


 魔力のないルーの気配は当然ながらたぐれない。

 その安否を確かめるべく、魔獣たちを置いて、温泉町へと彼は転移した。





 のちに、ルーの話からさらにもう一匹、食人の末期悪魔がいたのを知った。

 それが魔力を行使してなかった上に、おそらく魔力値がそうとう低かったと推測される。

 だから自身、感知しにくかったのもあるだろうが……薬屋の話に気をとられたせいで、その存在に気づけなかったことは否めない。


 大した距離でもなかったのに。とんだ失態だ。 

 薬屋のタイミングもかなり怪しい。わざとか? 

 情報と言いながら、結局役に立つほどのものではなかった。

 幽玄図書館の話も中断したかんじではあるが、信用は禁物かもしれない。

 なにせあれはまごうことなき〈悪魔の薬屋〉なのだから。

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